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七生隊戦艦テネシーを攻撃。
特攻隊戦死者事績 http://www.warbirds.jp/senri/
18-50、元山航空隊の奮戦
昭和20年4月6日
神風特別攻撃隊 第1 七生隊 鹿屋基地発 沖縄周辺機動部隊攻撃
聯合艦隊告示99号
(零戦)
大 尉 宮武 信夫 (香川・海兵71期)
少 尉 田中 久士 (香川・予備学13期)
少 尉 山田 興治 (愛知・予備学13期)
少 尉 小林 哲夫 (東京・予備学13期)
少 尉 植木 平七郎 (神奈川・予備学13期)
少 尉 橋本 哲一郎 (和歌山・予備学14期)
少 尉 松藤 大治 (福岡・予備学14期)
少 尉 河野 正男 (福岡・予備学14期)
少 尉 吉村 信夫 (広島・予備学14期)
少 尉 鷲見 敏郎 (兵庫・予備学14期)
少 尉 本庄 巌 (福岡・予備学14期)
少 尉 久保田 博 (長野・予備学14期)
昭和20年4月12日
神風特別攻撃隊 第2 七生隊 鹿屋基地発 与論島東方機動部隊攻撃
聯合艦隊告示99号
(零戦)
中 尉 田中 杜 (愛知・海兵72期)
中 尉 成田 和孝 (神奈川・予備学13期)
少 尉 竹口 正 (石川・予備学13期)
少 尉 原田 愛文 (山口・予備学14期)
少 尉 千原 達郎 (京都・予備学14期)
少 尉 久保 忠弘 (香川・予備学14期)
少 尉 林 市造 (福岡・予備学14期)
少 尉 肥後 朝太郎 (宮崎・予備学14期)
少 尉 野村 克巳 (山口・予備学14期)
少 尉 岡部 平一 (福岡・予備学14期)
少 尉 鈴木 弘 (愛知・予備学14期)
少 尉 宮崎 信夫 (大分・予備学14期)
少 尉 田中 公三 (山口・予備学14期)
少 尉 木村 司郎 (大阪・予備学14期)
少 尉 手塚 和夫 (長野・予備学14期)
少 尉 吉尾 啓 (京都・予備学14期)
少 尉 工藤 紀正 (大分・予備学13期)
昭和20年4月16日
神風特別攻撃隊 第3 七生隊 鹿屋基地発 那覇湾艦船攻撃
聯合艦隊告示106号
(零戦)
少 尉 奥田 良雄 (大阪・予備学14期)
少 尉 町田 俊三 (鹿児島・予備学14期)
少 尉 山田 章 (広島・予備学14期)
昭和20年4月16日
神風特別攻撃隊 第4 七生隊 鹿屋基地発 喜界島沖機動部隊攻撃
聯合艦隊告示99号
(零戦)
少 尉 西川 要三 (岐阜・予備学13期)
少 尉 根岸 達郎 (東京・予備学13期)
少 尉 石橋 石雄 (静岡・予備学13期)
少 尉 名古屋 徹蔵 (佐賀・予備学14期)
少 尉 江口 昌男 (大分・予備学14期)
少 尉 樫本 弘明 (徳島・予備学14期)
少 尉 山岡 正瑞 (愛媛・予備学14期)
少 尉 山本 雅省 (東京・予備学14期)
少 尉 大石 太 (熊本・予備学14期)
昭和20年4月29日
神風特別攻撃隊 第5 七生隊 鹿屋基地発 沖縄北部艦船攻撃
聯合艦隊告示109号
(零戦)
少 尉 晦日 進 (長崎・予備学13期)
少 尉 土井 定義 (兵庫・予備学14期)
少 尉 北村 徳太郎 (京都・予備学14期)
少 尉 森丘 哲四郎 (富山・予備学14期)
☆特攻隊員 辞世☆
千早振る神の子我と誇りもち 君につくさむ万世までに
[AOZORANOHATENI]
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元山航空隊とは元山という人名でしょうか。それとも今は北朝鮮にある当時は軍港であった元山(げんざん)でしょうか。とお聞きしますのは私の祖父が元山で酒造業をしており、祖母が愛国婦人会の会長をしていた関係から、特攻隊の若者のお世話をしたと聞いているからです。植民地である朝鮮の元山に特攻隊があったという話は聞いたことがなかったので、母が祖父を思うあまり美化しているのではなどと思ったこともあったのです。祖父は苦労して引き揚げ、少年兵たちの遺品を日本中旅してご家族にお渡しして、それが終った後、自決したと聞いております。もし、ここに記載された元山航空隊が朝鮮の土地の名前ならば、詳しいことを知りたいと思っています。
