原典聖書研究

ギリシャ語はギリシャ語の書庫や聖書関連記事は「無題」の書庫です。2018年5月29日より新投稿不能31日回復しました。

全体表示

[ リスト ]

翻訳と誤訳

  昨日は「翻訳と解釈」と言う題でお話しました。今日は「翻訳と採算」とでも題したらより正確な題になるのでしょうがあえて「翻訳と誤訳」としておきました。

  何故、聖書翻訳に「解釈という名の誤訳」が入り込むのかを考えたいのです。そのために大変有名な聖書箇所を取り上げましょう。それは 新約聖書使徒の働きの2章にあるペンテコステの日の記録です。

  「ペンテコステ」などという一般の方には随分の馴染みの無い言葉を出しました。しかし、その言葉の意味は何と言う事はありません。ギリシャ語では単に「第50」という序数詞なのです。旧約聖書では「ハグ シャボット」で文字通りの意味は「7週の祭り」とか「五旬節」(7日×7週で49日の次の日にあたる第50日)と翻訳されています。これは古代イスラエルの民が出エジプト記やモーセの十戒でお馴染みの紅海が二つに割れた「エジプト出発日」(=過越の祭りの日)から数えて丁度50日目を意味しています。じつはこの日はユダヤ教では最も大切な日なのです。この日にシナイ山と言うところでモーセが神様から十戒を授かった記念のお祭りの日なのです。

  ですからギリシャ語の「ペンテコステ」とは 「律法授与記念日」を意味しているのです。

  新約聖書には、丁度この律法授与記念日にキリストのお弟子達がエルサレムの神殿近くに集まっていた所、突然に天から風が吹いてきて(ギリシャ語でもへブル語では風と霊は同語ですから「霊した」とも訳せる)、分かれた炎のような舌がキリストのお弟子達に留まり、一同が 「聖霊=プネウマ=風」に満たされたと言うのです。その結果、無教養な使徒団が外国語で話し出し、エルサレムに来ていた外国在住のユダヤ人たちが自分の住む国の言葉で語られる教えを聞いて驚愕したと聖書に記されているのです。

 問題なのは、そのあとの使徒ペテロの言葉なのです。新約聖書、使徒の働きの2章38節の訳文を引用します。

1・新共同訳「賜物として聖霊を受けます。」
2・新改訳「賜物として聖霊を受けるでしょう。」

以上の二つの訳は明確な誤訳です。正しい翻訳は 

3・口語訳「聖霊の賜物を受けるであろう。」
4・岩波訳の「聖霊の賜物をうけるであろう」

です。もうこれは明確です。なぜなら原文のギリシャ語では聖霊は属格(=所有格=の)、賜物は対格(=目的格=を)ですから逆立ちをしても「聖霊の賜物」なのであり反対の「賜物の聖霊」とは訳せないのです。

正しい翻訳は「聖霊の賜物を受ける」なのです。
  
 なぜ、比較的新しい「1」と「2」が間違って訳出し。より古い口語訳「3」が正しく訳しているのでしょうか。そして、なにかと批判されやすい「4」の岩波訳も正しく訳しています。

  じつはこれは誤訳では無いのです。

  その理由を説明しましょう。聖書を翻訳し出版するには、莫大な資金が必要な事は皆さまご存じでしょう。 何しろ分量が厖大で翻訳費用も校正費用も、それに紙代や印刷代に加えて保管する倉庫代も馬鹿になりません。聖書を出版するには誰かがその費用が回収出来るまで立て替えなければならないのです。そしてもし、出版された聖書が売れなかったらどうなるでしょうか。
  誰がその負債の責任を取るのでしょうか? 教会? 教団? 出版社? 印刷会社? 翻訳者? 聖書協会? 宣教団体?
  誰もそんな莫大な損失を取る事は出来ません。ですから出版される聖書は必ず全ての教派教団、を越えて広く諸教会に受け入れられなければならないのです。しかも、出版される前に、確実に。

