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東日本大震災当時に書いた、自分のブログを読み返すのは
3月11日当日と、それから主人が派遣された2ヶ月余りの日々を忘れない為です。 被災地へ思いを寄せようと思っても、 遠く離れた地に住む私には、少しずつ実感が薄れていきます。 でも、自分の家族とともに感じた、体験した、震災にまつわる経験は 家族の歴史として、刻み込まれています。 主人から「福島に派遣が決まった」とメールをもらった時は 「なんであなたが!?」と取り乱しました ただあの爆発の映像以外に情報の無かった私は、 目の前が真っ白になった事を覚えています。 「ヘドロの中を竹の棒を持って泥をつつきながら、仲間と横一列になって進んでいくんだけど、 『今通り過ぎたところに、まだ誰かが埋まっているんじゃないか・・・』と、1m過ぎる度に思うんよ。 考えたら涙が出てくるから、黙々と作業した」
3年を過ぎても、主人からは災害派遣の時の、聞いたことの無い話や思いを 今でも新たに聞きます。 家族の中に刻まれた記憶を抱えて まだ訪れた事のない東北の地へ思いを馳せます。 忘れません。 |

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お久しぶりです。
今日、職場で、黙祷がありました。
あれから、3年。。
早かったような長かったような。。
そんな感じの入り交じった気持ちでした。
あの日も、今日と、同じような夕日を見ていました。
近くの自衛隊から、北へ飛んでいく何機ものへりを見送った。。金曜日だったんですよ。
早春の風や、霞んだ空や、沈丁花の香りとか。。感じるいろいろは、
あの日から、経験した未曾有の
信じられない状況に重なりました。
今だからこそ、その時のお話を聞く機会にも、会っています。
それは、また違った目線の想像出来ない事だったりしました。
この春、三陸の海辺に。。今さらかもしれないけど。。立ってみたいと、思っている私です。
2014/3/11(火) 午後 8:42
えみさん(^^)こちらこそご無沙汰しております。
今朝も、会社を就職支援の関係で訪れられた海自の方たちから、震災当時の話を聞きました。
自衛隊の皆さんはもちろん、あの日自分が感じた事を
「皆」が覚えているですよね。私は陽だまりの中で、双子を抱きしめて震えていました。
私は距離がありすぎて、なかなか東北へは足を運べませんが、またえみさんの写真で伝えてくださると、嬉しいです。
2014/3/12(水) 午前 10:50