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靖国神社昇殿参拝。
航空自衛隊 http://www.warbirds.jp/senri/jasdf/
5-165、神風特別攻撃隊員の精神基盤について(3)
二、特別攻撃隊員の死を解決する要素について
特別攻撃隊員となった場合、覚悟が決まるというか、死に対する気持ちの整理ができる
のに二〜三日かかるのが普通である。中には一週間程度も悩み続ける者もいる。そして、
一週間を過ぎても気持ちの整理ができなければ脱落する。
それでは特別攻撃隊員はいかにして死に対する気持ちを整理し、覚悟を決めたのであろ
うか。一般的に考えられるのは宗教である。私の家は真宗の信者であった。子供のころか
「正信偈」などのお経をあげたり、 蓮如上人の「御文章(おふみ)」に感銘を受ける程度の
関心は持っていた。
ところが、 いくら極楽浄土を信じても(実際には殺生をするのだから地獄に落ちる結果と
なるのだが……)それだけでは死に対する解決は得られなかった。だからといって宗教を
否定するつもりはない。 今考えると、意識の底では宗教心が働いていたのだが、当時の
年齢では信心といっても程度が知れていて、死の教義を理解し得なかったのである。
次に、「悠久の大義に生きる」 という国家神道的な考え方である。 当時の精神教育は、
これに集約されていた。 しかし、前述の宗教と同じように、真にこれを理解して死を肯定
するには至らなかった。
日ごろ友達同志の会話で、「靖国神社で逢おう」 とか「軍神になるんだ」 などの言葉を
使うことがある。 ところが、本心からこれで死を解決できた者は恐らくいなかったと思う。
どうせ死ぬのなら多少とも後世に名を残したいと願うのは人情である。 だから、結果とし
ての軍神や靖国神社には意味があるが、これを目的とするのは神に対する冒涜であろう。
われわれは国家神道を概念的には理解しても、それは結果を納得するためで、死を解決
する手段としては別に何かを求めていたのである。
また他の考え方として、 何事も運命として諦める方法がある。 確かに人の運命は予測し
難い。九〇三空から特攻要員として転属したわれわれが生き残り、残った連中が串良基地
に進出して夜間雷撃を敢行してほとんど全滅した。また幸運に恵まれ苛酷な戦闘を生き抜
き、死神に見放されたと信じていた同期生で、戦後の航空事故で死亡した例もある。
昭和三十七年九月、T6練習機で夜間飛行訓練中墜落殉職した某三佐(彼は六〇一空当
時に、特攻隊員として二度まで沖縄に出撃して奇跡的に生還している)や、血清輸送中に
名瀬市に墜落した、海上自衛隊P2Vの機長。さらに、昭和四十一年羽田沖で原因不明の
墜落事故を起こした全日空727の機長などである。確かに人間の生死は運命に左右され
る面がある。 しかし、これは結果からいえることで、運命そのものと死を納得する手段と
では、考え方の次元が違うと思う。
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昔は、国のためにつくす!という話を耳にする。死ななければいけないのはつらい。もし、そこで逃げたらどうなる?
2010/11/23(火) 午後 7:22 [ 15歳 ]
昔でも一部、仮病を使う人はいました。
2010/11/23(火) 午後 9:57