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美術館・博物館めぐりのブログを独立させました。
ブログ名は「見術館・博物館巡り」
名前は「お宝見物人」にしました。
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美術館・博物館めぐり
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1月7日に見に行った。
これが江戸中期に画かれたものか?
と疑いたくなる作品群だ。一見の価値は十分にあった。
おしいのは、腹の調子が悪いときに見たので、落ち着いて見られなかった。この会場は、会場内にトイレがない!今後、要注意だ。
展示会HPより
江戸時代中期の禅僧であり、大量の書画を遺した白隠慧鶴(はくいんえかく)(1685?1768)。500年に一人の英傑(えいけつ)として讃えられ、現在の臨済宗の僧侶たちの系譜をさかのぼれば、すべて白隠に行き着くほどの重要な存在です。
白隠は80余年の生涯を民衆教化に捧げ、その手段として大量のユニークな書画を遺しましたが、それらは各地の寺院や個人コレクションを中心に散在しており、一般観客の目に触れる機会はこれまで稀でした。本展では40数カ所の所蔵者から大作を中心に約100点を厳選し、質、量ともに史上最高の白隠展となるでしょう。
白隠が描いた画題は、釈迦や達磨、菩薩などの仏教的なものに留まらず、七福神やお福など庶民信仰にもとづくもの、また猿や鼠を擬人化したものなど、きわめて多岐にわたっています。時にはユーモアを込めて、またキャラクターに託して修行者や一般民衆へ向けて描かれた書画は、宗教という範疇や200余年という時空を飛び越えて、「真に伝えたいメッセージ」として21世紀を生きる私たちに届きます。 多くは絵と言葉を対にした画賛形式で構成される白隠禅画を、白隠研究の第一人者である花園大学国際禅学研究所の芳澤勝弘教授の卓越した読み解きで、またこれまでほとんど語られてこなかった白隠の美術史上の意義を、明治学院大学の山下裕二教授の解説でわかりやすくお伝えします。
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美術にぶるっ展 東京国立近代美術館
今日、やっと行ってきた。
昨年10月16日から始まって、1月14日までなので、平日のかかわらず結構混んでいた。
これだけのお宝を一気に見られる機会は多くない。
私の今回のお目当ては、近年展示されることがなかった昭和の戦中の戦争画。
なかでも藤田嗣治のアッツ島玉砕とサイパンの民間人の集団自決の絵。以前あった同館の藤田嗣治展に行けなかったからだ。
やはりうまい。
アッツ島玉砕は日本軍が全滅したのに、絵はアメリカ兵の死体と日本刀を振りかざす日本兵しか描いていない。
援軍をおくらず、退却もさせず見捨てられ、犬死にしたアッツ島守備隊を「玉砕」「軍神」に祭り上げるのに役立った絵だ。
当時の展示会で、藤田嗣治はこの絵の横で軍服を着てたったという。この絵に、手を合わせる「銃後の人々」に感動し、自分の絵の力量に確信を持ったという。
サイパンの自決。西洋絵画のパロディ集だが、殉教図になっている。
それぞれのパーツからできているが、中央の女性の群像が中心になって、周辺にいくほど遠景が描かれ、全体が調和し、左から右へドラマを展開してい。うまい!
