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※平成18年7月(2006.7)に日本コロムビア株式会社WEBサイトに掲載されましたインタビューの模様を復刻掲載。
 
コロムビアファミリークラブ
インタビュー interview

「ひとの香り」 【第二回】舞踊家の財産である音の数々

(インタビュー・文)冨松典子
日本舞踊 千波流二代目家元 千波一景(せんば いっけい)
 
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初夏の風にのって
梅雨のなか休み、久しぶりに太陽がのぞいた日の昼下がりに、新舞踊千波流の家元でいらっしゃる千波一景(せんばいっけい)さんの稽古場を訪れました。
一景さんは、紫陽花のような淡くやさしい色合いの絽のお着物を身にまとわれ、新舞踊という未体験の世界に緊張していた私の心を見透かすように、温かい笑顔をのぞかせながら、ゆっくりと丁寧にお話をすすめてくださいました。
 
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長唄『連獅子』 本衣裳形式
親獅子の精(右)/千波一景さん、仔獅子の精(左)/寛太郎さん
 
若き新舞踊の家元
新舞踊は、民謡や演歌、歌謡曲などに合わせて、自由に振りを付けて踊る舞踊をいいます。日本の伝統芸能である日本舞踊に端を発しながらも、古典的な日本舞踊とは違い、一般の人にも馴染みのある曲に振り付けを創作して踊ることから、親しみやすい踊りとして、主婦層など多くの人の間で楽しまれています。
日本舞踊の起源が今から約400年前まで遡るという諸説があるのに対し、新舞踊の歴史は浅く、大正時代に坪内逍遥さんが起こした新舞踊運動によって生まれた語源で、現在ではテレビやラジオの普及にも伴って、流行歌に振り付けをして踊るようになったと云われています。
 
新舞踊のルーツや定義にはいろいろな説があり、スタイルもさまざま、これと決まっているものがないそうです。今では、全国各地に数多くの流派が存在し、一景さんが家元をつとめられる千波流もその一つです。
新舞踊について一景さんは「生き物のようなもの。常に成長していくものであり、育て生かしていきたい」とお話しくださいました。
舞踊の家に生まれ、物心ついた頃には既に踊りが身近にあったという一景さんですが、幼い頃からこれまで幾度となく山あり谷あり、自分なりの葛藤や苦悩もあったそうです。6歳の6月6日に踊りを始め、中学3年、15歳にして家元を継承した時の事も「多感な思春期にあり、進路相談の際には正直、未知の選択肢で運命に委ねるだけでした」と語られました。
 
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芸養子として坂東三津寛郎さんに師事、過程では多くの先生方との出会いがあり、導かれてきた一景さん
 
でもそんな岐路のたびごとに、師匠でありお父様でもある坂東三津寛郎さんをはじめとする、周りにいる人の支えや叱咤激励があり、乗り越え今に至るのだそうです。
人生の上で私の遥か先輩であるはずの方々が、若輩の私へ対し礼節を尽くしてくださるのです。 崇高な精神性と父性母性を伴う深い情愛に支えられ育まれました! 今日の僕があるのは、そういった方々のお蔭です」とおっしゃる一景さんは、家元である現在も、初心を忘れず権利の誇張はしたくないと、今回のインタビューでも「家元ではなく一景さんと呼んでください」とほがらかにおっしゃり、卓上では家元でいらっしゃることをしばし忘れるほどでした。
 
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長唄『連獅子』素踊り形式
上写真と同様の出し物ながら、紋付袴・素化粧で踊るのが特徴
 
音が踊りの世界を生かす
音がなければ踊れない」とおっしゃるように、踊りの命が音、楽曲です。楽曲は、まず詩に一貫した脈絡やストーリー性があるかを注目しながらメロディを聴くそうで、男歌なのか女歌なのか、ラブストーリーなのか青春歌なのか歴史ものなのかなど見極めたうえで選定、作品の豊かさやそこに現れる人の心の綾などをみそうです
楽曲のなかでも演歌が多く、踊り甲斐のあるもの、舞台で踊ると観客に喜ばれるものが人気ですが、舞台にかける以上は先ず好きな曲であるか、または、その曲に惚れ込むことが大事だそうで、よく聴いて歌詞やリズムをつかむように指導されるそうです。こぼれエピソードとしては、どの曲もそれぞれ難しいものですが、三波春夫さんや美空ひばりさんの楽曲のような不朽の名作はしっかりと稽古を積み踊り込んでいないと、踊りが歌にまけてしまうこともあるとのことでした。
 
