戦国時代☆武将列伝

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戦国☆裏話

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久しぶりの更新です(^^;

大河ドラマ「風林火山」にちなんで、有名な川中島の合戦で

信玄と謙信の一騎打ちのお話です

八幡原史跡公園に隣接する八幡社にある武田信玄と上杉謙信の一騎討ちのブロンズ像は

川中島古戦場のシンボル的存在。

5回におよぶ両雄の戦いのうち最も激しかったといわれる永禄4年の第4回川中島合戦で、

武田軍の本陣に攻め入った謙信の太刀を信玄が軍配で受け止めたという話がありますが

はたして本当にあったのだろうか・・・

信玄の影武者は約7人ぐらい

謙信の影武者は約1人ぐらい

信玄の代わりに、弟の信廉であったというエピソードがあります

謙信も影武者(荒川伊豆守)だったという。事実、上杉の記録に残っています

お互いに影武者をつかっていたのだろうか・・・

この戦いで、武田の軍師=山本勘助も戦死、弟信繁も戦死

武田にとっては痛い戦いのドラマだった・・・

戦国時代の騎馬隊といえば、武田家の騎馬隊が有名ですよね

この頃の時代ではポニーの小型馬がよくつかわれたみたいです

武田家の「甲陽軍艦」には1000人の兵隊の中で馬に乗ったのは7〜8人程度とあります

馬に乗っていたのは指揮をする武将で、あとは歩兵です

戦国時代は槍の戦いです。もちろん、後からは鉄砲も使った戦いもありますが

騎馬武者の一騎打ちもありましたが2〜3度刀を交え、腕が互角だと馬を降りて戦ったみたいです

武田家が強かったため、後世に創作されたフィクションです

馬の生産地でしたが、想像するような騎馬隊ではないのです

武田の強さの秘密は作戦と用兵です。信玄は戦上手の家来の意見に耳を傾けたうえで

自軍と敵軍の兵力を冷静に読んで作戦を立てていた

「富国強兵」国を富ませ兵を鍛え、戦に挑んでいた

信玄が得意とした戦法は、おとりを使って敵を分散させ、少数になった敵を叩くという戦法です

織田信長と明智光秀

俺が好きな歴史は戦国時代

日本の歴史が一番好きだけど中国の歴史も好き

このコーナーは俺が知っている人物の出来事を書いていくよ

いろんな武将がいるけど俺が好きな武将は伊達政宗、武田信玄、真田幸村。。。他

まずはみんなが知っている「織田信長」から話していこうかな

信長といえば本能寺の変が有名ですよね

この信長はたして本能寺でほんとに死んだのだろうか?

いろんな本を読むと謎があります

家来の明智光秀が謀反を起こし、本能寺を取り囲み 攻めていますが

信長の死体は見つかっていないという・・・

たぶん信長は火に包まれ、跡形も残らず焼けたのでしょう・・・

明智光秀についても謎がある

羽柴秀吉のちの豊臣と山崎の合戦で戦い明智は敗れ

小栗栖で農民に討たれたとありますが、光秀はかなりの武芸者

農民に簡単に討たれるかな・・・

光秀生存説もあります

違う人物になって徳川家康に仕えていたという説があります

僧の天海・・・

徳川幕府の時代に「大奥」春日の局(明智一族)は初めて天海に会った時

前から知り合いだったかのように挨拶をしたというエピソードがあります

いろんな説があるけど俺なりに語っていきます

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