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前の記事にも書きましたが、当市では震度5弱を記録しましたが大きな被害はありませんでした。
記録の為、分団の活動を記載します。
地震発生直後、即停電。
自動車班のポンプ庫へ行ったが団員が集まっておらず、
ケータイも繋がらずサイレン搭で召集をかけようとしたが停電の為使用出来ず。
ポンプ車の無線で本部に指示を仰ぐ。
管内を巡回して被害を報告せよとの事。
まだ、団員が来ないので1人でポンプ車で巡回開始。
1度管内を巡回してポンプ庫に戻ったら1人団員が来たので2人で巡回しながら
団員召集の広報を実施。
巡回終了。被害無しを無線で報告。
ちらほら団員が集まってくる。
副分団長と部長に管内を任せて消防本部に向かった。
本部も停電していたが発電機を使って電気を確保していた。
テレビに悲惨な光景が映し出されていた。
詰所に戻り待機。
8時前に副分団長と本部へ向かう。
8時をもって解散の指示を受け、詰所に戻り解散を指示。
帰った団員もいたが、残った団員で詰所に残っている食料で夕食。
11時頃全員帰宅。
電気は復旧しておらず即就寝。
12日の朝8時頃本部に参集の電話あり、本部に向かう。
管内全戸の安否確認をせよとの指示。又、昼の12時に本部集合との事。
団員に召集をかけ、公民館長・地区長会と協力し安否確認を開始。
午前中に管内の半分の地区で電気復旧。
12時に本部に向かう。
市の防災センターで炊出しを準備しているので取りに行くようにとの事だったので
取りに行くように指示を出す。
市の大部分で電気が復旧しておらず、独居・2人暮しの老人宅を回り避難所に避難希望の有無を確認し
希望があれば避難所を開設せよとの指示。3時半に再度集合との事。
戻ると安否確認は終わっており、人的被害無し。
避難希望のの有無を確認するように指示。
避難希望無し。
3時半に本部に向かい安否確認・避難希望の有無を報告。
解散の指示がでる。
帰って団員に解散を指示。
12日のうちに市内全域で電気復旧。
昨年地元の小学校の避難訓練に参加した時に生徒の前で
「今後30年の間にお隣宮城県沖で阪神大震災規模の地震が起きる確立は99%なんだよ」
と話をしてきましたが、その約半年後に起こってしまいました。
分団を預かる者として私がとった行動は良かったのかどうかは分かりません。
市や消防本部、団そして分団でいろんな課題がみえたと思います。
この教訓を生かしていきたいと思います。
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