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犬の尻尾振り

犬の尻尾振り テサロニケ第一の手紙3章3節 

パウロの獄中書簡もピレモンを残して読み終えました。今日はテサロニケ第一の手紙を読みました。色々と面白い箇所が在りましたが、その中から面白い表現の箇所をご紹介しましょう。早速何時もの様に直訳を記します。

テサロニケ第一の手紙3章3節直訳 

・その 誰も無い 犬が尾を振られる(迷わす)事  中で その 苦しみ この様な、 彼らは そして あなた方は知っている それは 中へ この事  私たちは自分のために置いた。

翻訳にします。(括弧内は原文に無い補足)

このような苦しみの中で惑わ[原文の意味→犬の尻尾振りさせ]られる者が誰も無いように。彼らに(ついて)は あなた方が知っているでしょう この事の(防止する)ために私は(前もって)置いておきました。

 このテサロニケの手紙で一番目についたのは γινομαι(に成る)と言う言葉でした。この第一の手
紙丈で12回使われていてしかも前半に集中しているために大変目につく言葉でした。この言葉が示しているのは入信したテサロニケの町のクリスチャン達の入信前後の変化が明確であった事を示しています。

  そしてこの手紙が後半に移る場所が先程の「犬の尻尾振り=惑わされる=ギリシャ語でσαινωサイノー
」と言う単語なのです。

 「犬の尻尾振り」とは大変的確な表現です。我が家にいる大きなラブラドールですが、この犬が人を操縦する見事な腕前には日々感心しています。これと言う人がいるとすぐに背中を下にしてお腹を出します。そして、目を丸くしながら尻尾を大きく左右に振りまくります。すると大抵の人は様相を崩して「いいこ! いいこ!」とお腹を撫でさせられています。「犬の尻尾振り」は実に巧妙に人に取り入り、尻尾を振った人に対して絶対的恭順を表明しているようですが、実際は心をすっかり犬に赦してしまう対価を支払わされているようです。

  初代教会では、迫害や困難の中で迫害されたくないために、迫害している人々に妥協したり、取り入ってしまう危険が満ちていました。その結果、妥協した人はたちまち信仰を捨てしまうばかりではありません。裏切り者に成っただけではなく、迫害する人々に教会の内部情報を提供してしまうように成りました。このようなラプシイと呼ばれる棄教者が初代教会に沢山起きた現実を思う時に、この「犬の尻尾振り」に注意するように入信したばかりのテサロニケの信者に注意したパウロの気持ちが、よくわかる気がします。

  今日は「犬の尻尾振り」という面白い表現の箇所のご紹介でした。

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