『プレミアブランド小話㉗ ポルシェユーザーの生産地へのこだわり』

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今日の画像は、15日、日本ハム−巨人(札幌ドーム)の始球式を務め、華麗な“新体操投法”を披露した
元女子新体操日本代表『畠山愛理(24)』と、きれいな花『シャガ』と珍しい花『ハナズオ』です。右下をクリックすると、大きな画が見られます。

15日は楽天−カープが雨天中止となったため、DAZNでハム−巨人戦を見ていた。その始球式で、びっくり仰天のウルトラ技を見て、驚くと当時にいいものを見せてもらったと感動しました。あのマウンドの上で、一回宙返りし、着地ざまに投球。投球は高く、それる球でしたが、球場からま万来の拍手が送られました。華麗で綺麗で、刺激的で本当に素晴らしい始球式でした。


★★★スイスの時計の高級ブランドイメージと同様、アウトバーンの国ドイツも、自動車において『ドイツ製=高性能』という国のイメージが存在する。アウディは世界中で『Vorsprung durch Technik』というドイツ語のブランドスローガン(技術による先進)を翻訳せずにそのまま使っているが、これはドイツ出自であることを強調する意味が込められている。BMWも2017年秋から、高級モデルにおいてBMWの『Bayerische Motoren Werke』というドイツ語のフルネーム表記を世界中で使う方針とした。

ドイツの車メーカーは各国の税制もあり、スイスの時計ほど徹底してドイツ製造にこだわることはできないが、生産量の少ないポルシェは思い切った生産拠点の再編に踏み切った。ユーザーの中でコアなポルシェファンの含有率が少ないと考えられるカイエンは、3代目からコストダウンのために生産をスロバキアに移管した。だが、コアなポルシェファンの含有率が高いスポーツモデルに関しては、ブランドイメージにふさわしい生産拠点に集約する作戦に出たのである。

ボクスターと新型911がヒットして本社工場だけでは需要が賄いきれなくなったポルシェは、1997年からボクスター生産の大部分をフィンランドのヴェルメット社に委託していた。その提携を2011年に打ち切り、ドイツ国内のVWの工場での生産に切り替えた。これでポルシェのスポーツカーは全てドイツ製になった。

2016年半ばからはさらに踏み込んで、VW工場への生産委託をやめ、スポーツカーは全てシュツットガルト郊外のツッフェンハウゼンにある本社工場での生産としたのである。それを実現するために本社工場に多額の投資を行った。つまり、現在ポルシェのスポーツカーは全て『ポルシェの聖地』で作られるようになったのである。

一般の人にはたいした話ではないと思われるかも知れないが、これまでも車台番号の11桁目がSかUかKかを気にするポルシェユーザーは少なからず存在した。Sはシュツットガルト工場製、Uはフィンランド製、Kはドイツ国内VW工場製。筆者も最後に新車で買ったボクスターGTSの車台番号11桁目がSと知った時は、ちょっと嬉しくなったものである。ポルシェの場合熱心なポルシェファンにとってはドイツ製であることは勿論、ドイツの中でもツッフェンハウゼン製であるかどうかも需要なのである。(参考: 山崎明著『マツダがBMWを超える日』)


■■昔、昔、その昔、人気テレビ番組ロッテ歌のアルバムの司会者』として一世を風靡し、日本歌謡界の発展に尽くした『司会者・玉置宏』。その玉置さんが、遺作として自分の辿った歌謡界を綴っている。昭和の昔が懐かしい。川崎市生まれ、1934年1月5日 - 2010年2月11日、享年75歳。


★★★<『玉置宏の「昔の話で、ございます」㉗ ムード歌謡の元祖になった「マヒナスターズ」』>『和田弘とマヒナスターズ』は、ハワイアンバンドから出発し、その後、演歌、歌謡曲などを研究し、独特の裏声も組み込んだ。独特なムード歌謡コーラスを作り上げた。

