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関東が梅雨明け(と思われる)宣言の17日、連休初日である。東京でも午前中には30度を超えた。
前日は年に1度の航空身体検査を無事通過したので、本日は飛行時間の更新に機体を借りてカミさんとホンダエアポートに向かう。
途中、どこに行こうか相談して、上空10,000フィート(3,300メートル)に避暑に行くことにする。気温は1,000フィートにつき約2℃下がるので、地上が30度なら上空は10度になるはずである。
【エンジン始動風景。キャブからインジェクションになって始動方法が難しくなった】
飛行場に到着して天候調査。ホンダから10,000フィートまで昇るには横田や入間の空域を避けて高崎から桐生方面に向かうことになるが、夏場はCB(積乱雲)の発生地域なので注意が必要だ。
出発の15:30ころは西側に雲が増えてきたものの、レーダー画像で確認すると積乱雲の発生はないようだ。
羽田にフライトプランを入れて出発の準備かかる。飛行機(小型機)は地上にいるときにエアコンがないので機内は灼熱状態。大汗をかきながらプリフライトチェックを行う。
【マルチファンクションディスプレイの起動画面】
ヘディングは約300度。南風でランウェイ14なのでダウンウインドデパーチャーとする。北本から上越新幹線の線路沿いに上昇を続けながら、トウキョウインフォメーションにエアボーンタイムの通報とオケガワアドバイザリーに高度と進路の報告をする。
【高度計が10120フィートを指す】
途中5,000フィートでミクスチャーの調整。グラスコックピットのエンジン計器に各シリンダー温度のピークが表示されるようになったが、昔ながらのエンジン音を聞いてのリーニングを行う。
うす雲を抜けると遠方に積乱雲の頭が見えてきた。10,000フィートを超えたところで水平飛行する。機外の温度計によると11℃だ。キャビンの外気導入口からの風が冷たいので流量を絞る。
10,000フィートの景色をしばし楽しんだところで、反転して飛行場めがけて一気に降下を開始。
【10,000フィート上空の景色。外気温は11℃】
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飛行機の部屋
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念願かなって飛行機の免許を取りました。訓練の辛かったこと、楽しかったこと、怖かったこと、飛行機の楽しみ方などの雑文です。
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前回は教官同乗のセスナ172Pから172Sへの移行訓練でしたが、今回がS型初めてのPIC(機長時間)搭乗になります。同期のI藤機長と時間を合わせてそれぞれ1時間ずつ予約しました。
前回、私はデジタル表示に惑わされて速度、高度が安定しなかったので集中的にTGLを、I藤君はやはり課題だったスローフライト等を訓練エリアを予約して行うことになりました。
先ずはプリフライトチェック。主翼内にある燃料タンクが旅客機と同じようにインテグラルタンクになったので、ドレイン箇所が片翼5箇所に増えました。エンジン始動前のチェック項目もだいぶ増えたので、出発までの時間が+10分くらい余計にかかる感じです。
またグラスコックピットになって電子機器が多くなったので、電源系統のチェックが多くなりました。ちなみにG1000アビオニクスの起動時間はWIndowsよりも起動は早いです。
準備が出来たので早速出発します。TGLだけなのでフライトプランはなし。フライトログに記載する出発時間だけ記録して離陸します。
