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広島の惨状。
青春の回想 http://www.warbirds.jp/senri/
16-141、七十年間は草木も生えない
いよいよ復員の日がきました。復員証明書といくばくかの旅費を受け取り、思い出
深い「湖畔の宿」を後にして、堀之内駅から汽車に乗りました。私は石井勝美兵曹
(長崎県壱岐郡出身)と一緒に帰ることにしました。 汽車はすし詰めで、おまけに
鈍行でした。乾パンなどの食糧は準備していましたが、最悪の旅となりました。
京都駅で途中下車して、石井兵曹の親戚宅に一泊することにしました。浜松、名古屋、
岐阜と焼け野原ばかり見てきた目には、数回の空襲を受けて、相当数の死傷者を出
したにしても、比較的被害の少なかった、 古い京都の街のたたずまいは、妙に落ち
着いた雰囲気を醸していました。
それにしても、街には店らしい店は開いていませんでした。八坂神社の前で氷屋が
一軒店を開けているのを見つけて、氷を一角買いました。蜜や砂糖など有りません。
オガ屑を拭きとり、タオルに包んで玉垣に打ち付けてカチ割りにしました。 そして、
石段に腰を降ろしてカリカリと噛みました。暮れなずむ京都の街並みを眺めながら、
物を食べるという事で満ち足りた気分になり、 戦争が終わった喜びをしみじみ感じ
ました。
翌朝、しばらく親戚の家に滞在して、 様子をみると言う石井兵曹と別れて、今度は
一人で汽車に乗りました。広島駅で乗り換えのために下車したついでに、街に出て
市内の様子を見て回りました。「七十年間は草木も生えない」と言われるように一面
瓦礫の山です。 「体当たり攻撃」 などでは太刀打ちできない化学兵器の破壊力を、
まざまざと見せ付けられた感じでした。
☆今日の一言☆
名主の跡は芋畑
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