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朝鮮出兵と伊達政宗

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 1592(文禄元年)年 3月、政宗は3000人の兵を率いて京を出発した。

朝鮮出兵の為に、肥前の名護屋(佐賀県唐津市鎮西町)へ向かったところ、この行列を

京の人々は、見て驚きました。伊達軍の軍曹が余りにも見事だったからです。

 例えば、具足の前後には、金の星といういでたちで、濃い紫の地に金の日の丸をあしらった

幟を30本を掲げていた。続く鉄砲隊、弓隊、槍隊の足軽は全員朱塗りの太刀に銀箔の脇差

頭には、金のとんがり笠。騎馬揃えは、30騎、いずれも黒鎧で、兜は金に輝く

半月の前立てがついてました。

 朝鮮出兵の主力は、四国と九州にあてられ、伊達軍は予備具あつかいのため、働き

場所が無かったし、先年に大崎・葛西の一騎でみそをつけた政宗が、秀吉の意を得ようと

特別にあしらったものであったが、狙いは的中し秀吉を喜ばせました。

 京の人々も「さすがは伊達」と喝采があかり以後、派手で粋なものを「伊達者」と呼ぶように

なりました。

 歌舞伎は皆さんご存じだと思います。とにかく派手で綺麗ですね。何であんなに綺麗で

派手なのか、それは元々「傾く」(かぷく)から、はじまったからです。

「傾く」を(かぷく)のほかに(かたむく)とも読むように、もともとキチンとした様子を

表した言葉ではないようです。これが不良とか、型破りと言う事を指すように、

なた様です。これが次第に「歌舞伎」となり、今の芸術に成りました。

 私は、時々テレビで歌舞伎を見ます、とても綺麗でいいですね!

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 「戦国一の傾奇者」その名は、前田慶次朗。漫画「花の慶次」の主人公、前田慶次の事です。

彼は、前田利家の養子として、迎えられた。もともとは滝川一益の一族だったが。

利家の養子にはいったので、前田を名乗っているがもともと、あかの他人です。

結局、前田の家督は継げず追放されてしまった。この辺から彼の「傾く」が始まったような

感じです。ただこの男、とにかく強く戦が大好きただ勝ち負けは、どうでもいいという

何とも呑気なものです。

 その他、色々とやらかしました。店先である男が足を出してくつろいでいるところを

慶次が通って「その足は、売り物か?」と聞くと、その男よせばいいのに「銭、百貫文なら売ります」

といたから大変、慶次いきなり買ったといいながら、刀を抜き大騒動をおこしました。

また。合戦中に、「伊勢物語」を注釈を付けながら戦ったり、また利家には冷水の風呂を

馳走しおまけに、馬まで拝借しハイさよならと、前田家をでてしまいました。

 また、豊臣秀吉の前では、何と猿踊りを披露したという事です。

 関ヶ原の頃は、上杉景勝のところにいて、あの直江兼続を助けて奮闘してます。

それに、教養も書や連歌、茶の湯、能楽、囲碁・将棋と何でも出来たようです。

 最後は、米沢で静かに迎えました。上杉氏に身を寄せてからは、一切傾く事は、無かったようです。

友人の上杉氏に対する彼の気遣いでしょう。とにかく愉快で強いけど、それで人情の有る

人でした。最後に彼は米沢では、「一夢庵」と称したようです。 

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【独 眼 竜 政 宗】
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