エンジンパワーが+20馬力上がったので加速も良くなりあっという間にエアボーン。エンジン音、振動も良くなっています。スピードテープを75ノット付近で止めるようにピッチを調整してトリムをとります。レベルオフ高度が近づくと同時にクロスウインドへのターンも開始。左にバンク15度、同時にピッチを押さえてレベルオフ。しかしまたもレベルオフ高度を100フィートもオーバーしてしまいました。パワーが増加した分、プロペラピッチも深くなったのでパワーを戻してからも余力があるようです。このあたりは着陸時にパワーオフしてからも滑走路上を滑る傾向にも出ているみたいです。ファイナルターンを終えてアプローチに入ります。速度の数字をあまり追いかけずにピッチを安定させるように注意しました。今までに無かった機能としてPFD上にウインドコンポーネントが表示されます。これは風の正対成分と横風成分の風速を分けて表示してくれるもので、横風修正をどちらにどれくらいとれば良いかわるので助かります。一回目はノーマル(フラップ30度)による着陸。エイミングポイントを目指してパワー、ピッチを調整します。以前より心持手前でパワーカット。頭が下がるのを押さえながら視線をエイミングポイントから滑走路奥に移します。ここから先が腕の見せ所ですがセンターラインに乗るように軌道修正しつつ接地時の姿勢まで機首上げフレアをかけます。その量は沈み加減をみながらですが、無風とか追い風があるときは氷の上を滑るようにスーッと伸びてしまいます。速度が落ちてくると同じ姿勢を維持するのはどんどん操縦桿を引いて行かなければなりません。横風があるときはセンタラインから流されないように風上側に機体を傾けます。風見鶏のように機首が風上に回ってしまうのを押さえるために反対側のラダーを踏み込んで機軸と進行方向を一致させる必要もあります。このような操作は頭で考えているようではまだまだで、車がスリップしたときにカウンターを当てるように身体が反応するまで訓練が必要と思います。修正を加えながら姿勢を維持していると主脚がキュッキュと接地しました。ゆっくりとノーズギヤを降ろしたらフラつかないようにラダーを操作しながらフラップアップ、フルパワーを入れて55ノットになったらゆっくり操縦桿を引くと上昇を開始します。
ノーマル、ノーフラップ、スリップなどを5回やりましたが、80点くらいの出来でした。
今回あらためて実感したのは、グラスコックピットもさることながら、機体そのものの重厚感がかなりアップしたということです。形は同じでも空力、構造ともだいぶ改善されているようです。
【I機長によるストールリカバリの様子】
【I機長によるショートフィールドランディング】
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飛行クラブの母体である本田航空の機材フリートが約25年ぶりに変更されました。 今までの機材は正式名称は「セスナ式172P型」といって1980年代製造の機材でしたが、25年前の飛行機でも私が訓練を始めてから今までハードな使用に耐え、何の問題もなくがんばっていました。飛行機の寿命が車と比べて長いのは、主な構成部品の使用時間が決められていて時間を超えた部品は故障していなくても交換されるし、一定の飛行時間ごとにオーバーホールをして常に不具合が起こらないように整備されているからに他なりません。 軽飛行機の代名詞となっている高翼、三輪式、4人乗りのセスナは、172型(通称スカイホーク)といい、1955年のオリジナル型から172A型、172B型とマイナーチェンジをして1998年に現行の172S型になりました。各172型は概観上はよく見ないと何型かわからないほど形状の変化はありませんが、空力的な性能やエンジンの性能がよくなっているので、全体のパフォーマンスや信頼性はかなり改善されてきています。総製造数が5万機に迫る航空機の世界ではベストセラーの機種になっています。 今回本田航空が導入したS型と今までのP型の主な違いですが、外観は塗装が赤いラインからホンダジェットと同様なブルーの波型の塗装になった以外、見た目の変更はほとんどありません。 灯火類が電球から流行の高輝度LEDに変更になっています。25年の間に安全基準が変わったので構造が強化されて重量が100lbほど増えましたがこれも見た目には分かりません。内装は今までの黒からベージュ系になり、シートも同系のレザーシートに、操縦桿やスイッチ類、エアフロー、インターコムなども高級車っぽい感じになりました。