原典聖書研究

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人を信頼しない神

人を信頼しない神  ヨハネの福音書 2章23節から25節 

  今日からヨハネの福音書を読み始めました。5章まで読みましたが、今日の箇所で中心となるのは上記の箇所です。早速直訳を記してみましょう。

ヨハネの福音書 2章23節から25節直訳 
23 ・ 様に も 彼が存在している 中で その エルサレム 中で その 過越 中で その 祭り、 多くらが 彼らが信頼させられた 中へ その名 彼の、 
24 ・ 彼が も イエスが 無い 彼が信頼している 彼を 彼らに 通して その 彼 知っている事すべてらを、  
25 ・ そして それは 無い 欠乏が 彼が持ち続けている事 為 何か 彼が目撃証言した(為)関して その人間の。彼は そして 彼は知っていた 何が 彼が存在している 中で その 人間。

・翻訳にします。

23・彼(イエス)がエルサレムに滞在した過越の祭りの期間中に、多くの人々が彼の名に信頼するようになった。
24・しかし、イエス自身は、彼らを知っているが故に彼らを信頼する事はなかった。
25・それは、人間に関して誰かに目撃証言をしてもらう必要は無い上に、人間の中に何が存在しているかを良く知っていたためだ。

  面白い表現です。「人間はキリストを信頼したけれども、キリストは一切人間を信頼しなかった」と言うのです。
 
 そう「人間を信頼してはならない」と言うのが聖書の大原則なのです。今日の箇所では沢山人間の証言が登場します。特に5章ではベテスダの池で38年間病気であった人の癒しが登場します。そして大切なのは5章の16節です。ユダヤ人たちが「誰が安息日の禁を犯す事をそそのかしたのか」と言う質問に答えて、「犯人はイエスだ」と癒された当人が、癒したキリストを告発する場面が登場します。

  これらの一連の記述で聖書が明示していることは、「人間は信頼できない」いや「信頼してはいけない」という聖書の基本スタンス=性悪説なのです。

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人の行動も含めて、全ては原因があり結果があるという因果律の元に生じます。人は誰でも幸せになりたいと思うものです。全ての人が心で繋がっていることを体験を通して理解させ、全ての人を善に導くのがニューエイジ運動です。聖書は浅過ぎます。

2006/11/17(金) 午前 6:26 [ m339578 ] 返信する

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