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日に三度、禁煙の職場を出て煙草を吸う
近くの公園、ゲートボール場、道端で
週に十五回も街並みを見ていると
季節の移ろいに敏感になるのはやむをえないことで
植物の名前には詳しくない
桜、梅、木蓮、椿、水仙、向日葵、朝顔、杉、松、、、
どメジャーな者たち、
木蓮の花が天に救いを求めている
とのイメージはかつての自分の抱いた想いだろうか
誰かの作品に描かれ強くわたしを捉えたイメージだろうか、
春がきた
木蓮が咲いているからというより
春の来た頃に木蓮が咲いていた
夏が来る頃には
いつ木蓮を見たかなんて忘れる
いつ木蓮が天に救いを求めたかなんて
忘れる
花の落ちた木蓮の樹を見ても木蓮だとは気付きもしない
いつだったか
木蓮の花が天に救いを求めていた、
必死に救いを求めていたという想いだけが
こころの奥の方にそっと沈んでいる
木蓮が花をつける度に蘇る想い、
木蓮が花をつけぬ限り蘇らぬ想い、
木蓮の香りは
甘く強い香りは
過剰だと思いませんか、
ここまでの文章のように
いっそ唐突に物語を始めよう
ドコヒゴサ
まだ、畔がこどもらに、の
道としての機能を失っていない程度のいなか
を歩いてみると
こどもらの声もそこここから聞こえてくる
時折強烈にわたしを襲う木蓮の香り
なんかよりはるかに心地良くわたしを包む
遠雷の様に耳に入るクラクションや
踏み切りの音は
心地良く
近くで聞くのは耐え難い音なのだが
大学闘争や安保闘争も
リアルタイムでかかわっていないので
ほのかに惹かれております
こどもは得意ではない
話し掛けられでもしようものなら
泣き出してしまいそうになる
程度には苦手だ
いっそ泣き出してしまわないところに救いを求めよう
ともあれ
遠くから響くこどもの声は心地良く
あんた方どこさ 肥後さ
肥後どこさ 熊本さ
マリつきなんかしたこともないが
昔からこの歌詞が気になっていた
肥後どこさってのは
肥後ってのはどこにあるのって聞いているのか
肥後のどこらへんって聞いているのか
廃藩置県的なことは関係しているのか
肥後と熊本の関係性がはっきりしないと分からない
が
わからないままに語感の心地良さに身を任せている
好ましい語感の言葉を羅列すると
喜んでいただけますか
エンリケ航海王子
カタクチイワシ
ひとこぶらくだ
阿頼耶識
かいわれ大根
まつした
ゼンジー北京
プラットホーム
云々云々
脈絡もない
あぁ、みよちゃんわるいんだぁ
こどもらの言うわるいは
ときとして他愛もないことであり
ときとしてとてつもなく残酷なことであり
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