そして、不時着しても安心なエアバッグや救命無線機も搭載されています。 エンジンもキャブレター式から燃料噴射式になり、馬力も20馬力アップしています。 そして、何よりも大きな変更点はS型から標準になったデジタル式の計器です。いままで計器パネルにズラリと並んでいた針式のアナログ計器は、2つの大きなLCDディスプレイに集約されてしまいました。航空機ではこのようなデジタル計器搭載の操縦席をグラスコックピットと呼んでします。 姿勢儀、速度計、高度計、羅針盤などの飛行計器は左側のPFDに、エンジン計器と航法用の計器は右側のMFDに表示されます。2つのディスプレイ(ハードウエア)は全く同じもので、いずれかが故障しても相互に補完できるようになっていますし、電源系統も分かれています。 この最新式の機材を貸してもらうための移行訓練が先月から開始されました。丸二日のコースで、初日は構造やグラスコックピット(G1000)の機能の座学。二日目が実機での訓練になります。 G1000の操作自体は慣れの問題として、計器やエンジンの仕様が変わると全く別の飛行機のように感じます。 まず、チェックリストの手順がかなり増えました。PFDの起動、エンジン始動、MFDの起動から、故障時の対応など体に染み付くまでは少し時間がかかりそうです。 エンジン関係はインジェクションになって始動方法が少し複雑になったものの、キャブヒートというキャブレター凍結防止の操作が不要になりました。(まだ飛行中に何か手順を忘れたもやもやした気になる) 手順自体は暗唱したとしてもチャックリストに従って行うのが掟ですので問題ないのですが、実際の飛行において飛行計器の違いがどうなるのか気になるところでした。S型で慣熟飛行中の教官からも「むずかしいよ〜、グタグタになるよ〜」と聞いていたのです。 さて、何とか手順に従ってG1000も起動できたし、エンジンも始動したので、いよいよ出発です。 地上走行の間に感じたのは、やはり機体構造の強化とか静穏化が効いてガッチリした感じになりました。スロットルやステアリングのペダル類もだいぶ重くなったように思います。 今回は大人4人なので出発前に燃料を10ガロン降ろしてきましたが、ほぼ最大離陸重量でのフライトです。 滑走路にアラインしてフルパワーに入れます。いままではフルパワーで2400+くらいでしたが2700+まで回るので少し違和感を感じます。速度計は物差しのような数字の書かれたテープが上から下へと流れていきます。物差しの中央部に窓があり、そこに数値で速度が表示されます。滑走路の中心線を維持するためのラダー操作しますがかなり重く感じます。速度のテープ上の60の少し下にRという文字が流れていきました。ローテーションの速度を示しています。Rが中央から下に移動したところで操縦桿を少し引くとゆっくりと地上を離れました。無意識に右ラダーを踏んで単発プロペラ機特有の左への偏向を打ち消しますが、今までよりもグッと踏み込まないとすべりが出るようです。すべり計は今まではU型のガラス管に鉄球が入っている単純で合理的な計器でしたが、G1000では姿勢表示の中心の三角の底辺のバーが左右にずれて滑っていることを示します。あれよあれよという間に場周高度に近づいてきました。高度計も速度計と同じように、テープ状の物差しが上から下に流れています。レベルオフの数字が近づいて来たので機種下げ操作をしましたが、レベルオフ高度をオーバーシュートしてしまいました。今までは針の位置とか針の動く早さを見て、針の動きを止めるという操作で安定しましたが、どうもデジタル計器は数字を読んでから、対応すると操作が後手になってしまうようです。乗る前に数字を追いかけると安定しないよ、とアドバイスをもらいましたがまさにそのとおりになってしまいました。 突然ですがライカの話。 ふと、思ったことですがライカのM3が発表されたのがセスナ172の前年の54年です。M型ライカはその後M2、M4、M5、M6、M7と続き、M8、M9でついにデジタルになりました。 M型ライカもオリジナルのM型の基本構造やデザインを殆ど変えずに生産され続けているのは、セスナと共通するものがあります。セスナのちょっとクラシックな主翼を支えるストリンガーや板バネ式の主脚などは今の技術から見てもシンプルかつ信頼性の高い構造で、ライカの基本設計のよさに通じるものがあります。 飛行機も目的地に行くだけならグラスコックピットとフライトマネジメントシステムの組み合わせは大変便利ですが、趣味で楽しむのなら沢山のアナログ計器に囲まれて飛ぶほうが味があります。