  と言う事は始めに結論が在るのです。その結論に向かって様々な教団教派がその翻訳を受け入れられる為に、それぞれの教派から翻訳委員会の委員が選出され、翻訳の方針や翻訳者の選定がなされます。 そして訳されてきた原稿が翻訳委員会で審議されるのです。その段階で自分の教派に都合の悪い言葉があったら密かに申し出て削除や変更が求められます。そして都合のいい様に=その教派が歓迎される様に翻訳が覆されてしまうのです。

  上記の「使徒の働きの2章38節」もその様にして改竄された翻訳箇所の一つなのです。そして、この相違には看過出来ない重大な問題が隠されているのです。この二つは、よく似た翻訳ですが意味は全く違います。神様を信じる人が神様から頂くのが「聖霊」か 「聖霊の賜物」かの違いです。別の相応しい言葉に置き換えると「全地球を含めた全宇宙を受ける」とするか「信仰」を頂くと言う以上の大きな相違が在るのです。何故なら聖書の教える神の霊=聖霊は神様ご自身と同質で天地創造の主体であり全宇宙よりも大きい存在だからです。

  このような改竄を要求した教団や教派がどこなのかは私は全く存じません。

  しかし、この聖書箇所はどんなに研究しても

1・新共同訳「賜物として聖霊を受けます。」
2・新改訳「賜物として聖霊を受けるでしょう。」

 とは出来ないし、してはならないのです。これは単に私の推測ですが、このような翻訳を歓迎する神学が在る事は知っています。一般的にウエスレー派とかメソジスト、そしてそれらの教派を批判した人々が創出した発展的教派であるペンテコステ派とかカリスマムーブメントと呼ばれる教派です。 

  それらの教派は互いに相手を否定しているのですが同じ考え方をしています。その特徴は、いずれも信仰体験を大切にする事です。その体験は 「聖め体験」とか、「聖霊体験」とか様々に言われている体験を教派の基本教理に据えているのです。歴史上で唯一「体験」を教理にした所に、この教派最大の問題があります。神様を体験するわけですが、それが神様の体験である事を誰が認証するのかと言う問題が惹起されるのです。人間の体験を神学の対象にしそれが神様の直接介入によって個人になされた神的体験であると誰が認証できるでしょう。またその体験が真実かあるいは口から出まかせの嘘かはたまた夢かなどいう人間の感情や心の変化を誰が客観的に判別できるでしょう。はたまたその様な体験が事実であったとして、その体験が一体その人の人生やまた周囲の人にどれだけの意味を持っているのでしょうか。端的に言って自己満足以外の何物でもありません。

  その様な体験を総称して、「聖霊のバプテスマ」と言っています。しかしその体験が神から来る聖霊の体験か、あるいは単なる感情の昂りか、あるいは精神異常か、はたまた悪霊に因る物であるのかはご当人にもまた教会も判別できないのが実際なのです。また「聖霊のバプテスマ」と言う言い方も誤解を与えるものです。本来ギリシャ語で「バプテスマ」と言う言葉は「浸す」と言ういみです。と言う事は自分の中に聖霊が来るのではないのです。聖霊の中に自分が行くのです。聖霊を太平洋に置き換えると良く意味が理解できます。私の中に太平洋が入る事は出来ません。私の中に来る(飲む)ことの出来る太平洋の水はせいぜいコップ一杯の180ccの塩水で太平洋の一部分でそれは決して太平洋と同じではありません。
聖霊のバプテスマと言う表現の正しい意味は聖霊の中に自分が浸されて消えてしまう、あるいは見えなくなってしまうと言う事なのです。

   実際これらの聖霊体験と言われている事柄を冷静に分析すると、それらの4種類(神霊体験、感情の昂り、精神異常、悪霊原因物)が判別不可能なほど斑にそれらの教派に見かけられます。

