原典聖書研究

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大淫婦バビロンの正体

大淫婦バビロンの正体 黙示録17章6節

今日漸く新約聖書を原典で終わりまで読みました。幾度か読んでいますので大抵の単語も語形も殆ど調べる必要も無くなり、何の感動も無く読み終えました。 10月20日にマタイの一章から読み始めましたので丁度66日かかった計算になります。確か宗教改革者のルッターが10週間で新約聖書を完訳したと言うことですからまあこれぐらいのペースで読んだのでしょう。勿論私は毎朝のデボーションに読んだ丈ですがルッターは丸一日を費やしたのですからゆとりを以て正確に翻訳を進められたと思います。  

さて今日ご紹介するのは上記の箇所です。

何時もの様に直訳です。文脈の前後の節も含めて記します。

黙示録17章5節、6節、7節 ギリシャ語原典の直訳

・ そして 上に その 額 彼女の 名前が 書かれていたは(を)、奥義が、バビロン その巨大、その母 その 売春らの そして その 嫌悪されるの その 地の。
06 ・ そして 私は見た その 女を 酔っているを 出て その 血 その聖らの そして 出て その 血の その目撃証人らの イエスの。そして 私は驚いた 認識したは 彼女を 驚きは 巨大は。
07 ・ そして 彼は言った 私に その使者は、通して 何か あなたが驚いた? 私が 私が言っている あなたに その 奥義を その女の そして その 獣の その 両手で持ち上げるの 彼女を、 その 持っているは その 7 頭らを そして その 10 角らを。

翻訳にします。
黙示録17章5節、6節、7節翻訳

5・彼女の額には名前が書いてありました。奥深いものです。「売春婦大バビロン、地に属する嫌悪されるべき。」6・そして私はその女が、聖徒たちの血と、イエスの目撃者達の血を飲んで酔っているのを見ました。私は彼女を見て、誰なのかその正体がわかった時には腰が抜けるほど驚きました。7節するとその天使が言ったのです。どうしてあなたは驚くのか? 私はその女の秘められた意味(奥義)を言っているではないか。その女や彼女を担ぎあげている獣は頭が7つと、角が10本のあるでしょう。

 注目するべきなのは黙示録を書いた使徒ヨハネが驚愕したこの大淫婦バビロンの正体です。この驚きは大淫婦が既知の女性であると言う事を表しています。此れが何を意味しているかは学者の間に全く異論はありません。続く7の頭が解決してくれます。そう9節に在るように「この女が座っている7つの山で明確です。このときキリスト教会を迫害していたローマ市が7つの丘の上に出来ていましたので、大淫婦バビロンはローマ帝国の首都ローマ市を表しているのです。
何故ローマと言う実名をあげなかったのかという理由は明白です。ローマ帝国の迫害下にその迫害する国のを名を大淫婦ローマとしたらますます迫害が激しくなるので、それを避けて此れを読んだキリスト者(当時のローマ帝国下のキリスト教信者はローマに祖国を奪われたギリシャ人が殆ど)には誰にでその意味がわかることでした。 
  しかし、此れだけの説明では何故使徒ヨハネが驚愕したのかはっきりしません。そしてこの手紙を読む人にも何の驚きも与えないのではないでしょうか。 
  しかし、注意して周辺の文脈を見るとさらにこの女の正体がはっきりと分かってくるのです。その正体を探る鍵は、4節に登場する言葉です。直訳を記します。

 黙示録17章4節直訳 

・ そして その 女は 彼が存在していた 纏っているは 紫染め布を そして 緋色を、そして 金箔を張られたは 金に そして 石に 価値あるに そして 真珠らに、 持っているは 杯を 金の 中で その 手 彼女の 一杯であるを 嫌悪されるべきものらの そして その 汚れらが その 売春の 彼女の、

 注目は5つの言葉です。紫染め布(プロフリュオン)赤(コッキノン)金覆われた(ケクルスメネー)宝石(リソーテイモー)金の杯(ポテーリオンクルシオー)。これらは旧約聖書の70人訳の出エジプト記の25章から30章に頻繁に登場する言葉なのです。そう出エジプトの時代の幕屋で贖罪の奉仕をした大祭司の服装なのです。
  と言うことでこの大淫婦バビロンはローマ市では有ってもローマ帝国を指しているとは考えられません。そう、ここで記されている言葉は明確に大祭司=神様の民の頂点に立つ大祭司を表している言葉なのです。おそらく此れはローマ市に本拠を置くキリスト教のある団体を表しているとみるべきでしょう。

  そして彼らが聖徒の血に酔っていると言う表現にも注目する必要があります。何でもローマのバチカンに本拠の在る宗教団体では殉教者の遺物には功徳があり、贖宥(しょくゆう)の効果云々と言う教義が在るそうです。此れに対抗してビッテンベルグ城教会の城門にローマンカトリックの贖宥(しょくゆう)に関する95ヶ条の提題をして宗教改革が起きた事は有名です。そして、日本にこの宗派の宣教が成された戦国時代の1597年に26人の処刑が市中引き回しの後長崎近郊で執行されました。そして問題は処刑の後の事なのです。

  処刑を見守っていたキリシタンの信者達が、刑場の冊を乗り越えて死者に殺到し、遺体を切り刻んで奪い合い功徳と贖宥(しょくゆう)の効力ある聖遺物として家宝や教会の宝物とするために遺体を死刑執行者の面前で争い奪い持ち帰ってしまったのです。流石にこのありさまは全国に報告され「キリシタン邪宗門」は不動の事実として続く徳川時代のキリシタン弾圧の原因となったのです。

  そう、「聖徒の血に酔うとは将にこのような教会の姿ではないでしょうか。

もうこれ以上記しません。大淫婦バビロンが一体誰であったのか、その正体を見せられた使徒ヨハネは腰が抜けるほど驚愕したのも致し方の無いことと思います。
最後にルッターによって始まった宗教改革の到達点と言われるウエストミンスター信仰基準(最も信頼されるキリスト教の信仰告白=英国宗教改革の成果でウエストミンスター神院で審議されたのでそう呼ばれる。その後ビッグベンで知られた国会議事堂で採択された)の信仰告白の第25章6節をご紹介しておきます。

六 主イエス・キリストのほかに、教会のかしらはない。どのような意味ででもローマ教皇は教会のかしらではない。その反対に彼こそは教会においてキリストとすべて神と呼ばれるものとに反抗して自分を高くするところの、かの非キリスト、不法の者、滅びの子である。

注釈・1517年のルッターの宗教改革に触発されローマ教会内で対抗宗教改革の旗手イグナチオロオラたちによって始められたイエスズ会の宣教師フランシスコザビエルが日本に宣教したのが1549年でした。ローマ教会内に健全な信仰のあり方を目指した人々ですが残念なことに今日紹介したこの部分はローマ教会の堕落に対する内部からの改革は不可能である事を明白にしていると思います。

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