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飛行時間の更新日。連日の猛暑、晴天である。桶川に来るとやはり都内よりも強い日差しを感じる。気温は36度、ホンダエアポートはウインドカーム。
さて今日はどこまで飛ぼうか。とりあえず地図を眺めて一時間で往復できる圏内を考える。
山に行くか海に行くかを考えて、そうだ鎌倉に行こうと思い立つ。
【アビオニクスの電源投入】
桶川から直線で40マイル。飛行機は直線でいけるし、渋滞も無いので予定飛行時間は簡単に計算できる。フライトプランを入れて出発。
ホンダエアポートのユージングランウェイ32、入間QNH2989、移動開始0603(UTC)でプランより3分遅れ。レフトターンデパーチャーでヘディング170でクライムツー3,000feet。YOKOSUKA VORのコース185をCDIにセットしてインターセプト。これで横須賀まで一直線。
調布エアポートの近くで正面右下からのトラフィック。調布に下りるセスナのようだ。
さらに厚木基地近くで正面右上からのヘリのトラフィック。ヘリの方が若干高いようだが高度差あまりなし。左下に回避行動。
VFRの場合飛行方向が0-179は3500など奇数+500フィート、180-359は4500など偶数+500がルール。ちょうど飛行方向が180を挟んでいたので高度の選択がビミョーである。しかも、ヘディングではなく、飛行方位なので横風のあるときはなおさら注意が必要だ。今後は気をつけよう。
【横浜の高層ビル群越にベイブリッジが見える】
左手に横浜が見える。厚木基地の管制圏に入らないようにMFDのGPSで空域を確認する。
これがS型の最大のメリットだ。
管制圏をやり過ごして前方を見ると鎌倉市内越に由比ガ浜、その先に大島が見える。
3,500feet鶴岡八幡宮へ一気にダイブ。長谷寺などを探す。大仏は発見できず。
若宮大路から由比ヶ浜にいったん抜けて右旋回し海岸線を江の島へ。高度は800フィート。
以前、何も無い海上を250feetで飛んだことがあるが、水上ボートのようでめちゃ怖かった。そのくらいまで下がると遅いセスナでも時速200kmで移動している高速な乗り物だということが分かる。
帰路は葉山からGPSナビゲーション。G1000のダイレクトボタンをプッシュ。目的地にHDK(ホンダエアポート)を選択してENTERを押すとMFD/PFD上にマゼンダ色のコースが設定される。しかし日本の航空局のお達しによるとGPSナビゲーションは強く推奨しないそうだ。
帰りの高度は4500。小金井あたりで雲の直下に入るとガタガタと揺れたので3000feetまでディセンド。川越手前でホンダにコンタクトする。ランウェイは14に変わっていた。
効率を考えてライトダウンウィンドから場周経路に入る。場周経路上は他に2機の飛行機がいた。ファイナルでの沈みを予測したが沈下せずに高めのアプローチになったが無事帰還。 |
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関東が梅雨明け(と思われる)宣言の17日、連休初日である。東京でも午前中には30度を超えた。
前日は年に1度の航空身体検査を無事通過したので、本日は飛行時間の更新に機体を借りてカミさんとホンダエアポートに向かう。
途中、どこに行こうか相談して、上空10,000フィート(3,300メートル)に避暑に行くことにする。気温は1,000フィートにつき約2℃下がるので、地上が30度なら上空は10度になるはずである。
【エンジン始動風景。キャブからインジェクションになって始動方法が難しくなった】
飛行場に到着して天候調査。ホンダから10,000フィートまで昇るには横田や入間の空域を避けて高崎から桐生方面に向かうことになるが、夏場はCB(積乱雲)の発生地域なので注意が必要だ。
出発の15:30ころは西側に雲が増えてきたものの、レーダー画像で確認すると積乱雲の発生はないようだ。
羽田にフライトプランを入れて出発の準備かかる。飛行機(小型機)は地上にいるときにエアコンがないので機内は灼熱状態。大汗をかきながらプリフライトチェックを行う。
【マルチファンクションディスプレイの起動画面】
ヘディングは約300度。南風でランウェイ14なのでダウンウインドデパーチャーとする。北本から上越新幹線の線路沿いに上昇を続けながら、トウキョウインフォメーションにエアボーンタイムの通報とオケガワアドバイザリーに高度と進路の報告をする。
【高度計が10120フィートを指す】
途中5,000フィートでミクスチャーの調整。グラスコックピットのエンジン計器に各シリンダー温度のピークが表示されるようになったが、昔ながらのエンジン音を聞いてのリーニングを行う。
