老兵の繰り言

「特攻隊」の生き残りが後世に語り継ぐ鎮魂の記録です。続いて、自衛隊草創期のうら話などを紹介致します。

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         二等飛行兵曹任官祝。


戦没者追悼 http://www.warbirds.jp/senri/10kaiko/03nisibe/index.html

        10-59、忘れ得ぬ同期の桜

                          西部 博俊(福岡県田川市出身)

昭和十九年十月十二日未明から十五日までの四日間、猛烈な航空戦が展開された。台湾沖
航空戦である。飛練を卒業して台南空に配属され、九九艦爆と九七艦攻を使って錬成訓練中
であったわれわれが、初めて実戦を体験したのである。そして、急遽台南空の東約五キロに
ある帰仁基地に根拠を移して訓練を再開した。

こうした中、十一月一日付で半人前ながら海軍二等飛行兵曹に任命され、台南市の海仁会館
で盛大な任官祝が催された。ところが、任官の喜びにひたる暇もなく、特別攻撃隊が編成され
ることになった。 この時は、命令によるものではなく、希望者を募っての編成であったと記憶
している。

私も特攻を希望していたのだが、艦攻分隊長砂原大尉に呼ばれ「貴様は長男だから駄目だ!」
と一喝され、転属準備を言い渡された。 さて、どこへ転属させられるのだろうかと思っていると、
再度呼び出され、「編成上もう一機ほしい、強制はしないがどうだ」との話で、特攻隊への編入が
決まった。この時の編成は、操縦員は予備学生の十三期生と乙飛十七期生それに特乙一期生
で、偵察員の殆どが上海空で飛練を卒業したばかりの、われわれ甲飛十二期生であった。

帰仁基地では、日中の空襲を避けて、夜間の特攻訓練が開始された。 特に夜間の洋上飛行が
重視された。夜間洋上航法の成否は迅速確実な偏流測定にある。投下した航法目標灯を追って
測定器を操作する。後方に流れる目標灯をプリズムで戻してその角度を測定するのだが、マゴ
マゴしていると目標が測定器から外れてしまう。

これでは、偏流は測定できない。別に何か目標になるものをと探しても、当時は漁火なども皆無で
あった。更に地上では灯火管制が実施され、真っ暗闇で何も見えない。下手をすると機位を失して、
自分が今どこを飛んでるのか分からなくなる。

回数を重ねるに従い少し自信がついたある日。居眠り防止用の抹茶を固めた錠剤をかじりながら、
九七艦攻の電信席に乗り込んだ。操縦員は原嶋久仁信一飛曹(乙十七期)で偵察員が福田周幸
二飛曹(甲十二期)それに私のペアである。

地上における点検を終えて、チョークを外し滑走路に向かう。 私は後ろ向きに座席に跨がって、
背もたれに腕を乗せ、指揮所に向かってオルジス信号を送っていた。 離陸地点に着いたらしく、
「左右後方ヨロシイ」、「離陸目標ヨーシ!」と福田兵曹の声が聞こえ、 続いて、「前方ヨーシ」と
原嶋兵曹。本来ならこの時点で座席を座り直し、座席バンドを締めて離陸態勢を整えるのである。
だがこの日は、横着を決め込んで後ろ向きに座ったまま、「離陸準備ヨーシ」。

原嶋兵曹の、「離陸スルー」との元気な声でいよいよ離陸発進だ。 ところが、スピードが増すに
つれて指揮所の見え具合が普段と違う?? と、思う間もなく、機体がバウンドして尾輪がコンコン
と跳ねだした。ブレーキ音が軋む。背もたれにしっかりとしがみついた。どうやら滑走路を外れて
いるようだと思った瞬間、グワッグワッという轟音と同時に機はキリキリ舞して、ドスーンと止まった。
……一瞬静寂の暗闇……

我に返って恐る恐るオルジスで付近を照らして見ると、あたり一面濛々たる砂塵である。偵察席を
照らしながら、「福田!」と声をかけると、「グッグゥ」と声にならない声だ。
「原嶋兵曹、原嶋兵曹! 大丈夫ですか?」と声をかける。 何度目かに、「オーウ」と声が返って
きた。どうやら放心状態にある様子だ。

