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空母艦攻隊 日本出版社。
私の本箱 http://www.warbirds.jp/senri/23ura/43/sinzitu.html
元艦上攻撃機の操縦員として
☆私のHPの掲示板に、 「雷電飛曹長」の名で投稿されているある若い方から、この本
を参考にして映画の脚本を作成したいので、体験者としてのご意見を聞かせて欲しい
との申し出を受けました。 一読しましたところ、用語や画像それぞれに多数の間違い
が見受けられました。若い読者の方々に正しい史実を伝えるために、著者には失礼で
すが、敢えて問題点を解説致したいと思います。
☆隊内での通常会話について。
海軍で相手を呼ぶ場合、士官に対しては職名で呼びます。下士官同士は「何何兵曹」
と呼び「何々さん」とは呼びません。 各頁とも間違いです。 また、海軍での一人称は
「私」で「自分」は陸軍でしか使います。「殿」も陸軍では付けますが、海軍では使いま
せん。(49頁・151頁) 全頁とも「何々さん」となっていますが事実ではありません。
☆出発や帰投の際の報告は、機長のみが敬礼して行います。(31頁・45頁)
☆操縦員と偵察員では落下傘が違います。当然落下傘バンドも違います。
画像はすべてが操縦員用と見受けられます。(28頁・179頁・その他)
<a href=http://www.warbirds.jp/senri/23ura/33/ssb.html>参照。</a>
☆九七艦攻の魚雷や爆弾の投下杷柄は操縦席の左前にあります。艦攻の水平爆撃は
偵察員が照準し「ヨーイ テー」で、操縦員が投下杷柄を引きます。
54頁の画像は、偵察員がボイコーを覗きながら右手で投下杷柄を引っ張っています。
164頁では、「偵察員は嚮導機の合図に従って爆弾を投下せよ!」とあります。
何れも事実ではありません。
☆九七艦攻のパス速度は最低65ノット。57ノットでは失速墜落。(59頁)
☆「搭乗割」が当時の名称です。「編制割」などありません。(93頁)
☆当時の下士官兵はすべて丸坊主でした。長髪は一部の士官に限られていました。
☆無線方位測定儀と無線帰投装置とを混同しているようです。(99頁)
☆「突撃準備隊形作レ(トツレ)」について。
「突撃準備隊形」とは雷撃隊が編隊を組んで進撃し、敵艦を発見した場合、一定の
隊形を作ってから「突撃」します。この訓練を「襲撃運動」と呼んでいました。
「突撃準備態勢作レ」「突撃準備隊形作レ」の間違いです。(146頁)
「トツレ」は雷撃の場合の命令で水平爆撃にこの命令は不自然です。(22頁・69頁)
☆海軍に「飛行学校」はありません。(157頁)
☆雷撃の照準が間違っています。停泊艦は別として、雷撃は敵艦の進行方向の前方を
狙わなければ魚雷は命中しません。(194頁〜198頁)
<a href=http://www.warbirds.jp/senri/23ura/32/32.html>「雷撃の理論と訓練」参照。</a>
☆水平爆撃について。
水平爆撃は「爆撃嚮導機」を先頭に、ガッチリと編隊を組みます。 照準するのは爆撃
嚮導機のみで、 列機の操縦員は嚮導機の合図で、 一斉に爆弾投下索を引き爆弾を
投下します。
「爆撃嚮導機」には「特修課練習生」出身のベテランが操縦・偵察のペアで配置されます。
進撃中は指揮官機の2番機の位置にあり、爆撃進路に入る前に、指揮官機と交代して
先頭に立ちます。先頭機は嚮導機の間違い。(23頁)
☆その他小さい事あげれば際限がありません。
「馬車屋」(123頁)や落下傘バンドの記名(149頁・186頁)などなどです。
随所に画かれた下着類なども当時のものではありません。たかだか60数年前のことです。
も少し当時の実情を研究して欲しかったと思います。
私の願いは、若い方々が大勢読まれる有名作家の本ですから、虚構でなく真実の姿を画い
て後世に伝えて欲しいとの願いから、元艦上攻撃機の操縦員として、失礼を省みずに敢え
て解説を試みました。失礼の段平にご容赦ください。
☆今日の一言☆
煮ても焼いても食えぬ
[AOZORANOHATENI]
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