そして、出演中のナイトクラブ『日比谷イン』では、吉田メロディーの作品を編曲して歌って大当たりを取っていたため、ビクターからレコーディングの話が入ったのだ。

最初のレコードは三浦洸一の『東京の人』と山田真二の『哀愁の街に霧が降る』。2枚目は鶴田浩二の『好きだった』とフランク永井の『場末のトランペット吹き』。2枚目に出した『好きだった』が大ヒットとなり、『和田弘とマヒナスターズ』はムード歌謡コーラスグループとして世に出たのだ。

そしてジャズシンガー・三原さと志さんを新たにメンバーに迎え、グループとして発表したオリジナル第1号が、昭和33年(1958)の『泣かないで』。作曲は勿論吉田正さん。

さらに松尾和子さんの『グッド・ナイト』も大好評で、35年の日本レコード大賞『誰よりも君を愛す』に繋がるのだ。その後もマヒナスターズと女性歌手とのムード歌謡コーラスは人気の的で、36年には多摩幸子さんと『北上夜曲』、37年には吉永小百合さんのデビュー曲で、日活映画『赤い蕾と白い花』の主題歌『寒い朝』。この歌は吉永さんのとても素直な歌い方がマヒナスターズの甘いコーラスと絶妙にマッチして、吉永さんは人気歌手の仲間入りをした。38年は三沢あけみさんとの『島のブルース』、40年には田代美代子さんとの『愛して愛して愛しちゃったのよ』と連続ヒットを飛ばした。

その上、日本レコード大賞の新人賞には、38年が三沢あけみさん、40年が田代美代子さんと、なんと二人も選ばれたのだ。こうしてマヒナスターズは、女性歌手と共に、ムード歌謡コーラスのトップとして活躍するのである。。(参考: 玉置宏著『昔の話で、ございます』)


★★<瀬戸内移住(下) 因島でも起業が盛んに>瀬戸内の北にある広島県の島々でも起業の動きが目立っている。はっさく発祥の地とされる『因島』(尾道市)。ここの名物の『はっさく大福』にほれ込み、ガス会社を辞めて『はっさく工房まつうら』を始めたのが代表の松浦裕充さん(34)だ。しまなみ街道の出入り口近くの店には橋を渡る観光客も訪れる。

17年に開業したが、初日は準備した1千個を1時間で完売した。『いいバイヤーと知り合えて販路が広がった』と言う。夏場は甘夏大福やシャインマスカット大福なども手掛ける。『和菓子は季節感が豊か。若い人にももっと食べてもらいたい』。首都圏や関西圏への展開も『橋があるから前向きに考えて行く』と。

本州と新尾道大橋で繋がる向島。高級チョコレート工房『ウシオチョコラトル』は、尾道が気に入ってIターンした若者3人が出逢い、14年に開業した。バターやミルクは使わず、自ら産地を回って厳選したカカオ豆をブレンドせずに焙煎する。18年には広島空港に姉妹店を出した。『橋があるから、確かな商品を出せば多くのファンが来てくれる』と話す。

瀬戸内しまなみ海道の開通から20年が経過した。本州―四国を結ぶ第3の架橋は、沿線に住む人々の暮らしや観光、産業を大きく変えた。

確かに因島の起業情報は頻繁に発信されている。尾道市自体が若者や長期滞在の旅行者に人気があり、その中から起業を志す一群が生まれ、その人達がまた後に続く人達を牽引するという循環が起きているようだ。寂しかった商店街も、今活況の道を上り始めているようだ。尾道駅も新装され、魅力を増した。久し振りに、尾道三山へ登ってみるかな。あの浄土山の山頂に立って、尾道水道を見ると、本当に気持ちが安らぐ。麓の浄土寺には国宝の金堂があり、足利尊氏の石碑も建立されている。尾道って広島で一番古い歴史を持つ町ではあるまいか。


★★<警官刺傷犯、大阪11市町の府立校を休校へ 17日、範囲拡大も検討、が今朝犯人逮捕>大阪府吹田市で警察官が襲われ、拳銃を奪って逃走している事件を受け、吉村洋文知事は16日、容疑者が身柄確保されなければ吹田市や大阪市の一部など11市町の府立高校・支援学校を17日は自宅待機や休校にすると発表した。府庁で記者団に語った。

