原典聖書研究

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パウロの絶筆

パウロの絶筆 競謄皀4章 

今日は、第競謄皀討鯑匹澆泙靴拭これは使徒パウロの最後の手紙です。この手紙を書き終えた直後、あの残忍なローマ皇帝ネロによって無実の罪で処刑された事が知られています。

とりあえずこの手紙の最後の部分の直訳をご紹介しましょう。

01 ・私は動かぬ証拠を挙げて目撃証言し続けている 面前で その 神の そして キリストの イエスの、 その まさにあろうとしているの 裁く事 生きているらを そして 死んでいるらを、そして その 顕現を 彼の そして その 王国を 彼の。 
02 ・あなたは宣言しろ その言葉を、あなたは側に立て 都合の良い時に 時宜を得ない時に、あなたは咎めろ、 あなたはその等価値を割り当て(非難し)ろ、あなたは側に呼べ、中で 全て 容易に怒らぬこと(寛容) そして 教え。 
03 ・かれが確かに在る そして 定時が その時 その 健康であるの 教えの 無い 彼らは確かに忍ぶ 、反対に 下に その 自分の 欲望の 彼ら自身らに 彼らは確かに寄せて積み上げる 教師らを くすぐっているらは その 聞く事を、
04 ・そして から 一方 その 真実を その 聞く事を 彼らは確かに離れ転じる、上に も その 作り話しらを 彼らは確かに横道にそらされる。 
05 ・あなたは も あなたは正気でい続けろ 中で 全て、あなたは下に苦しめ、業を あなたは行え 福音伝道者の、その 食卓給仕を あなたの あなたは完成しろ。 
06 ・私は そして 既に 私は献酒を注ぎ続けている、そして その 定時は その 上に開放される(世からの出立) 私の 彼が上に立っている。 
07 ・その 良いを 戦闘競技を 私は戦闘において戦っている、その 競争を 私は終にしている、その 信頼を 私は見張りをしている。  
08 ・残っているは 彼が閉じ続けている 私に そのは その 義の 花輪を、懸かる所は かれが確かに引き渡す 私に その主が 中で あれらの その非、その 義は 判決の、無い 唯一 も 私に 反対に そして 全てに その 愛しているらに  その 顕現を 彼の。
09 ・あなたは急げ 来る事う 方に 私 早く。
10 ・デマス そして 私を 彼が放棄した 愛しているは その 今の 時代を、そして 彼は行かされた 中へ テサロニケ、クレスケー 中へ ガラテヤ、テトス 中へ ダルマテヤ。 
11 ・ルカ 彼がであり続けている 唯一 共に 私。 マルコを 連行するは さあ 共に あなた自身、 彼がであり続けている そして 私に 良い使用が 中へ食卓奉仕。
12 ・トキコ も 私が遣わした 中へ エペソ。
13 ・その 外套を 所の 残した 中に とろあで 側に カルポ 来るは あなたは運び続けろ、そして その 書を、取り分け その 羊皮紙らを。 
14 ・アレキサンドロ ス その 青銅職人は 多く 私に 悪を 彼は行為で立証した。彼が確かに引き渡す 彼に その 主が 下に その 働き 彼の。
15 ・所は そして あなたの あなたは監視し続けろ、非常に そして 彼が逆らって立った その 私達に 言葉らに。
16 ・中で その 最初の 私の 弁明に 誰も無い 私に 彼が登場した、反対に 全て等は 私に 彼らが放棄した。 無い 彼らに 彼が見なされよ。
17 ・その も 主は 私に 彼が側に立った そして 彼が中で内在力した 私を、為に 通して 私 その 宣教が 彼が全て運び切られるため そして 彼らが聞いた(為) 全てをその 異邦人、そして 私が自分の所に引き寄せら(救出さ)れる 出て 口 獅子の 。
18 ・彼が確かに自分の所に引き寄せ(救出す)る 私を その 主が から 全ての 働きの 邪悪の そして 彼が確かに救う 中へ その 王国 彼の その 上に不可視を。所に その 栄光 中へ その 永遠 その 永遠の。アーメン。
19 ・あなたは安否を問え プリスカ そして アクラ そして その オネシフルの 家を。
20 ・エラストは 彼は中に留まった 中に コリント、トロフイモ は も 私が残し去った 中に ミレト 弱かったを。
21 ・あなたは急げ 前に 嵐が 来る事。彼が挨拶し続けている あなたに エウブーロス そして プーデス そして linos そして クラウデイア そして その 兄弟らが 全て等が。
22 ・その 主が 共に その 霊 あなたの。 その 恵が 共に あなた方に。

注目は16節です。この部分だけ抜き出して翻訳してみます。

まず直訳です。

16 ・中で その 最初の 私の 弁明に 誰も無い 私に 彼が登場した、反対に 全て等は 私に 彼らが放棄した。 無い 彼らに 彼が見なされよ。

翻訳 私の裁判では私を弁明する為に証言に登場した人は誰もありませんでした。それどころか全員が私を見捨てたのです。彼らが(罪に)皆され無い様に(願います。)

  当然のことでしょう、もうネロ皇帝はキリスト者の首領とおぼしきパウロの判決は最初から有罪と決めていたからです。もし、無罪の証人となれば必然的に偽証罪に問われ、当然犯罪の確定した人と同罪にされて死刑を免れないことが自明であったのです。 
  まあそうとは分かっていても、誰か一人ぐらいはパウロの無罪を証言してパウロと同様に処刑される覚悟の出来た人がいても良かった様に思います。

  しかし、その様な正しい事のために生命を張るようなキリスト者はローマの町の教会には一人として存在いなかったと言う事実は本当に重い物があると思います。そして、それは連綿と今日に至るまでローマ教会を始め世界の諸教会受け継がれて居るのです。そう、キリストの裁判の席で、弟子達が全員逃げて以来の教会の伝統なのです。誰一人、正しいことのために生命を張るものはいないと聖書が教えているのです。勿論イエスキリスト以外にですが。

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