指揮所に向けて「・・・ ━ ━ ━ ・・・(SOS)」と、発光信号を繰り返した。
ところが、既に異変を察したらしく、救難の車らしきものがこちらに向かって来ているようだ。
翼の上に出て福田兵曹の様子を窺うと、両手で顔面を覆って俯している。手袋の間から血が流れ
出ている様子だ。

原嶋兵曹にその旨を伝えて、 早く救難隊に知らせなければと翼の上から一気に地上へ跳んだ。
イチニッサンと拍子をとって跳び降りたのだが、 ギクッと左足首に激痛が走って、その場に座り
込んでしまった。何のことはない、飛行機の脚が折れていたので翼は地面と殆ど変わらない高さ
だったのである。泡を食った時はこんなものか?

早速台南海軍病院に運ばれ精密検査を受ける羽目になった。原嶋兵曹は異常なし。小生は軽い
足首捻挫ですんだが、福田兵曹は眉間の下部打撲切創で入院となった。 福田兵曹は退院後も、
横約二センチの傷痕が残ることになり、貫録をつけていた。

事故の原因は連日の訓練の疲れから、列線の危険表示のランプを離陸目標灯と見誤って、これに
向かって滑走を始めたのである。そのため、列線にあった飛行機も一部破損した。 だが、なぜか
叱責されることはなかった。

それから間もなくわれわれは、七二一空(神ノ池)に転属が発令され、 内地に帰還することがで
きた。神ノ池は神雷部隊の訓練基地である。 どんな配置を与えられるかと思っていたら、新たに
艦爆隊が編成されていて、 新鋭機彗星による錬成訓練が開始された。

この間、福田兵曹とはなぜか気が合って、 同じ家に下宿し隊の内外を問わず常に行動を共にして
いた。 一升瓶をラッパ飲みしたり、ウイスキーの飲み比べをした、懐かしい思い出ばかりである。
また、外出のたびに鹿島神宮に参拝したものである。

次に、百里原空に転属となった。ここでは、また九九艦爆と九七艦攻に逆戻りである。一部の者は
彗星の経験を生かして、 同じ基地に所在していた、 六〇一空攻撃第一飛行隊に配属され、別れ
別れとなった。
 
アメリカ軍の沖縄侵攻が始まり、 「菊水作戦」が開始されると、 次々に「特攻隊」が編成された。
福田兵曹は早々と九九艦爆の「神風特別攻撃隊第二正統隊」に編入され第二国分基地へ進出した。
そして、還らざる攻撃に飛び立ったのである。

更に痛恨の極みは、終戦当日の八月十五日一〇五〇、百里原基地を発進し、関東東方海上の機動
部隊に対し、 帰らざる攻撃を敢行した「神風特別攻撃隊第四御盾隊」に、 溝口和彦及び田中喬の
両同期生が含まれていたことである。運命の日、祖国防衛の礎ならんと、何のためらいもなく出撃し、
自らの命を断った御霊よ、永遠に安らかならんことを。


神風特別攻撃隊 第四御盾隊 搭乗割 

操縦 中  尉 谷山 春男  (兵庫・予備学13期) 
偵察 一飛曹 田島 平三  (群馬・甲飛12期)

操縦 一飛曹 田上 初治  (兵庫・丙飛11期)
偵察 一飛曹 田中  喬   (福岡・甲飛12期)

操縦 一飛曹 藤本  嶺   (山口・甲飛12期)
偵察 二飛曹 新井 唯夫  (静岡・甲飛13期)

操縦 上飛曹 岩谷 樺王  (青森・甲飛11期)
偵察 一飛曹 溝口 和彦  (佐賀・甲飛12期)

操縦 一飛曹 永田 與四雄 (長崎・丙飛15期)
偵察 一飛曹 矢上  保   (鹿児島・甲飛12期)

操縦 上飛曹 川合 壽一  (岐阜・丙飛10期)
偵察 中  尉 水上 潤一  (石川・海兵73期)

操縦 上飛曹 山本 好人  (佐賀・丙飛11期)
偵察 中  尉 勝原 通利  (福岡・予備学13期)

操縦 一飛曹 弘光 正治  (高知・甲飛12期)
偵察 二飛曹 泉川  白   (香川・甲飛13期)

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