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縄文文明について
(1)はじめに
縄文文明の存在はそこに日本人的特質の多くが由来し、とても重要な意義があるのではないか、特に日本的平和精神は縄文民族に由来するのではないかと思い始めた。そして、私はこれからの超近代文明は縄文文明の発展的復興ではないかと考え始めている。
それで4つの仮説を立て、この記事の後の記事でそれについて一つ一つ考察して行きたい。先ずは4つの仮説を短い文章で表現し、考察すべき仮説の一つ一つの骨格を述べる。仮説①〜③はすでにネットで流れている仮説であり、仮設④は私の立てた仮説である。
私が共鳴した記事のURLを張っておく。
コバテツ独創史観 第一 世界史の中の日本文明
(2)4つの仮説
仮説①縄文文明は四大文明と独立な世界最古の文明(土器文明)
仮説②縄文文明は戦争の無かった平和文明:戦争文化は弥生時代から:四大文明は野蛮な戦争文明
仮説③縄文民族は平和民族の生き残り
仮説④超近代文明は縄文文明の復興
(3)仮説①
世界最古の土器は約16000年前の縄文土器である。それは、エジプト文明、メソポタミア文明、インダス文明、黄河文明の土器より古い。4大文明が文明の発祥とする主流の考えからすると、日本の文明は黄河文明の辺境となるはずであるが、実際はそうではなく、縄文文明に始まる日本文明は四大文明よりも古く、それらと独立な文明であるということである。
(4)仮説②
四大文明は文明の発祥の時からすでに戦争があったので、四大文明は戦争文明と呼べるのに対して、日本の土器文明は縄文土器がみられることから、その時代を縄文文明と呼ぶが、縄文文明には戦争の痕跡が見られないので、それは平和文明と呼べる。日本で戦争がみられるのは弥生時代からである。
(5)仮説③
先ず、人類に戦争の観念が無かった時代があり、ユーラシア大陸のどこかで、集団的暴力によって戦闘する集団が現われ、そのために少なくとも自衛のために戦闘能力を持たない集団は滅亡し、生き残った集団は戦争文化を持つようになった。それで人類のほとんどが戦争文明になった。例外は陸の孤島や島国であり、日本の縄文民族は、島国であったために、戦闘集団の攻撃に襲われず、それで縄文民族は戦争文化の無かった時代の民族の生き残りと考えられる。つまり、縄文民族は人類の平和民族の生き残りである。
(6)仮説④
これから20年後、30年後くらいまでには近代の常識が崩壊し、近代が超克され超近代が訪れると思われる。近代は①唯物科学、②資本主義、③民主主義、④武力の支配で特徴づけられる。この4つの近代の柱が崩壊し超近代が訪れるのであるが、それは縄文文明の復興ではないかと思われる。縄文文明の特徴は精神文明、非武力的平和文明であり、超近代文明は精神が物質文明を制御する、精神主体の文明になると思われる。すなわち、超近代文明は縄文文明の発展的復興である。
そして超近代の始まりは縄文人を先祖に持つ日本が中心であり、その中でも縄文人の血が濃い沖縄が更にその中心となる。
しかし、今後の文明の変革は古代から中世へ、中世から近代へ、そして近代から超近代へというものではなく、シュメール文明から始まり現在に至る(戦争)文明全体がひっくり返る文明の変革と思われる。
(7)最後に
今後の記事で仮説のそれぞれを一つ一本の記事で考察して行こうと思っている。
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