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19日、義母と義兄の法事が埼玉県秩父市でありました。
天気予報通り、雨が降る中での法事になりました。
最近読んだ文庫本があります。
帯に書いてある通りのストーリーですけど。
ここの登場する中央構造線は長野県大鹿村(アニーの山小屋の隣りの村)から、
埼玉県秩父地方に繋がります。
もしかしたら、秩父でも事件が起こるかなあと思っていましたら・・・。
なんとパートナーの実家のご近所が出て来ました。
道の駅があった。道の駅といえば国道沿いにあるのが・・・。
看板に将門園とかいてある・・・「観光農園」とあった。
将門橋の自殺ですが・・・。
浅見光彦はここに来たのですね。
このあたりには浅見さんは多いのですけど。
内田康夫さん。(^^♪
日曜日は信州で過ごしました。
まさに中央構造線コースで伊那にいました。
汗ばむような暑い1日でした。
今日は疲れましたので明日花便りを書きます。
畑のトマトの長い茎が残りましたので、
クリスマスには早いけどありあわせの材料で作りました。
ヒイラギ・モミジの葉、ナンテンの実、竹の枝で。
後ろに大根やかぼちゃ、ジャガイモが写ってしまいました。 |
武蔵国(秩父路)
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昨夜、秩父入りしました。
国道299号線の峠道、分水嶺あたりは氷点下でした。
だけど雪や凍結には遭わずに済みました。
今日も曇り空でしたけど、無事に法事が終わりました。
ホテル前の駐車場に置いた車も震えていました。
義母の墓も秩父観音霊場の札所になっています。 墓地の下は貯水池になっています。
こちらはスケートリンク状態。
咲いている花はないかな?
南天の赤い実はたくさんありましたけど。
ミツマタ がありました。
南天以外にはミツマタだけでした。
法事を済ませた後、夜の三味線の稽古まで1時間は余裕がありました。
秩父観音霊場の札所1番に寄りました。
国道140号線(秩父往還・秩父彩街道)を関越自動車道、花園インターに向かう途中です。
四萬部寺の周りにはロウバイ(ソシンロウバイ)がいっぱい咲いていました。
お出迎えをしてくれているようでした。
花言葉は、慈愛、先導、優しい心 など。
ぴったりですね。
発願の寺にふさわしい、落ち着きと格調高さがありました。
ゆっくりしたかったけど、このあとのことがあったので、ご朱印をいただき引きあげました。
改めて来たいと思います。
なぜなら・・・・。
有名な紅梅の開花はまだまだ先のようでしたから。
神田神保町で見かけた風景です。
柊は本物でしたけど、カラスウリの実が糸で吊るしてありました。
遠目には分かりませんでした。
こちらも神田神保町の名物の鯛焼きです。
寒い時にはいいですね。
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義兄の一周忌が終わりました。
1月には義母の四十九日。
新盆に今度は義母の一周忌もあります。
しばらくは秩父との往復が続きそうです。
仕事を終えて、秩父に深夜に着き、翌日に見舞いと法事というパターンから、
これからは、法事のためだけの秩父行きになりました。
この機会に供養を兼ねて観音霊場めぐりを完結したいと思います。
あとは、秩父B級グルメめぐりかな。(笑)
第14番 長岳山 今宮坊
街なかにあるので見落としてしまいそうでした。
今日は30分しか時間がありませんでしたけど、
飛んでいた第14番をお参りし、ご朱印をもらいましたので、
第4番から第23番までは繋がりました。
お見舞いの次いでにお参りしていますので1〜2ヶ所ずつでしたので、
なかなか繋がりません。
あとは虫食いです。
14番札所あたりからも、武甲山がよく見えます。
冠雪したようにも見えますね。
だけど、昨日紹介したセメント工場で使われる石灰石の採掘の跡なのです。
近代日本の工業化のシンボルのような山ですが、観音霊場の町にあって悲しくなりますね。
一昨日の朝、年賀状欠礼の葉書を出し終えました。
年賀状用はがきは既に買ってあり、裏面も作ってありましたので・・・。
う〜ん。
こればっかりはね。
明日から気分を変えて、もうひと頑張りです。
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ここのところ晴天が続いている神奈川県です。
今日はこれから1日、主催行事があります。
アジアの国々では、クリスマスや正月をどのように過ごすのか?
子どもの遊びを通して交流します。
夜は、津軽三味線の稽古日です。
2月に発表会(と言っても大勢での演奏ですけど)なのに、
休日が忙しいので、完璧に稽古不足です。
何しろ住宅地なので、夜は弾けません。
明日は、義兄の一周忌です。
今晩秩父に向います。
今月4回目になりました。
ふつう旅だったら、何て贅沢なって想われそうですね。
先日紹介できなかった札所19番、龍石寺です。
堂宇よりも興味深いのは地面です。
巨大な1枚の岩 の上に建っています。
三途の川の奪衣婆をまつる三途婆堂 が興味深いです。
「因果応報」 ということを教えるためのものでしょうね。
庭には、ロウバイや トサミズキ が・・・春にまた法事がありますが、
そのころには花が見られるかな。
秩父というと、秩父神社や三峰神社、秩父観音霊場、最近ではミューズパークなどですが、
こんな工場も秩父をささえてきたシンボルです。
セメントのまち・・・でした。
今はセメントのほかにセラミックなどの分野にも。
それでは、みなさん充実した1日を過ごせますように。 |
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土曜日から月曜日まで秩父市にいました。
葬儀ということですので、ほとんどの時間は打合せや、参列者への挨拶から移送、
最後は親族代表の挨拶と密度の濃い時間を過ごしました。
そんな中でも、秩父を散策する時間が2時間ばかり取れましたので、
霊場を3ヶ所回り、旅立ちの丘に寄りました。
この3枚の写真を結ぶものが明治17年の秩父事件です。
秩父困民党は、秩父の町を一望出来る、音楽寺の梵鐘の音を合図に駆け下りました。 札所23番、松風山音楽寺といいます。
「音楽」が付くことから、音楽堂などもあり、まさに音楽の丘になっています。
わずかな時間でしたけど、126年余り前の情景をを思い浮かべていました。
そしてその余韻も醒めぬうちに、立ち寄ったのは・・・。
秩父市内の中学校で誕生し、全国版になった「旅立ちの日に」
明日は早い出勤なので、コメントをいただいたみなさんへの訪問は明日以降になりそうです。
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