◇外出自粛や公共施設閉鎖…警官刺傷、大阪が厳戒態勢
大阪府は16日、府幹部による緊急会議を開催。17日午前6時の時点で容疑者の身柄が確保されていなければ、府内の北摂地区(豊中、池田、吹田、高槻、茨木、箕面、摂津7市と、島本、豊能、能勢3町)を中心に府立高校を自宅待機、支援学校を休校にすることを決めた。また、ほかの地域への逃亡が疑われる場合は休校範囲の拡大も検討する。そのほかの学校については、各市町村などの判断に委ねるという。

吉村知事は、記者団に『犯人に憤りを感じる。(負傷した)警官の回復を祈る。不審な情報があれば110番通報をして欲しい」と述べた。28、29日に大阪市である主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)への影響については、『今の段階ではG20どうこうというレベルではない』と強調した。

交番の防犯カメラの写真については、東京の30歳代の男の父親から『息子に似ている』と府警に連絡があり、吹田市内のホテルからも『宿泊していた客に酷似している』と通報があった。こうした情報などから、府警はこの男が防犯カメラの人物とほぼ特定。現場周辺に土地鑑があるとみている。

しかし、何だねえ、襲われた警官には申し訳ないが、なんで危機管理が出来ていなかったのだろうか。前にも富山で同じような事件があったにも拘わらず。一体警察の危機管理は出来ているのかなあ。広島では8千万円bの現金が行方不明になったままだしなあ。誰も責任を取らない、無責任体制でもある。

情報によると、『G20の厳戒態勢下での大阪でえらい事件になってしまった。防犯カメラ映像から、以前、警察にやっかいになったこともある人物が容疑者として浮上している。兵庫県出身で今は現場から遠くないところに住んでいるようだ。その足取りを追っている』(府警捜査関係者)そうである。早期解決を期待するねえ、本当に。

と、大阪府警は17日午前6時半ごろ、強盗殺人未遂容疑で逮捕状を取り、全国に指名手配していた東京都品川区の職業不詳、飯森裕次郎容疑者(33)を逮捕した。

捜査関係者によると、飯森容疑者が同府箕面市粟生外院の山中で寝ているところを、府警の捜査員が発見して身柄を確保した。拳銃を所持していた。5発の実弾が入っていたが、4発しか残っておらず、1発を発射したとみられる。今後、捜査本部がある吹田署に身柄を移し、動機などを取り調べる。容疑者にけがはないという。

とりあえずは、早期の犯人逮捕、ひと安心だねえ。府警も面目を保った。学校も再開され、子供達も安心、安心だねえ。良かった、よかった。


★★<70歳学生、浮いた学費100万円寄付 1年早く卒業へ>70歳の現役大学4年生が、9月に久留米工業大(福岡県久留米市)の建築・設備工学科を卒業する。卒業するのは野副信子さん。2年前に建築士の資格取得をめざし、3年次編入生として入学。福岡市中央区で不動産会社の社長を務め、卒業までは3年はかかると思われていたが、順調に単位を取得し、2年でまなびやを巣立つ。
 
野副さんは、予定していた残り1年分の学費100万円を、大学の設備充実のために使ってもらいたい、と大学に寄付した。11日には今泉勝己学長(74)から感謝状が贈られた。

野副さんと同世代の今泉学長は『会社も経営されながら、素晴らしい学習意欲。すごいバイタリティーですね。野副さんのような方が増えることを願っている』と語った。

野副さんが入学したきっかけは、建築士の資格を取得し、自分の理想とする住宅地をデザインしたいと思ったからだった。それは日本の区割りされた街ではなく、海外のように高い塀もなく、大きな公園もあり、開かれた住宅地だ。仕事でも、これまでは設計図を描くためには建築士に依頼するしかなかった。『私は単なる不動産屋のおばちゃんでしかない。思い描く住宅地を開発するためには、建築士の資格を取るしかな』と。

大学側は当初、仕事もこなす野副さんの卒業は3年先だと想定していたという。だが、野副さんは大学近くのマンションを借り、月曜から木曜まで大学で講義やゼミを受け、週末に仕事に取り組んだ。野副さんは筑紫女学園中学・高校(福岡市)を卒業後、広い世界を見たいと、2年間、日本航空の国際線客室乗務員として勤務した。両親から『このままでは結婚できなくなる』と厳しく言われ、退職後、中村学園短大(同市)の家政科に入学。卒業後、『大好きな英語を生かし、教員免許を取得したい』と西南学院大(同市)に進学した。