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日本三大仇討の一つ三波春夫さんの『曽我物語
親子三人のキャスティングで左からお母様の千波一葉さん、千波一景(中央)さん、弟の寛太郎(右)さん
 
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曽我物語』(立方/千波一景)
 
踊り手さんに喜ばれるのは、人物ものでドラマになっている歌で、島津亜矢さんや市川由紀乃さんの楽曲がそれにあたります。他によく踊られるのは、女歌では五木ひろしさんや石川さゆりさん、細川たかしさんなど。男歌は、比較的楽曲自体の数が少ないそうですが、その中でも坂本冬美さんや神野美伽さん、北島三郎さん、氷川きよしさんの楽曲を選出して踊ることが多いとのことです。「歌はおどり心、踊りはうた心、それを表現する心は一つ」とおっしゃる小野由紀子さんの楽曲も、女歌男歌から「パラダイス東京」などリズミカルなものまでバラエティーに富んでおり、踊りには相性が良いそうです。
また、生歌で舞台をするなど、舞踊界で重宝されているのが端唄、長唄等の古典邦楽を取り入れたオリジナル作品で人気の相原ひろ子さんや篝たえきさんの楽曲です。民謡といえば、高橋キヨ子さん、鎌田英一さんの楽曲が、踊りで代表的だそうです。
他のジャンルでは、松任谷由美さんの「春よ、来い」や夏川りみさんの「涙そうそう」も踊りやすい楽曲で、庶民的で心情を理解できるものが人気のようです。現在一景さんは、CMからインスピレーションを得られたという、ファイナルファンタジーⅧのエンディングテーマであるフェイ・ウォンの「EyesOnMe」を作品にする構想をおもちで、あの透明感あり幻想的な曲が踊りでどう表現されるのか楽しみです。
 
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師匠と共に先頭の寛太郎さん、後尾の一景さんによる『毘龍の旗』軍神、越後の龍と称された上杉家の舞踊
 
一景さんが最も好きな楽曲は、美空ひばりさんの「川の流れのように」で、ラブソングや男と女の情を表現したものが多い演歌歌謡曲のなか、誰もが共感できる人生観をうたっている楽曲だからだそうです。また幼い頃、お母さまが大好きで踊っていらした、榎本美佐江さんのリバイバルヒット曲「十三夜」や島倉千代子さんの「すみだセリフも入ってかわいらしく風情のある楽曲と踊りは、今も心に残っているそうです。他に、神野美伽さんの「男船」、三波春夫さんの「俵星玄蕃」「紀伊国屋文左衛門」や村田英雄さんの「無法松の一生」「花と竜」「人生劇場」なども、踊りの醍醐味を表現できる楽曲としてあげてくださいました。島津亜矢さんの名作歌謡劇場シリーズは、踊りの教科書があるとしたら欠かすことのできないシリーズとなるそうです。
 
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美空ひばりさんの『花と龍』(立方/千波一景)
 
 
音と踊りの調和
踊りの世界では、音を流す機器類の変化も大きく影響しているようです。「時代に逆行するようですが」と笑いながら話してくださったのは、ハードウェアとメディアの形態が先進的に変化してゆくなか、現在もカセットテープが主流だというお話です。というのも、扱いに慣れており、お稽古は反復練習なので、アナログ的なメディアが向くからだそうです。お浚い会など会場においては、大音量で再生する都合上、音質の良いCDやMDを利用しますが、お稽古にはテープがたいへん便利とのこと。にもかかわらず、テープ機器が減り続け、そのうち全廃してしまうのではないかと心配するほどだそうです。
 