 その結果、聖霊体験なる神秘主義を受容する教会はいずれも信仰体験の真贋論争が原因となって分裂に分裂を重ねる宿命に在ります。 あまり具体的にすぎるので問題ですが、英国メソジスト教会の分裂、旧日本ホーリネス教団の分裂、旧フリーメソジスト教団の分裂、カリスマムーブメントのヘンテコステ系諸派の際限の無い分裂等の例を上げるまでもない衆知の現実です。
  多種多様な教派の中に混乱は増大しているのです。因みに、今日社会問題いや犯罪となっているキリスト教カルト集団は殆どこの流れの教会です。その代表例としては昨日も言及した京都の「聖神中央教会」や「摂理」の牧師にる犯罪が上げられます。そして、それはカルトと言う範疇の問題ではありません。この教派全体に共通する問題なのです。あまりに事件が多いので上げきれませんが新聞紙面を賑わした物の一部だけをご紹介しましょう。30年程前にの牧師による信徒殺害事件が起きたのは福島県のI市のT教会はメ●●●●系教会でした、更に今から15年前日本のキリスト教界を失望さした著名な伝道者とピアニストの姦通事件もホ●●●系の教会の牧師です。最近では、●の子供達のK.E.牧師による児童強姦事件もやはりホ●●●系のなのです。確かに伝道熱心で良い働きも在るのですがそれ以上にこの教派は重大な犯罪の温床ともなっている事は否定できません。

  その原因は自明です。牧師は「本物の聖霊のバプテスマ」を受けた聖人だから「間違いを犯すはずが無い」という当のご本人と、周囲の人々の間違った信頼が、無防備で悪質な誘惑に陥らせ、誘惑に負けた牧師とその周囲が執拗にそれを認め無いと言う周囲の無知によって問題の深刻化を引き起こしているだけのことなのです。

  初めから、『「牧師も人間」気をつけないといけないわよ』と回りの信徒が注意すれば、いくら牧師が私は「聖霊に満たされた」などと言っても意に介さないで事件が未然に防げるのです。 

  それゆえに「聖霊を受ける」という考え方その物が間違いなのです。その様な間違った人間の思考に合わせて聖書を改竄するから当然の報いがそれらの教派に呪いや災いをもたらすのです。その結果他のまじめな多くのキリスト教会の宣教をぶち壊しにする悪質な大事件が引き起こされるのです。「ボタンのかけちがい」が始めに存在するのです。間違っ考えに聖書を合わせようとする所から混乱が生じます。それゆえにこの「聖霊のバプテスマ」あるいは「聖霊の賜物」の真贋老論争がこの教派の宿命となってしまいました。そして、この教派の開祖アルミニウスとその信奉者であるジョンウエスレーの影響下に在る英国メヌソジスト教会は、この聖霊の賜物の真贋論争で分裂を繰り返し混乱を世界のキリスト教会に提供しています。
  考えてみればその間違いは明白なのですが、どうもこの教派に属する人々は理性よりも感情(気持ち)や体験を重要視する為思考する事が罪悪とされる傾向があります。

  「聖霊のバプテスマ」と言うのは、このウエスレアン教会に源流を発する全ての教派の体験を教理化した物なのです。 
  
 そしてこの冒頭の聖書翻訳はこの教派に対する聖書翻訳委員会のスタンドプレーなのです。ですからこれは誤訳ではありません。聖書の販売実績を上げる為に、ウエスレー神学に立つ教会や、カリスマムーブメントの教会の教えに出版された聖書が受け入れられる為に間違いとわかったう上で翻訳事業の採算の為にこう訳しておられるのです。ご存じの通り「キヨメ」うんぬんの神学の立場では「聖霊は神様の賜物」なのです。」この間違った訳を原典通り 「聖霊の賜物」と訳すとどうなるでしょうか。当然その立場の教会は翻訳を受け入れず、販売実績が落ちてしまい利益が減るだけではなく採算が取れなるなる危険が生じるのです。

 そしてこの教派は宣教熱心で信者の入れ代わりも激しく、従ってこの教派に聖書翻訳が受け入れられるか否か聖書翻訳の採算の可否を握っているのです。

  もし、聖書翻訳を改竄しなければ存在できない様な神学があるならその様な神学や教派は所詮神様から来た物ではありません。アルミニウスと対立したベザが神学論争に勝利したと言う故事を学ぶまでもなく間違いです。そして改竄までして採算を重視する聖書翻訳のあり方は改められなければ成りません。

