|
本ブログの流れと論点整理(1)
(1) はじめに
本ブログを本格的に書き始めたのは2013年1月下旬であるが、それから5年近くが経ち、思想も豊富になった。しかし、その思索には一本の意志が貫いている。それは、宇宙進化の意志である。そこで、この進化の意志が本ブログでどう展開したかのアウトラインを描写し、現時点での論点を整理しようと思う。
(2) 本ブログのアウトライン
先ず、私は「宇宙進化の意志」と合一して、このブログを書き始めた。その時点で課題と思われたのは唯物科学を超克して、神科学を構築することであった。それで、このブログに「科学革命」というタイトルを付けた。
その後、思いもよらないことに西洋思想にかぶれていた私に日本精神が流入し、考えががらりと変わり、日本が世界をリードしユートピア〔理想郷〕を建設すべきという考えになった。このとき、宇宙進化の方法として科学革命の他に、日本を拠点にユートピア建設をしなければならないことが分かった。
そしてユートピアとは各人が神につながって全体が調和している文明であることから、この実現方法として「自己発見―自己実現」をすべしという理論ができた。
日本が建設すべき未来文明を考察するうちに、現在の近代が行き詰っていることに気付き、日本がこれから建設すべき文明は近代を超克した「超近代文明」と呼ぶべきと考えるようになった。西洋発の近代科学、近代資本主義、近代民主主義が行き詰っているのであり、それに取って代わるのは、日本型科学、日本型資本主義であり、日本型民主主義であると今は考えている。
そして、さらにある人の自己実現と別の人の自己実現が対立したときは和の精神で対立を解消すべきという、「和の精神の弁証法」が構築できた。
これが本ブログのアウトラインである。以下に少しだけ詳しく説明しよう。
(3) 発端
このブログを書くことになった最初のきっかけは2012年10月1日に、「宇宙の進化する意志」とでも呼ぶべき神と合一し、神の意志が分かったと確信できたことである。それは宇宙を進化させる意志であり、生命を進化させる意志であり、人類を進化させる意志であり、各個人の精神を向上させる意志であり、文明を発展させる意志であると認識した。神は各個人には魂の進化を要求していることを確信したのである。
その時自分の考えを書いた文章は以下の記事である。
「神科学の精神」
この記事の投稿は2016年1月22日であるが、最初に書いた日にちは2012年10月1日である。今から5年少し前である。投稿するときは少しだけ加筆訂正している。
そしてその時点では、自分の使命は宇宙の進化に貢献することであると認識したのであるが、そのために何よりもなさねばならないことは唯物科学を超克し、神科学を構築しなければならないことであると思ったのである。それで本ブログのタイトルを「科学革命」と名付けたのである。
以下テーマごとに概説する。
(4) 科学革命
α)脳科学
科学革命の入り口は、脳科学革命であると着眼した。現代科学的世界観の最大の誤謬・思い込みは脳が意識を産んでいると言う考えであり、それを論破した。それは何回も書いたが1本だけ紹介しよう。
「脳と意識の関係」
基本的着眼点は、脳が意識を産むことは誰も証明していないし、証明の見通しも立っていないのが現状であり、なされているのは脳の状態と意識の状態の大雑把な対応関係だけであるということであり、では脳と意識の関係はどうなっているのかというと、電子やクォークからして意識を持っているのであり、脳を構成する電子とクォーク全体の持っている意識が統合されたのが人間個人の意識と考えるのである。そして意識は3次元空間の中にあるのではなく、4次元時空を超えて存在すると考えねばならないのであり、したがって意識を捉えるには異次元を導入しなければならないのである。
β)素粒子理論
素粒子理論の見解は、「脳と意識の関係」でも説明されているように、現在物質を構成する根本要素として電子とクォークが知られているが、それらも実は外見と内面を持つと考えねばならない。人間も外から見たら物体以上のものではない。肉体は物質である。物理の法則に従う物体である。しかし、人間自身はその本人は内面を持ち、自分の心を持つ。自分で自分の心を認識できる。
同じように電子もクォークも外から見たときは物質にみえるのであるが、内側から見たときは電子自身、クォーク自身はある内面を持ち自分の心を持つと考えねばならない。その内面の心とは意識の光の流れであり、この光が流れたとき意識と感じられ、その光の流れる圧力が意志と感じられる。この光の流れは、3次元空間を異次元方向に貫通し、その断面が3次元空間内の電子やクォークと見られるのである。
γ)素粒子と人間
素粒子と人間の関係も分かってきた。
「人間とは何か?」
先ず「一者理論」というものを考える。一者とはすべてを創造した神のようなものである。すべては根源なる一者が次々と分化して宇宙が出来上がったものと考えるのである。しかし、普通の一者理論は一者を一つだけと考えるのであるが、私は一者を三つ考え、一者には生命の根源である生命の一者と、愛の根源である愛の一者と、理性の根源である理性の一者があり、この三つの一者を宇宙の進化する意志が統括していると考えている。
そして、人間には知情意があるが、意の根源として生命の一者を考え、それが次々と分化して電子となり、生命意志は電子を動かして、肉体を動かす。
情の根源として愛の一者を考え、愛の一者が次々と分化しダウンクォークとなり、愛はダウンクォークを動かし、人間の肉体を動かす。
知の根源として理性の一者を考え、理性の一者が次々と分化し、それがアップクォークとなり、理性はアップクォークを動かし人間の肉体を動かす。
これが一者(神)と人間と素粒子の関係である。
δ)生物学
現代の生物学の本質は分子生物学であり。それは生物を化学反応機械装置として捉えるが、化学反応を説明するのは量子力学であり、それは物理学である。つまり、現代生物学は応用物理学であり、その結果必然的に生物学は生物機械論に帰着する。つまり、現代生物学には、「意志」なるものを無視しているのである。おかしなことであるが、現代生物学には生命力は無いことになっているのである。生物学に生命力や意志を導入するには上の考えに基づかなければならない。
予告
以下
①自己発見―自己実現理論
②超近代文明構想
③和の精神の理論
などを概説する予定
|
本ブログの概説
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]