新舞踊の長さ(尺)は、昔は3〜4分、今は5分から長くて10分位です。数分という限られた時間のなかで、込められた心情やストーリーを所作(しょさ)といわれる立ち振る舞いやしぐさで表現します。なかには、作品をより生かせる手段として、同様のテーマをもつ別作品の一部分を用いたりする場合もあるそうです。
 
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長唄『元禄花見踊※ご兄弟と幼馴染の三人で華やかに
左(奴/寛太郎) 中央(遊女/寛佳) 右(武士/千波一景)
 
踊りの音が決まったら、振りを付け構成や演出によって小道具を選びます。古典の日本舞踊では振りやつかう小道具など全てが決まっていますが、新舞踊は振り付けも、踊り手さんの年齢や身の丈などに応じて、自由に創作します。
お扇子一本をものや自然現象に見立て、踊ることも多いそうですが、踊りの際につかう小道具は多様で、主に舞扇と手拭と傘、時には刀や槍、笠などが用いられるそうです。こういった小道具も振りと同様、楽曲の内容が影響します。全く同じ曲をつかっても、振り付け師の感性や構想によって様々な表現方法がみられる事も、新舞踊の魅力があるといえます
こうして準備が整うと、踊り手さんは師匠のもと、役としての心情や機微を表現するため、目線に気を配り、姿勢を正し、頭のてっぺんから指の先まで神経を研ぎ澄まし、ちょっとしたしぐさでもきれいに見せる雰囲気づくりに励むのだそうです。
 
数分とはいえ、一景さんが一年間に手がけられる踊りの作品の数は、ほんの指で数えるほどしかありません。単に既存の楽曲を用いて決まった踊りを踊るばかりでなく、中には、メドレー形式にするなど、選び抜いた音と音をつなぎ合わせ、ストーリーを創造し、踊りで表現する新舞踊の世界は、音を耳で聴く魅力とはまた違う最高芸術の世界であると感じました。
 
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三波春夫さんの『大忠臣蔵』をもとに制作された創作巨編『討ち入りの場』のクライマックス
→大石内蔵助/千波一景さん(中央)
 
音を仕入れる
踊りの要である音は音屋さんから仕入れますとのこと。音屋さんとは一体何屋さんでしょうか。今でいうレコード屋さんのことです。
レコードが少なくなった今では、CD屋さんという方が、馴染みがあるかもしれません。CDも今日ではMDやあらゆるプレイヤーに形を変えており、ある意味音屋さんというのは時代が移り変わっても、的を得た呼び方といえるでしょう。
多様な音源を求める一景さんには、音屋さんの存在は大きいもの。でも、最近の音屋さんは音不足。邦楽関係のジャンルを扱う店舗も限られ、貴重な音源が廃盤となり入手不可能なものも沢山あるなか、情報も不足気味で、音を幅広くわかる人が少なく、頼りないのが悩みだそうです。
一景さんは既に、何千もの音源をお持ちですが、それでも知らない曲は数多くあり、良い楽曲を薦めてほしいのです。新曲は紹介される機会が多いものの、昔の楽曲には素晴らしいものが多いにも関わらず、それを引き出してくれる音屋さんがあまりいないため、残念でならないようです。
 
音を創り、踊りを創造する際には、制作サイドの意図、歌い手の意図などを知ることでも深みが増すようです。音の感性がある人と共に、踊りを創りあげると、お互いのもっているものを高めあい、より良いものを創りあげられることから、ちょうど今、音の引き出しが多く、楽曲や歌手に詳しい方に、踊りを勧めていらっしゃるところだそうです。
 