この記事に

閉じる コメント(9)

顔アイコン

よくぞ言ってくれた 拍手喝采 私もホームペイジやブログで悪質な教会を告発したいと思ってました 本当に聖霊のバプテスマをとなえるところは牧師自身がおかしいし単立のところが多いです 自分が絶対だからよその教会の牧師とは仲が悪いです 面白いことに神学校も自分でつくっちゃうんです 滑稽ですね

2006/9/26(火) 午後 4:54 [ 山崎 浩 ] 返信する

顔アイコン

ところでカナの婚礼の箇所ですがカトリックの聖書ではマリアに都合よく変えられているようですがどうですか 同じヨハネのおわりにある イエスがペテロにむかって私を愛するか三度たずねた箇所 言葉が違うとか

2006/9/26(火) 午後 4:58 [ 山崎 浩 ] 返信する

顔アイコン

僕ギリシャ語の辞書ひけないのでポルネイヤ、姦淫の意味、パラクレートス聖霊の本当の意味教えてくれませんか諸説あって僕には判断不能です フンシスコ会の聖書では姦通であって姦淫ではない つまりだんなもちでない女性とはオッケイとあるし またパラクレートスとは助手、助け手で別に聖霊という意味ではないとあります

2006/9/26(火) 午後 5:04 [ 山崎 浩 ] 返信する

顔アイコン

もう一つお願いします マルコにでてくる母親マリアと妹がイエスを尋ねてくる箇所ですが 聖書によっては 気が狂ったと思ってと明記してあります マリア信仰が打ち消されると思うんですが是非ご教授お願いします

2006/9/26(火) 午後 5:18 [ 山崎 浩 ] 返信する

顔アイコン

nayameruhiroshi様 沢山のコメントをありがとうございます。残念ながら所用が多く(と言っても聖書を原文で読むのに忙しくて=あと4年で聖書全巻の翻訳=直訳を完成させる為に時間を取れません。)お答えしている時間がありませんのでご自分で勉強なさって下さい。

2006/9/26(火) 午後 5:56 [ 油食林間 ] 返信する

顔アイコン

内緒さま!! それ間違いですよ!!

聖霊のお働きがあって「イエスをキリストと告白する」のですから!! 順番が間違っています。

聖霊がおられないのは私達の心の中だけで全宇宙には神様の聖霊が満ちているのです。

神様のおられないところは後は教会だけです。

黙示録の3章にある暖かい(原典の意味)教会としてしられたラオデキヤ教会は入り口の扉に鍵を掛けてキリストを教会から締め出して、人間だけでの暖かい交わりを楽しんでいました。。

基本的な事ですが、たとえて言うと太平洋(聖霊)をコップの中(教会や個人)に入れるのは無理です。

太平洋の中に浮かんでいるちっぽけなコップにふたをして虚しい空気を入れているのが私達の心や実際の教会の現実だということです!!

2010/5/13(木) 午前 3:16 [ 油食林間 ] 返信する

顔アイコン

元祖 カルトの?しーしーのメンバーです〜
もっと早く このブログ見たかった

2010/10/4(月) 午後 5:40 [ あんちカルト ] 返信する

顔アイコン

内緒様

だいぶ成長された様ですね!! それに賢く成られたようですよ!! 爆!!

私の様にこんなふうにして教会に正しい事だと物を申しても、

大抵結果は悪魔呼ばわりされるだけですから

黙っているのが一番賢明ですよ!!

2011/1/28(金) 午後 2:15 [ 油食林間 ] 返信する

顔アイコン

内緒様!!

現在形である以上、救われて後も同様であると言う事ですよね!! パウロが「私は罪人の頭」と言ったのは彼の晩年ですからね!! 爆!!

2011/1/28(金) 午後 10:01 [ 油食林間 ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事