うす雲を抜けると遠方に積乱雲の頭が見えてきた。10,000フィートを超えたところで水平飛行する。機外の温度計によると11℃だ。キャビンの外気導入口からの風が冷たいので流量を絞る。
10,000フィートの景色をしばし楽しんだところで、反転して飛行場めがけて一気に降下を開始。
【10,000フィート上空の景色。外気温は11℃】
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カメラの趣味が嵩じてくると同じ機種の色物がほしくなるものだ。
金属カメラ全盛期にはクロームメッキのカメラが普通だったから、報道向けの黒とか軍用のオリーブとかグレーの塗装のほか、記念モデルの金メッキなどは希少価値もあり人気がある。どういう色に進むかはその人の人生とかストレスが影響しているようで、金カメが好きな人や黒皮病とよばれるブラックペイントが好きな人など文字通り色々である。
同じブラックペイント好きでも使い込まれて下地の真鍮が露出しているのに萌える人たちもいて、自分もその中の一人であるのだが、どういう精神状態がそうさせるのか分析が必要だ。使い込まれたブラックペイント、そのカメラがライカで報道や戦場で酷使されたものであったりすると、さらに興奮の度合いが増すのである。
岡村昭彦や沢田教一にあこがれなのか、ブラックペイントの擦れが、表情を生み道具としてのカメラをより際立たせるのは確かだ。
写真のライカは1958年の最初のバッチのM2ブラックペイントである。M2は初期のボタンリワインドでいわゆる内ギザのものが好みだ。一般的には人気がないから安く買えるのでクロームのを一台持っている。ブラックペイントはあまり見ることがなかったが、インターネットのオークションに出ていたものを安く落札できた。下記はこのカメラの出品時の説明であるが、ストックホルムの新聞社(直訳すると毎日新聞)のカメラマンのもので、プラハの春やベトナムを取材しているようである。
Description: Leitz Wetzlar, 1958, Black paint, E service seal, button rewind, from an original series 948601-949100. A very rare camera from the first official batch, but only approx 200-300 copies with button rewind. In 100% original condition. Vulcanite damages, minor dents. Provenance: Used by photographer Leif Engberg Dagens Nyheter in Biafra war 1967, Czechoslovakia 1968, Vietnam war 1970, October war 1973, and Chile 1973.
カメラの下の写真は同じオークションに出品されていたこのカメラの所有者のオリジナルプリント。本当は別のソ連のヘリがプラハ上空からビラを撒いている写真がほしかったが落札できなかった。他の死体が写っているような戦争報道写真も何なので、平和なカットのものを記念に落札した。
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古いカメラ遊びの憂鬱はそのカメラが故障してしまうことだ。もちろん写真を撮るためのカメラは他にいくらでもあるのだが、使えないカメラがあるというのは精神衛生上よくない。とくにお気に入りのカメラだとなおさらである。
そこで修理を依頼するのわけだが、何十年もまえのカメラだから、そのメーカーで直してもらえるわけではない。そのカメラメーカ自体が存在しないものも多数ある。
巷には古いカメラ専門の修理屋さんがいて、そういうカメラを扱ってくれるのだが、どこにお願いするかがまた問題である。
まず、修理費用が安いにこしたことはない。下手すると買った値段よりも高い修理代になってしまうこともある。
以前相場よりもだいぶ安く修理を請け負ってくれる業者さんがいたので、曇ったレンズとシャッターのリボンが切れた一眼レフを一台づつお願いした。
暫くして修理品が届いたが、あまりにもその仕事がお粗末なので愕然とした。確かにレンズのクリーニングの形跡があるが、拭きムラがすごい。さらにカメラにつけてのぞいてみると全くピントが来なくなっていた。素人目にもレンズの組付けを間違えたことが分かった。カメラもシャッター幕交換と言うことだったが、どう見てもリボンを接着しただけのようだった。レンズは再修理してもらったが、その業者様とはそれ以降お付き合いはない。