ライカも20年前には夢だったM型デジカメが実現してしまうと、よりオリジナルのM3,M2に興味がいってしまうのも皮肉なことです。 |
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茨城空港(茨城県小美玉市)が11日開港し、第1便となるスカイマークの臨時便が神戸から到着した。国内98番目の空港だが、初日から飛ぶ定期便は、韓国・アシアナ航空のソウル1往復のみ。 マスコミには散々な茨城空港が開港しました。ただその辺りの経済性や有用性についての話はここでは触れません。 関東をベースにする趣味の飛行機乗り(非行器ともいう)にとっての興味は首都圏唯一のジェネアビタワー空港になるのかなと言うことです。 茨城空港はトラフィック(交通量)が前述のように少ないのにタワー空港なのです。 (百里飛行場のときも戦闘機のスクランブルがあるのでタワー空港でした) 空港には規模の大きなタワー空港、比較的規模の小さなレディオ空港というのがあって、前者は航空管制官が後者には管制情報官がいらっしゃいます。 首都圏のタワー空港には成田、羽田がありますが発着枠はいっぱいなので、現実的にジェネアビの航空機が気軽に行くことが出来ません。関東周辺で日帰りレジャーで利用できる大島、福島、松本そして最近出来た静岡空港はいずれもレディオ空港で、タワー空港を経験するには仙台、名古屋またはセントレアまで行かなければなりませんでした。 タワーからパイロットに発せられるのは管制許可であり、レディオから発せられるのは管制情報です。 パイロットは管制許可については、自機の性能、状況判断によりインテンションを要求することは出来ますが、原則として指示に可能な限り従う必要があります。 一方レディオが発する 管制情報については、あくまで情報なので、最終的に航空機の運航についての責任を有するパイロットの判断になります。 ATCも違っていて、タワー空港に着陸する為の管制許可はCleared for Landing Runway xxですが、レディオの場合は、Runway is clear とか進入方向毎の風の状況をつたえてくれますが、あくまでもパイロットの責任で安全を確認して降りることになります。 また、タワー空港の場合はレーダー管制も行われるので交信する相手も、グラウンド、タワー、デパーチャー、アプローチなど忙しくなります。 よって首都圏でタワー空港との交信やプロシジャーの練習、とくにIFRの練習をするためには仙台まで行ったりしていたのですが、茨城空港で行えるかもしれません。 3月11日発効のAIP(航空路誌)で茨城空港を調べてみました。
ICAOの飛行場コードはRJAH(百里飛行場)ですし、コールサインもHyakuriTower、飛行場運用も航空自衛隊のままですが、運用時間は24時間となっておりレーダー管制もあるので、ホンダエアポートに降りられなくなったらダイバート先としてもありがたい民間空港です。 |
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前回強風にてキャンセルになった技能維持飛行の代替を12日に仕事を早く切り上げて敢行。 15時に同乗のカミさんと大手町で待ち合わせ。天気予報は午後まで小雨(場所により雪)で、夕方以降もあまりぱっとしない。とりあえず飛行場で判断することにする。 雨は上がったが羽田の16時のMETARはシーリング6,000フィート。2500フィートにFEWの雲。コマーシャルの東京遊覧は視程があまり良くないので本日は中止したとのこと。 【本日のレンタル機】 天気の大きな崩れはなさそうだしスカイツリーの上空からの偵察任務もあるので、大宮−上野−新宿のフライトプランを入れる。