原典聖書研究

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パウロの教会伝道

パウロの教会伝道 コリント機15章1節

やっとコリント人への手紙第一を読み終えました。今日の箇所もコリント教会の様々な問題が扱われていましたが一番驚いたのは上記の箇所です。何時もの様にギリシャ語原典からの直訳を以下に記します。

15 01 ・私は知らせ続けている その あなた方を、兄弟ら その 福音が 所の 私が福音した あなた方を、 所の そして あなた方が受けた、 中で 所の そして あなた方が立っている。

翻訳にします。

 私は今もあなた方兄弟達に福音を伝え続けています。この福音は私が福音を伝えたのと同じ福音です。あなた方はこの福音を受け入れ、この福音に立っています。

  一見なんの不思議も無い福音=聖書の救いを記しているパウロの言葉ですが、良く考えるととんでもない事が記されています。そう、キリスト教会の信者さんたちに、福音を伝えているのです。 同様の記述は同じ使徒パウロがローマの教会に送った手紙の1章にも記されてはいます。ローマに対してはパウロが一度も訪れていないのですからまあ福音を伝えても不思議は無いのですがコリント人への手紙で福音を伝えると言うのはどう見ても異常です。

  なぜならそんな基本はクリスチャンであれば誰でも重々熟知しているべき事だからです。と言うことはコリント教会の信者達は、この基本中の基本が分かっていなかったとパウロは判断している事がわかります。そうでしょう、教会内の酷いトラブルや不道徳を見ても自明です。また、聖霊の賜物と称して自己満足の異言と言う恍惚状態に浸る悪習慣が教会内に蔓延していた現実(12章)からも自明です。そればかりではありません。13章に記した愛が売り物であるはずのキリスト教会に愛を教えているなどおよそ教会として、お粗末な限りです。その挙げ句がこのパウロによるコリント教会への福音の再宣教なのです。おそらく基本をすっかり忘れて、枝葉末節にこだわっている原因がここにあったとパウロは判断したのでしょう。基本が分かっていないから、あるいは忘れてしまったか、はたまたそんな物には無関心であったのかもしれません。

  11章ではコリント教会はお金持ち専用のレストランに成り下がっている事が記されています。問題の本質はやはり基本の欠如にあるということなのです。本当に大切な事は一度聞いたら忘れることの無い様にしたいものです。

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