最近では高くても納得する仕事をしてくれるところを選んでいたが、年に1台か2台出すのがやっとなので修理をお願いするより壊れたカメラが溜まるほうが早かった。
そこに、救世主が現れたのである。いぜんこの拙ブログにコメントしてくれたのがきっかけで、お知り合いになった修理屋さんである。彼の修理ブログを見ていると、その情熱とか仕事の質がうかがえるのだ。こういう仕事の中身をオープンにしてくれるのは信用できると思った。
まよわず、ずっと故障者リストにあったお気に入りのカードンと、ブログでも紹介した安価だがシャッターの動かない大珍品のオリンパスワイド−S(黒いの)をお願いした。
人気の修理屋さんだし、丁寧な仕事なので時間がかかるのは全く気にならなかった。そしてついに修理が上がったカメラを操作したとたん、思いは確信に変わったのだ。
多くを述べる必要はない、カンペキだった。
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前回は教官同乗のセスナ172Pから172Sへの移行訓練でしたが、今回がS型初めてのPIC(機長時間)搭乗になります。同期のI藤機長と時間を合わせてそれぞれ1時間ずつ予約しました。
前回、私はデジタル表示に惑わされて速度、高度が安定しなかったので集中的にTGLを、I藤君はやはり課題だったスローフライト等を訓練エリアを予約して行うことになりました。
先ずはプリフライトチェック。主翼内にある燃料タンクが旅客機と同じようにインテグラルタンクになったので、ドレイン箇所が片翼5箇所に増えました。エンジン始動前のチェック項目もだいぶ増えたので、出発までの時間が+10分くらい余計にかかる感じです。
またグラスコックピットになって電子機器が多くなったので、電源系統のチェックが多くなりました。ちなみにG1000アビオニクスの起動時間はWIndowsよりも起動は早いです。
準備が出来たので早速出発します。TGLだけなのでフライトプランはなし。フライトログに記載する出発時間だけ記録して離陸します。
エンジンパワーが+20馬力上がったので加速も良くなりあっという間にエアボーン。エンジン音、振動も良くなっています。スピードテープを75ノット付近で止めるようにピッチを調整してトリムをとります。レベルオフ高度が近づくと同時にクロスウインドへのターンも開始。左にバンク15度、同時にピッチを押さえてレベルオフ。しかしまたもレベルオフ高度を100フィートもオーバーしてしまいました。パワーが増加した分、プロペラピッチも深くなったのでパワーを戻してからも余力があるようです。このあたりは着陸時にパワーオフしてからも滑走路上を滑る傾向にも出ているみたいです。ファイナルターンを終えてアプローチに入ります。速度の数字をあまり追いかけずにピッチを安定させるように注意しました。今までに無かった機能としてPFD上にウインドコンポーネントが表示されます。これは風の正対成分と横風成分の風速を分けて表示してくれるもので、横風修正をどちらにどれくらいとれば良いかわるので助かります。一回目はノーマル(フラップ30度)による着陸。エイミングポイントを目指してパワー、ピッチを調整します。以前より心持手前でパワーカット。頭が下がるのを押さえながら視線をエイミングポイントから滑走路奥に移します。ここから先が腕の見せ所ですがセンターラインに乗るように軌道修正しつつ接地時の姿勢まで機首上げフレアをかけます。その量は沈み加減をみながらですが、無風とか追い風があるときは氷の上を滑るようにスーッと伸びてしまいます。速度が落ちてくると同じ姿勢を維持するのはどんどん操縦桿を引いて行かなければなりません。横風があるときはセンタラインから流されないように風上側に機体を傾けます。風見鶏のように機首が風上に回ってしまうのを押さえるために反対側のラダーを踏み込んで機軸と進行方向を一致させる必要もあります。このような操作は頭で考えているようではまだまだで、車がスリップしたときにカウンターを当てるように身体が反応するまで訓練が必要と思います。修正を加えながら姿勢を維持していると主脚がキュッキュと接地しました。ゆっくりとノーズギヤを降ろしたらフラつかないようにラダーを操作しながらフラップアップ、フルパワーを入れて55ノットになったらゆっくり操縦桿を引くと上昇を開始します。
ノーマル、ノーフラップ、スリップなどを5回やりましたが、80点くらいの出来でした。
今回あらためて実感したのは、グラスコックピットもさることながら、機体そのものの重厚感がかなりアップしたということです。形は同じでも空力、構造ともだいぶ改善されているようです。
【I機長によるストールリカバリの様子】
【I機長によるショートフィールドランディング】
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