上空に上がって雲があれば引き返す予定で16:30にシップサイド。 エプロンでプリフライトチェックをしていると、新鋭機の172Sがタッチアンドゴーを実施中。今の172Pが退役してこの172Sになる。塗装はいままでの白/赤からホンダジェットと同じ白地に紺色のウェーブとなる。計器類がアナログからグラスコックピットになるので、クラブに提供されるときにはシステムの慣熟訓練があるようだ。エンジンもパワーアップされ、キャブ式から燃料噴射式になったのでミクスチャーや今日みたいな湿度の高いときにキャブの凍結の心配はなくなりそうだ。 【新鋭172Sは翼端にストロボライトが付き高級飛行機っぽくなった】 16時58分に移動開始。飛行場を動き出した時点から飛行時間がカウントされる。17時ちょうどにエアボーン。1500フィートまで昇る。2000-3000フィートの雲はなくなったようだが、あまり視程は良くない。本日は何かあった時の携帯GPSは電池切れのためセットしなかった。ヘディングを維持して都内に向かう。 大宮から川口まで来て、うっすらと新宿の高層ビル群が見えてきた。そこからスカイツリーの方角を見当すると、それらしい影があるので直行する。高度は2500フィート。 【タイクオフランウェイ14 ストレートアウトデパーチャー】 カミさんにコンデジでスカイツリーの撮影をしてもらう。カミさんはオートフォーカスのカメラでもピンとを外す天才だから、あらかじめピントを無限、AEを-0.7にしておいた。しかし写真はご覧のようにブレブレ。AUTO-ISOを高感度に設定するのを忘れてしまったためISO200までしか上がらず1/10以下のシャッターになってしまったのだ。 【偵察目標のスカイツリー。これは比較的ブレていないカット】 スカイツリーから錦糸町上空で進路を東京タワーの南側にとる。右手は大手町越しに皇居が見える。左手はリバーシティー越しに晴海、羽田。前方東京タワーの上空2500フィートに雲があるので少し高度を下げる。品川上空にトラフィックを発見。 【リバーシティ方面。手前が八重洲で奥が晴海】 【第一東京タワー】 動きを注視しながらヒルズを巻いて渋谷方面に向かう。 渋谷付近で目立つ地形は明治神宮だ。最近ここの「清正の井戸」がパワースポットとかにて入場制限があるほど混んでいるらしい。ブレテいてわかりにくいが写真の中央が本殿で左側の茶色いところが水芭蕉の池なのでそのあたりだ。上空から撮影する。 【明治神宮、清正の井戸はどこかにあるはず】 日没時間が過ぎてだいぶ暗くなってきた。新宿の高層ビル群の上を通過し、いつものように帰路は「大宮NDB」に向かう。ADFの針が指す方位をみると、どう見ても千葉方面である。感覚よりも計器を信用せよと教育されているので一瞬機位喪失状態となる。出発時にNDBの受信は確認していたが、念のため大宮NDBのモールスを確認するためADFをオーディオに出す。まったく無音。受信機の故障のようだ。原因が判ったので進路を北にとって荒川を上ることとする。航法計器はほかにVORの受信機が2基あるのでADFが使えなくても問題ない。一応関宿VORとの位置関係を確認。 以前、訓練で但馬空港から福井空港に行ったが、初めての経路で地形もよく分からないうえに有視界飛行のミニマム条件だったので、福井NDBを頼って飛んでいたら途中でADFの針がフラフラになった。あわてて状態を確認したらなぜかNDBの電波を受信していなかったのである。着陸してから判ったことだが当日NDBは運用休止のNOTAMが出ていたのだ。よって出発時からADFはそれらしい方向を指し示していただけだったのだ。このときはNHK福井放送局を受信してロストすることもなく福井空港に到着した。 (教訓:手順通りNOTAMの確認を怠ってはならない。受信の確認をしてから航法に使うこと) 笹目橋上空でアドバイサリーからランディングインフォメーションをもらう。大宮のアビーム辺りでNDBのモールス信号が鳴り出す。ADFも復活したので受信機の不具合らしい。着陸はスムーズにできたのでカミさんにほめられる。駐機場の誘導に出ていた整備の人にADFの不具合を報告。
本日の飛行時間は40分ぴったり。 |