藤田嗣治を有名にしたのは人畜無害な裸婦図の肌の白さだ。
絵具にパウダーを混ぜ、独特の柔らかい白を出す。
彼の裸婦図は構図は単純だが、象徴化がうまい。西洋絵画の伝統や構図をうまく取り入れているが、西洋絵画がもつ、重たい宗教性、暗示性から解放されあっけらかんとしている。彼の裸婦は乳白色の肌の美しさを表現する。
絵の技術と西洋絵画の知識の深さを「お国のため」にやくだてたのが藤田の戦争画だ。戦後、彼は戦争責任を問われたが、彼はそれが理解できず、日本を逃げ出し、フランスへ去った。
岡本太郎や少なくない画家が、戦争を推進する国家と、画家としての個人の軋轢を感じ、苦悩したのとは異なるキャラだ。
常に明るく注目されていたい。その技術と力量をもっている自負だが、所詮、自己チュー。国家に利用され、戦争推進に手を貸した、その結果責任を理解できなかった。
靉光(あいみつ)の「目のある風景」 1938年の作。得体の知れない不安を感じる絵だ。 彼は1944年に招集をうけ、戦後まもなく中国で病死した。戦争画は画いていない。
現代アートの展示もある。これらも収蔵品だ。
近代美術館が収蔵するお宝の日本画づらり並んでいた。
もっと早い時期に見て、何回か訪れたかった展示会だ。収蔵展だったので図録が2300円と安かった。買った。 |
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「ツタンカーメン展」上野の森美術館
朝10時に上野の会場前に着いて、整理券をもらう。12時〜12時15分集合になっていた。2時間待ちだ。
フジテレビが宣伝しているせいか、若い人や、小学生連れの親子が目立った。
入場前の待機場所からスカイツリーがよく見えた。
最も有名な「黄金のマスク」が来ていないことを、前日に知った。会場の看板に、エジプトの法律で国外持ち出し禁止になっていると書いていた。
子供の頃、日本に来たときに見に行った記憶がある。今はエジプトのカイロまで行かないと見られないのだ。
時間つぶしに、上野公園を散策。
グリーンフェスティバルとして、
噴水が花で飾られていた。
森の中では、竹で作られたオブジェがあったり。広場には、田んぼや畑があり、お米や大根などの野菜、赤そばもあった。
昼食は、西洋美術館内のレストラン「すいれん」で食べる。
西洋美術館で企画展が無くて、空いていると思って入ったが、当たりだった。待たずに入れたし、中も静かだった。
レストランから見える中庭。
イチョウの大木があり、銀杏がたくさん落ちていた。
レストランの従業員に聞くと、数がたくさんあるが、実が小さく利用できないと言っていた。
街路樹のように選定しないので、木に実がなりすぎ、大きくならないのだろう。
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東京都美術館 「Arts&Life:生きるための家」展
9月30日で終わるので、慌てて今日見に行った。
「これからの住まいとは?次世代建築家による39の提案」ということで、
面白い家の模型が展示されていた。
東京都美術館のリニューアル後の初の企画展で7月15日からおこなわれていた。
「生きるための家」というテーマでこれからの住宅についての提案を公募。若い建築家の応募の中から表彰された提案を模型で展示。
最優秀賞受賞の提案の家は原寸大で展示していた。
写真撮影OKだった。さすが建築展だ。
山田紗子「家族の生きるための家-
柱と屋根のつくる、住むための濃度」
壁がない?と思ったが、これは内部を見せる模型のため。家の中の空間関係と動線を見せる。
部屋と部屋の間に壁はないが、屋根と床で空間を区切るり部屋にしている。
今流行の誰が何処で何をしているかが、何処にいてもわかる家。家族としての一体感を感じられる家だ。
我が家の周りに新しく建てられている安い建て売りは、広いダイニングキッチンと夫婦・子どもの個室をベースにした間仕切りだ。家の中の個室は、時代遅れになっている。
下の家は、壁で仕切られているが、全ての空間がつながっている。
この家も、どこにいても、その気配が全ての部屋につたわる。
これも「入選」作だ。
この模型の街は、全ての家の周りが「道」で囲まれている。家の周りをだれでも通れるし、近づける。
家を街の中の個室とするのでなく、家と家とあいだに公共の道を通すことで、街に暮らす人のつながりを作る。人が暮らしためには、人びとと関わらなくてはならない。それが自然に行われる街だ。
自然の地形と林に溶け込むような家。多角形の部屋がつながった家。
この家で暮らせばどんな人生が生まれるのだろう。
私が気に入った「ホビット」のような家。壁や天井は曲線でほら穴のよう。
木やつるに被われ、虫が作ったような家だ。それぞれの部屋はつながっている。自然と一体でなく、自然な家。
風景から「個室化」した家でない。家が風景化し、自然とつながった人の暮らす空間。それは、虫や野生動物たちと、同じように、つながって大地である地球とつきあう。
今どきの建築家の考える家庭や地域社会は、プライバシーを意識しない共同体としての安心感なのだろう。
資本主義社会は人間を個人化し、それに関わるもの全てを商品化し、人間関係をお金が支配した。それにたいし、資本主義の先兵を担ってきた建築界の若手建築家が異を唱えだし、ブームになっている。
建築家たちのモダンからポストモダンと言われた流れは、空間の重ね合わせを試行錯誤しながら、建築の目的が「人のつながり、地球とのつながり」となっている。
資本主義が壊した人びとの共同体を、資本主義の発展と矛盾が新しい共同体を求め、産みだし、作り上げる。建築家たちは、社会のシステム変化のもとで、人間の、人としての自然な欲望を呼び出し、紡ぎだす。
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