ちなみに、音屋さんの他に、ひとつの舞台を創りあげるとき、どんな役割の方々がいるのか、一景さんにお訊ききしました。
まず、大道具、小道具、音響、照明まではよく耳にするスタッフですが、狂言方、後見、顔師、鬘屋(かつらや)さん、床山(とこやま)さんとなると、初心者の私はわけがわからなくなってしまいました。
狂言方は進行・演出事務、後見は舞台上での助手で、踊り手ではありませんが大切な役割を担い、様々な仕事を果たします。その最たるものは、一瞬のうちに衣裳がかわる引き抜きなどです顔師は今でいうメイクさん、鬘屋さんは踊り手にあった鬘をオーダーメイドで仕上げ、床山さんはその鬘の髪を結い上げる美容師のことだそうです。ヘアメイクさんの役割が細分化されているように見えますが、その分、それぞれの道のプロが責任をもって舞台にあたっていることが想像できます。また、昔から変わることがないという、わかりやすく乙粋な呼び方もとても温かく感じ、なんだかうれしくなりました。
舞台は踊り手一人で見せられるものではなく、こうしたいろいろな人の支えで成り立っています。
人との輪からエネルギーが生まれ、全員の調和で創りあげられるものが、一景さんのおっしゃる踊りです。ですから常に、感謝”“謙虚”“愛情の気持ちを忘れず大切にしていらっしゃるのだそうです。  
 
新しい舞踊の世界の創造
舞踊というと、昔はこどもの習い事、お稽古事の一つでもありましたが、今ではお弟子さんの年齢層は高くなり、若い方が少なくなっているそうです。老若男女にかかわらず、みんなで踊りを共有し創りあげ、同志として切磋琢磨しながら享受していきたい、踊りを生きがいや楽しみの場にしてほしいというのが、新舞踊千波流の今後を考えたときの、家元一景さんの想いでもあります。
 
2001年にはホームページをつくられ、インターネットを通じても、お弟子さんやファンの方々を集う活動をされています。このページは舞踊界のみならず、業界からの反響が大きく、テレビ番組への資料提供の相談や取材がある他、国境の垣根を越えた人との出会いにもつながったそうです。
一景さんが紹介した踊りが、ホームページを見た、台湾やメキシコ、ブラジルなど海外の方の心にもとまり、掲示板への書き込みを通じて、海を超え日本に稽古や舞台を見に訪れるまでになったそうです。
また、最近稽古にいらしている歌手のお弟子さんとの出会いを「彼女が稽古場に初めて足を踏み入れたとき、目が輝き心躍らせた様子が伝わってきました。その姿を見て、僕にボンッとエネルギーが沸きました」と熱っぽく語る一景さんご自身の、凛としたなかキラキラと目を輝かせた表情からも、踊りにかける真摯でまっすぐな情熱が感じられました。
 
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22歳の歌手のお弟子さんのイメージに合わせ、ご用意されたという籠付き巾着
 
お話を最後までお聞きして、関わる全ての人との輪、その同志との意気の高め合いを大切にしたいという一景さんのお気持ちや、新舞踊は生き物だとおっしゃっていたことが何かわかったような気がしました。
学習塾に忙しいこどもたちに代表されるように、この現代においては、舞踊の世界だけでなく、お茶やお花、お習字など、よき日本の文化がなかなか縁遠くなっているような気がします。そんな時代のなか、千波流を若くして継承され、守り育て、次の世代へ受け継いでいかれる家元一景さんのお姿は、同じ日本人として誇りであり、敬意の気持ちで胸が熱くなりました。
 
生活が踊りそのものであり、得心のためと太鼓などの鳴物や茶道、乗馬などもされながらご自身を磨かれている一景さんは、新しい舞踊の世界を創り出そうという信念のもと、日々音を創造し踊りの世界を追求していらっしゃいます。
 
取材の喫茶店で、イチゴののったショートケーキを「甘いものが好きなんです」とにっこりうれしそうに頬張る様子からは、一景さんが新舞踊の家元でいらっしゃると、周りの誰もが気付かなかったことと思います。でも、踊りのお話になると目の色が変わり、踊りへの愛情や尽きることのない探究心をもち、音を財産とする舞踊家一景さんの姿がありました。
一景さんにとって音とは、踊るうえでの生涯のパートナーといえるかもしれません。イメージ 10
撮影に終始照れていらした一景さん
喫茶店での1コマ
 
※現在は、コロムビアファミリークラブより改称され、コロムビアミュージックショップサイトとなっております。
 

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