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『5億円?の大密輸 和歌山で駿河屋ら検挙』(朝日新聞、1950年、昭和23年3月6日)
“スルガヤのヨーカン”で知られた和歌山市駿河町の『スルガヤ食品工業株式会社岡本善太郎社長(55)』が、去る2月19日密輸容疑で和歌山市警に逮捕され、続いて同28日夜和歌山の料理店『天徳』の経営者『天徳商事株式会社河野和平(54)』が同じ容疑で逮捕に向かった警官の目を逃れ、自宅二階から飛び降りそのまま行方不明になった事件があり、二人とも和歌山では1、2を争う名士で、特に天徳の川野社長は同地方に隠然たる勢力を持つ有力者だっただけに市民間に異常な衝撃を与えていたところ、飛び降りた時足を折った川野社長は知人に勧められ3月6日になって同社社員に背負われて和歌山市警に出頭した。現在までに逮捕されたものは船員、貨物係など計10名、他に取り調べを受けたもの9名で、戦後関西における最大級の密輸容疑事件といわれる。

同事件の容疑概要は大体次のようである。
機帆船6隻で23年春頃から最近まで前後13回にわたり沖縄本島、石垣島、与那国島から、時には厦門方面まで航行、ミシン部品、自転車、フカヒレなどを輸出し、ザメラ(砂糖の原料)、テングサなどを大量に密輸入、砂糖は駿河屋はじめその他へ、またテングサは和歌山大阪の薬種問屋、製薬会社に売りさばき、その総取引額は2億円から5億円に達するのではないかかと当局では見ている。使用された機帆船は1航海500万円の利益を挙げ、船員の報酬は最初のうち1航海につき船長で4、5万円、船員で2、3万円と言われる。

この密輸事件の中核は沖縄なのですが、当時沖縄は米国の支配領域で、日本の官憲や新聞記者の手が及ばない地域でした。沖縄は大戦で全島が壊滅的破壊を受け、戦後は済むところも食べるものもないという極貧状態に陥りました。そのため台湾方面から小麦や砂糖などを密輸し、沖縄島民に提供する密輸ビジネスが発足。30田度の漁船に、沖縄からは主に薬莢、銅などの非鉄金属が輸出されました。

その後、香港市場が台湾以上に沖縄からの輸出品を受け入れたため、香港密貿易が活況を呈します。和歌山にはそのおこぼれが流れたという次第。この密輸の中心を張ったのが沖縄密貿易の女王と言われた『ナツコ・金城夏子』です。この伝説の人『ナツコ』を掘り起こし、記録がないため当時関わった人たちに直接取材し、年月をかけ『ナツコ・沖縄密貿易の女王』を著作したのが、フリージャーナリスト『奥野修司さん』。

『振り返れば、夏子のことを知ったのはバブル経済がはじけた頃だったから、取材から上梓まで12年以上かかった計算になる。きっかけは、石垣島の一杯飲み屋で老人たちに偶然出合ったことからである。それ以降、私は沖縄で会う人ごとに「夏子、夏子」と熱弁をふるっていたらしく「まるで恋人のようですね」とからかわれたこともある。出会った琉球大学の保坂教授からは、「戦前の沖縄女性の生活ですらきちんと記録されてこなかった。柳田国男や宮本常一が記録するまで、いわゆる常民の記録というのは残されなかった。敗者は記録に残らない。記録に残るのは勝者のみ。だから歴史は勝者に都合のよい記録になる。夏子を知っている人もあと10年すればこの世にいなくなる。今記録されなかったら、夏子は沖縄の歴史から抹殺されてしまう」。私は胸が熱くなり、何かが身体を突き抜けたような気がして身震いした』と、奥野さんは述べています。

男達を操り、中国人を相手に、米国軍の網の目をくぐりながら、生活必需品の輸入に携わった『ナツコ』は、多大な利益をあげ、またそれを配下に惜しげもなく配当します。密輸から手を引き、貿易会社を起こした『ナツコ』は、当時まだ人通りもまばらだった国際通りに4階建てのビルを建て、沖縄人を驚かせます。その『ナツコ』も皮膚癌という病には勝てず、東大病院に入院しますが、38歳でこの世をさりました。この記録本は奥野さんが12年かけて調査聞き取りし、買い上げた労作です。朝日の記事に『テングサ』とあるのは、当時日本人のほとんどが寄生虫に蝕まれ、それを憂いた米軍関係者が『テングサ』を虫下し薬として使用するよう指示し、その採集場であるフィリピン海域に沖縄人が出かけたことも、密輸ビジネスが起こる発端でした。
  
その輸出された非鉄金属は、台湾、香港を中継し蒋介石・国府軍に提供されましたが、当時の国府軍は腐りきっており、これを共産党軍に横流しする輩も多かったと。現に、米国が国府軍援助のため、戦車やジープを提供しましたが、これを上陸艇共々共産軍に売り渡した将軍もいて、朝鮮戦争時、中共軍がアメリカの戦車やジープを使って攻めてきたことに米軍は驚愕します。
 (参考: 奥野修司著『「ナツコ」、沖縄密貿易の女王』文芸春秋刊)

この記録は、ある意味大戦の大きな犠牲を沖縄に強いた歴史の一こまをも書き込んでいます。鉄や非鉄金属は、沖縄の土地を掘ればあちこちから出てきたといわれますから、壊滅的な破壊攻撃を受けた沖縄こそ大戦の一番の犠牲者であると言えます。

★福島原発が起きる前の2006年、東京電力が巨大津波に襲われた祭の被害想定額や対策費を見積もっていたことが判明しました。20mの津波から施設を守るには『防潮壁建設に80億円』などと。津波対策をめぐっては、04年のスマトラ沖大津波を受けて、06年、国が東電に対策の検討を要請したほか、08年には東電が福島一原発で最大15.7mに達すると試算していましたが、いずれも対策はとられませんでした。東電の『過失責任』は明白です。それを『会社として正式に承認した資料ではない』と口をぬぐう東電広報部の姿勢、とても健全経営の企業とは言えません。やはり、東電は一旦破綻させ、新規にまき直しさせるべきでしたねえ。私は何度も主張しますが、JALの経営体質が劇的に変革したのは『破綻−再生』の道を取らせ殻です。東電の経営体質はこのままでは改善されません。企業存続を優先するため、嘘をついてでも口をぬぐいます。東電という企業はそこまで落ち込んでいるのですね。

◆今日の画像は、『献花が絶えない、大阪・ミナミの路上で男女2人が刺されて死亡した事件現場』と、『アストロメリアの美→訂正:スパラキシス』です。『通り魔事件』が多発します。自分に負け、責任を世間、社会になすりつけ犯罪を犯す。精神的に弱い若者達が増えているのでしょうか。精神教育万能ではありませんが、逆境に歯を食いしばって努力する、という教えが影をひそめていますねえ。『夢を追う人生』が謳歌され、挫折するとポッキンと折れてしまう脆弱な精神の人たち。やっぱ『三つ子の魂、百までも』の諺通り家庭教育が基本の基本でしょう。頑張れ、若い父母達。
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