原典聖書研究

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出エジプトの人数

昔ある方(●●さん)から、聖書の信憑性に関してご質問を受けた事が在りました。それは、出エジプトの人数に関してでした。

出エジプト記38章の26節他に記された●1●・「60万人は信じられない」と言う物でした。その根拠として」聖書の数字は全て象徴で、もし実際に20歳以上の男丈で60万人なら女子供を加えると200万人を越え、その様な大人数が紅海を渡りシナイ半島で移動する事も生活する事も不可能だ」と言うのです。その質問には「具体的に移動するには1m間隔の5列縦隊で総延長は600劼肪してシナイ半島に収まり切らない」というものでした。●2●・それに当時には筆記する事が不可能で、●3●・その上聖書の記録には進化と言う観点から時代錯誤が見られるとう言う物でした。

果たしてどうなのでしょうか?その時の私の反論です。

●1●・「出エジプトの人数」への反論 

 聖書がダバールやロゴスとして主張している部分は、以前お話しした様に (参考URL「言葉」という言葉 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/746266.html )で史実でなけれはならないのです。もし、この聖書の明確な主張が否定されると問題は一部ではなく聖書全体に波及する問題となります。もしこの点が否定されるとその結果、聖書全体の記述はでたらめと結論されざるを得なくなるのです。
 ●●さんが出エジプトの人数に言われるように5千人だとすると「男だけで60万人(出エ38章26節、他)」という明確な聖書の主張が崩される事になります。そしてその主張は聖書はロゴスとして記録していますので、それが否定されると、結果的に聖書全体が否定されてしまうのです。
 さらに、この点をより具体的にお話ししましょう。この出38書26節の前後に在る60万人の登録人数と、その時にその献げられた一人当たりの銀の重さ(半シケルの5.7g)に人数(603550)を掛けるとその合計は3440235gできっちり100タラント1775シケルになります。そしてこの献げられた銀を用いて幕屋は建設されているのです。この重さが否定されると私の論文の多くの計算はこの数値を前提にすべて割り出されました。その結果幕屋全体のたの数値とも符合して全体が見事に調和しているのです。もしこの銀の数値が否定されると私の論文全体にその影響は波及し、おそらく「幕屋は実在しなたかった」という結論を私は導き出さざるを得なかったでしょう。
 その点から見ても、聖書は本気で出エジプトの人数を男だけで60万人としている事を疑う事は出来ません。さて、聖書の記述から現実の実際に話をむけましょう。言及された通り現在のシナイ半島に200万人を超える難民を養う自然は皆無である事は私も十分知っています。しかし、紀元前11世紀(私は1440年の早期説を取ります。)のシナイ半島がどうであったかは明確な資料はありません。ソロモン神殿の建設に使われたレバノン杉の大森林や、ダビデの息子アブシャロムの反逆時のヨルダン渓谷の密林での戦闘の記述やライオンなどの動植物の記述を見る時、現在のパレスチナと余りにかけ離れている豊かな自然の描写であることは自明です。それはパレスチナだけに止まりません。当時の周辺諸国の考古学的調査結果による都市の壮大さなどと比較検討する時、時代をさかのぼるほどシナイ半島やパレスチナには、「当時は現在と比較出来ない、より豊かな自然が在った」事は否定出来ないと思います。
 さらにその周辺のエジプト周辺やメソポタミヤにも、紀元前2千年期には豊かな自然があり、文明の発展していました。しかし、豊かな自然が失われると同時に、その地に存在した文明も消失してしまったのは周知の事実です。
 さらに今日の日本とシナイ半島を比較してみましょう。シナイ半島は今日の日本の四国(人口約415万人)の約3倍の面積が在ると言われています。一方現在のシナイ半島は面積(61,000 km 2)で四国(18788 km 2)の約3倍に相当します。とすると「出エジプトの難民時代には、シナイ半島は四国の3倍の面積で四国の約半分の200万人程の人口を養っていた」という事になります。言い換えると「出エジプトの時代のシナイ半島の人口比の土地の負荷は現在の四国の6分の一」と言う事です。
 以上の事を総合的に勘案して考えると聖書の記録は現在よりもかなり有利である事が分かります。しかし、どうひいき目に見ても結論は「当時の自然が現在よりも少しぐらいは豊かであったにしてもまあ200万人が生活するのは非常に厳しい」という事実に変わりはありません。
  そして、その事実をすべて踏まえて、「聖書の記述の真実性に本当に問題があるのか」という事に目を向けましょう。よく聖書を読んでください。200万人は出エジプトの後、どうなったのでしょうか? 聖書は厳しい現実を記しています。聖書が明確に記しているのは200万人が荒野で生活したと言っているのではありません。聖書が言っているのは、「その荒野で20歳以上のものは記された通り2名以外は悉く死に絶えた」と言う記録です。(民数記26章62節)当然でしょう。どのような状態で出エジプトの民がどれぐらいの割合で死んだのかは記されていません。しかし、明確に聖書は彼らは悉く荒野で死に絶えたと記しています。とすればそれで当然で、聖書その記録を疑う根拠にはなり得ないのではないでしょうか。
  そしてもう一つの問題が生じます。ではどうして40年の放浪の末期にはまた男だけで約60万人だったと記されているのでしょうか? 
 その回答は次の様に考えてはいかがでしょうか。
当然、難民の常として、シナイの荒野の悲惨な40年の期間には死亡数の増大と同時に、出産数の異常な増大が見られたでしょう。多くのものが死に絶えたでしょうが、同時に多くのものが生まれたのではないでしょうか。もちろん、その中でも死者が多くなるのは当たり前です。40年間の荒野の放浪ではおそらく、イスラエル難民の人口は半減、いやそれ以下になったでしょう。
 そして生まれる子供達も次から次へと餓死した事でしょう。その悲しみに直面していた荒野の40年間の殆どの期間に対して聖書はほぼ沈黙しています。(民数記に記されているのは荒野の40年の期間の最初の2年間と最後の2年間の僅か4年間で16章から18章の36年間に関する記録は皆無です。)しかし、シナイ半島の放浪の後半には彼らの生活事情は大幅に改善されました。シナイの荒野を出てモアブの草原地帯やアモリ人達の居留地を侵略し生活が安定した事を聖書は記しています。パレスチナにも土地を略取したシナイ半島難民時代の末期には爆発的に人口が増加し、再度出エジプト当初の規模を回復した(民数記26章51節)のはごく自然の成り行きかと思います。
 また1974年 韓国で開かれた民族総福音化をテーマに国会議事堂前の広大なヨイド広場で行われたエクスプロ'74に日本から参加した時の事です。宿泊していたミヨンドンの韓国キャンパスクルセードの本部ビルからバスで会場入りをしました。会場に向かう4車線の道路の両側の歩道は会場に向かう人々で一杯でした。そしてハンガンを渡る橋は大渋滞でした。聞けば一日中このような状態と言う事でした。会場のヨイド広場は端から端まで見渡す限りの人でした。この会場は縦2キロ横1キロあり、有事には航空機が発着出来る広さであるときき驚きました。そしてその会場に入った入場者総数は200万人であったと発表が有りました。出エジプトに参加したと言われる全難民と同数でした。確かに200万人はものすごい人数ですがまとまればこの程度なの感嘆しました。そして、その翌日、復光節の大統領婦人の陸女子の暗殺事件が起きました。戒厳令が解かれて漸く私達日本からの参加者が会場に尽きました。その数約3000名でした。その日は日本のラジオ牧師羽鳥 明さんが説教でしたが、その中で韓国に介する日本国の罪をわびられて、私達は豪雨のなか、会場の前方に移動して、講壇の正面で200万人の韓国の方々に向かって土下座し戦争中の非道をお詫びしました。そのために群衆の中を移動しましたが人は詰まっている様でも結構移動には手間取りませんでした。確かに出エジプトには200万人の人間の他にも家畜や牛車がっあって、移動は大変だったと思いますが、ご心配されるほどの混乱は生じないかと思います。
  以上の事から出エジプトの人数200万人の記載は聖書の記述の信憑性を疑う根拠にはなり得ないと認識します。
 
