原典聖書研究

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針の穴と駱駝

針の穴と駱駝 ルカ18章25節 

今朝、聖書を読んでいて目に留まったのは上記の箇所でした。様々に解釈されるのですがギリシャ語の原典からわかることをご紹介しましょう。

まず何時もの様に直訳をご覧ください。

25 ・よりたやすい労力でできる そして 彼がであり続けている ラクダを 通して 開口 縫い針の 通り入る事 それとも 富者が 中へ その 王国 その神の 中へ入る事。

 これは、裕福な青年がイエスキリストに「どうしたら天国に行けるか?」と聞いた時に「モーセの十戒を行えは行ける」と回答すると彼は「そんなことなら若い時から皆守ってきた。」と答えたのです。勿論、彼にとって真実を答えたつもりだったのです。その自分が正しいと言う思い込みの酷さを諭す為に、「そうか。一つ足りないことがある。それはあなたの持ち物を全部売り払って乞食に施せ」と諭した時に、そばにいた弟子達が驚いていたのでその弟子達を諭す為に言われたのがこの言葉です。

翻訳してみましょう。

25節 富者が神の国に入るよりは、駱駝が縫い針の穴を通り抜ける方がより苦労無く出来る。

となります。と言うことで不可能なことがより簡単だと言うことは、「天国には地上でお金持ちや地位、名誉、財産をもっている人が入れることはあり得ない」と言い換えて良いでしょう。

 もっと言葉を変えて言うと、この地上での人間の祝福は神の前の呪いで、人間が呪われていると実感していることそこが神の前に置ける祝福だと言うことが正しい事がわかります。

 おそらく、この点が今日の全ての宗教家や信者さんたちの頭の中の常識と正反対と言えるでしょう。こんなことを議論するのは無意味ですが、神様に祝福されたことが明確に聖書に記されている全ての人々の地上で生きた現実の様を見ると自明です。モーセ=批判続きで結局葬儀もされず墓も作ってもらえなかった。サムエル=生涯巡回祭司として貧窮し結局国民に愛想を尽かされ、サウル王を擁立させられその子孫は路頭に迷った。イザヤ=鋸で体を二つに剪断して殺された。エレミヤ=生涯偽予言書呼ばわりされ晩年は入牢させられ、貧民と共に行動しエジプトで不遇の生涯を閉じた。キリストを始め、パウロ、ペテロ他の使徒の殆どは宣教地て犯罪人として刑死した。

 これ以上具体例をあげるのも無意味かと思いますが、聖書の言っていることは確かにその通りなのだと思わされます。

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