2009/9/17(木) 午前 11:41
元山航空隊は朝鮮半島の元山に所在しました。
Google で「元山航空隊」を検索してください。
資料が掲示されます。
2009/9/17(木) 午後 1:06
参考資料 http://www.d4.dion.ne.jp/~ponskp/yamato/tokkou/genzan.htm
2009/9/17(木) 午後 1:15
ここ最近 このブログを見つけました。家でビデオ借りて 僕はきみのためこそしににゆく ですか ?あれは陸軍特別功撃隊の知覧での話でしたが…
二十歳そこそこの若者が海軍も陸軍も敵艦船に散華されました。何年か前靖国に行きましたお参りしました。若い人も結構いました。零戦が飾ってました。結構大きい戦闘機でセスナなんて比べものにならない。どうかお元気で。あなたのような高齢のかたがブログをつくっておられることに、感銘を受けました。
2009/9/17(木) 午後 9:42 [ こころ ]
ご来訪ありがとうございます。
戦没同期生の慰霊顕彰のため頑張っています。
「蒼空の果てに」にもお立ち寄りください。
http://www.warbirds.jp/senri/
2009/9/17(木) 午後 10:05
森丘哲四郎さん、野田克人さんに関する記述のある、カミカゼの真実と言う本を読みました。永末様は御二人との接触はありましたか?
長々すみません。元山基地に日本の茶室があったと書いてあるのですが、元山には日本人が多く移住してたのでしょうか?
2010/3/14(日) 午後 9:10 [ 桜子 ]
お二方とは面識はありません。
元山には海軍の航空隊がありました。
殆どの日本人はシペリヤへ収容されたとのことです。
「蒼空の果てに」をご一読ください。
http://www.warbirds.jp/senri/
2010/3/14(日) 午後 9:40
元山海軍航空隊勤務。元山仲町松の湯の娘。私の母です。航空隊の友人に上野さん、小川菊美さんらがおられました。
2010/5/27(木) 午後 8:42 [ 松田 ]
元山航空隊は戦闘機の訓練基地でした。
予備学生の13期14期が訓練を受けました。
多くが特攻戦死しました。
2010/5/28(金) 午後 9:56
七生隊、本庄巌さんを検索していたら、貴ブログにたどり着きました。
95歳の父が本庄巌さんの4/6出撃の際、靖国で会おうぜと言葉を交わしました。
父はその後、6/25特別攻撃隊を命を受け、7/7ゼロ戦の前での写真には出撃直前の点検とあり、別れの盃後、出撃停止となったようです。
2016年、痴呆が始まり、遺書のような文を残し、ゼロ戦に乗りたいと書いていました。
この22日に穏やかに亡くなりましたが、23日通夜、24日葬儀、25日には本庄さんの待つ靖国へと旅立ったように思えてなりません。
是非、ご連絡くださいませ。
2018/7/9(月) 午後 0:44 [ yamanomurasaki ]
> とらねこさん
老兵のひとりごとさんのブログのコメントを拝読いたしました。
老兵さんも私の父の同輩くらいかと思いますが、新しいブログの更新をあまりされていないので、心配しています。
父は元山航空隊におりました。特攻の生き残りですが、つい先日亡くなりました。
戦友の本庄さんを調べてここにたどりつきましたが、くしくも父が特攻隊を命ぜられたのが6/25日、出撃停止でしたが、73年後靖国で約束を果たせたのかと思っております。いつか靖国に父の写真を持って参りたいと思います。
2018/7/9(月) 午後 1:02 [ yamanomurasaki ]