●2●・「筆記具」への回答 
さて次に、筆記の問題です。当時にも文字はありました。オストラカに残されている楔形文字やフエニキヤ文字やエジプトの線文字なと全てアルファベットの表音文字ですからどんな言葉でも、そのまま簡単に記録出来たでしょう。また記録媒体には幕屋に大量に使われたなめし革はそのままで最高のメデイヤになった事と思います。

●3●・「進化論」への反論
  最後に、「物事にはおおよそ発展進化があります。」と言う事ですがこの点も敢えて反論させていただきたく思います。全ての発展を見れば自明の事ですが、資源の枯渇がかならずその背景に有ります。ガソリンという化石燃料の枯渇によるコストの増大がハイブリッド車を生み出し、更なる資源の高騰がやがて燃料電池車や電気自動車を生み出したのです。もし縄文時代の狩猟経済の川の魚が枯渇しなかったら、丸木舟は不要であったでしょう。そして沿岸の漁業資源が枯渇しなかったら漁船や遠洋漁業や魚群探知機は不要であったでしょう。今日の発展した高度な軍備や科学技術を持つ高度な情報社会は、そのような観点から見る時、物質資源の枯渇が原因であって、けっして進化や発展が先に在った訳ではありません。そしてますます資源は不足し更なる技術の進化が止めどなく必要とされるだけの事ではないでしょうか。

聖書に記されている記事に対しては聖書はダバール=ロゴス=実言と言う明確な立場を顕示しています。もしその立場で記されている聖書の明確な記述に虚構や象徴的な意味が存在すると仮定するならば、聖書その物が明記している実言というスタンスが瓦解してしまうのです。それゆえに聖書の記事や数字は事実によって裏打ちされていなければならいのです。これを看過しては聖書に関する最初のボタンをかけ違えてしまい、聖書の読み方の前提が崩れてしまいます。その結果付随する、聖書翻訳やその結果構築される全神学は無為に帰すのです。これを認めないと聖書や神様に関する、最初の一歩が踏み出せません。

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私は率直にいってあなたの学識と研究に対する態度には敬意を表します しかしまたなんだってヨイドなんかにいったんですか あそこはパウロチョーヨンギがやっていた純福音教会ではないですか 聖書学まったく無視の祈祷師牧師のところでしょう あなたと全く逆の立場だと思うけれど

2006/9/26(火) 午後 4:25 [ 山崎 浩 ] 返信する

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