卒業間際、高校時代に通っていた英語塾で知り合った、医師の勝さんと結婚。子どもを授かり、妻として母として家庭を支えた。『当時の日本には、女性が仕事をしながら家庭を支える雰囲気は一切なかった。当然のように私も家庭に入りました』と振り返る。

40代のころ、勝さんが開業した医院を支えるため、税理士の資格を得ようと大学院を受験。合格し、授業料も納めた。だが、勝さんから言われた。『温かい食事が食べられなくなる』。断念せざるを得なかった。

2004年、勝さんが60歳で他界。『これまで心の中に閉じ込めていた、学びたいという気持ちが一気に爆発しました』と、10を超える資格を取得し、東京の医療通訳専門学校の学院長を務めた後、福岡市で不動産会社を創業した。微分・積分、力学……。『これまで学んできたのは文系分野。年を重ねたからでしょうか。知らないことを学ぶ楽しさは若いころより大きかった』と言う。周囲の学生たちは、孫の世代。『私たちの時代と違い、女性は仕事もしながら家庭も持てる時代。目標を持って夢を実現してもらいたい』と言う。

『卒業後は建築士の資格を必ず取ります。孫世代の「同級生」には負けません』。70歳の大学4年生は、先を見据えていた。

すごい人がいるもんだねえ。この年になっても向学心、興味心たっぷりの方だねえ。なにか現役大学生の鏡にしたい人のようだねえ。素晴らしい。


★★<『2千万円問題』で政権ちぐはぐ 金融庁へ責任転嫁か>老後の生活費が2千万円不足するとした金融庁の審議会報告書をめぐり、安倍政権が責任回避に躍起だ。『政府のスタンスと違う』として受け取りを拒否し、参院選を前に早期の幕引きを図る。だが、資産形成を促す報告書の趣旨は、『貯蓄から投資へ』を掲げる政権の政策と合致している。
 
14日の衆院財務金融委員会。報告書問題の矢面に立ったのは金融庁の三井秀範・企画市場局長だった。
内閣府副大臣(金融担当)を務めた自民党の越智隆雄氏は『多くの方に不安な気持ちを抱かせた。誰に責任があるのか』と追及。三井氏は『事務局たる金融庁の対応が配慮を極めて欠いたものであると深く反省している。審議会の場において、誤解や不安を生じさせないよう丁寧に議論をするよう改善していく』と述べ、頭を下げた。

金融庁の全面謝罪を受け、麻生太郎財務相兼金融相は『不適切な表現があったのは事実。受け取らないということになるので、政策遂行の資料に今後なることはない』と改めて表明。『誤解や不安を生じさせないように、金融庁を指導する』と強調した。参院選への影響を避けるため、責任を金融庁に転嫁する安倍政権の姿勢がうかがえる

なんだねえ、身勝手な自民党、麻生坊ちゃんだ。都合が悪ければ受け取らず、都合がよければ受け取るという理屈。なら一体『審議会』とは何だ。こんなものやめちゃえ。金も暇もかかる『審議会』は、政権にとって都合のいいことばかりをまとめるのが審議会なら、顔は国民を無視することになる。一体審議会とは何だ。しっかり定義し、国会で答弁せよ、麻生金融担当大臣。もうもう六、し放題の麻生太郎だ。こんなのが政権中枢にいること自体、自民党のアナクロリズムではなかろうか。

共同通信社が15、16両日に実施した全国電話世論調査によると、金融庁金融審議会の報告書を巡り、麻生太郎金融担当相の受け取り拒否表明は『問題だ』とした回答が71.3%に上った。『問題ではない』は19.1%。公的年金制度について問うと、信頼できないと答えた人が63.8%を占めた。信頼できるは28.2%にとどまった。

これでこの参院選の趨勢は決まったね。麻生坊ちゃん、坊主頭になって懺悔しておくれな。


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