|
攻撃708飛行隊の勇士。
亡き戦友を偲ぶ http://www.warbirds.jp/senri/
17-23、特攻からの生還!
長濱 敏行 君(宮崎県延岡市出身)の回想を紹介致します。
今日もうっとうしい空模様で、朝から小雨が降っています。思えば沖縄周辺の米軍
艦船群に「神雷特別攻撃隊員」として出撃したあの日もきょうと同じような梅雨空で
暗雲が垂れ込めていました。
あれは昭和20年6月22日のことでした。「出撃搭乗員は指揮所前に整列」・・・・。
当直士官が横穴壕宿舎の中を告げて回ります。ここは、今や日本の最前線の要衝
となった鹿屋海軍航空基地です。外はまだ薄暗い。時計の針は午前4時。飛行場
からはすでに試運転に入ったエンジンの音が轟々と伝わってきます。
前回の出撃 (5月25日) では、沖縄周辺が梅雨の豪雨で、悪天候に阻まれ攻撃
を断念。引き返して命拾いしましたが今度は生きて帰れないでしょう。遺書を残そ
うと思って万年筆を手にしましたが、いろいろ思いあぐねて筆が進まず昨夜はとう
とう一睡もできなませんでした。
この世に生を受けて18歳の今日まで過ごして来た日々は、ただ、敵艦に体当たり
するためのものだったのか・・・・。出撃までの一刻、さまざまな思い出が次から次へ
と浮かんでは消えていきました。
限りなく広がる大空にあこがれ、中学4年の時に両親に無断で、海軍甲種飛行予科
練習生を受験したのですが、合格通知が来てそのことが分かったとき、「男は自分が
決めた道を進むのが一番」と言って励ましてくれた父。
「これを持っていれば必ず生きて帰れるから」と言って、お守り袋にナタマメを添えて
くれた母。笑顔で送ってくれた妹たち。
「何も書き残せなかった私をを許してください。 皆と過ごした素晴らしい思い出を
いっぱいありがとう」と心に念じていました。 軍人を志した以上、戦って戦って戦い
抜いて死ぬのは本懐だが、最初から死を前提とした必死必中の特攻作戦が展開
されよぅとは、 そしてその自分がその隊員になろうとは夢にも思わぬことだっただ
けに、特攻隊志願の呼び掛けには言葉で言い表せぬ衝撃を受けました。
優秀な米軍の反攻を受け、戦勢日々傾く状況の下では、とてもこの戦争に勝てる
とは思えなかったが、美しい郷土の山河を、優しい父母の住む町を、むざむざ敵に
蹂躙させてたまるか!。
国家危急存亡のとき、若者が奮い立たなかったら、大和民族の歴史に拭いきれな
い汚点を残すでしょう。悩み苦しみ抜いた挙げ句、だれもがそんな気持ちで特攻隊
を志願したものでした。
「お前たちだけを死なせはしない。俺も必ず後から行く・・・・」。
航空隊司令の別離の言葉を背に、幕僚が見守る中滑走路につく。オーバーブースト
にセットし、スロットルレバーを徐々に開く。さあ再び帰ることのない離陸だ!。
「帽振れ!!」で見送る整備員の、油にまみれた顔が次々に後ろに流れ去ってゆく。
滑走路をいっぱいに使って離陸したが、「桜花」を抱いた愛機(一式陸上攻撃機)は
重く、エンジンはあえぐように唸(うな)っている。
出撃した「神風特別攻撃隊第10次神雷桜花攻撃隊」9機のうち、 エンジン不調で
引き返した、佐藤千年君(鹿屋市在住)の乗機と、奄美大島西方洋上で敵戦闘機の
迎撃を受けて、辛うじてそれを振り切って、喜界ヶ島にたどり着いて不時着した私の
乗機を除く他の7機は、無線で「ヒ連送」(ヒの信号を連送し、「我れ敵機と交戦中」の
意味)、「ト連送」(我れ今より突入す)を打電し、沖縄の海に空に壮烈な最後を遂げ
ました。そして無念にも翌日、6月23日に沖縄守備軍組織的抗戦は終わりました。
神風特攻隊の仲間には立派な遺書を残した人も多かったが、大多数の人は何も書
き残すことなく敢然と散っていきました。 長所も、そして欠点も多い生き生きとした
若者ばかりで、いわゆる軍人精神の権化のような人物は率直に言って居なかったと
思っています。
基地の近くの野里横穴壕宿舎で、出撃待機中に集まっては、たわいもない世間話に
興じたものでした。 甲子園出場をかけた地区予選決勝で敗れたことをいまだに悔し
がっていた隊員。 うどんの賭け食いで料金をただにした自慢話。彼女からの手紙の
束を見つけられ、一部始終を無理やり告白させられた隊員。果ては遊郭での武勇伝
まで飛び出し笑いが絶えませんでした。
今考えると、それは何げない平和な暮らしへの限りない思慕であり、あこがれだった
のではないでしょうか。 死を目前にして、だれよりも平和の到来を待ち望んでいた
のは、特攻隊員だったと、しみじみ思うのです。
あの日の航空弁当は、主計科員心尽くしの五目寿司におはぎでした。それに桜島の
ビワの実を添えていました。ビワの実を見るたびに私は思います。あいつらと過ごし
たあの鮮烈な青春の日々を片時も忘れはしない・・・・と。そして平和な日本の暮らし
何が何でも守り抜かねばならないと。
★
昭和20年6月22日
第10神風桜花特別攻撃隊 神雷部隊桜花隊 戦死者名簿
聯合艦隊告示240号
(桜花)
中 尉 藤崎 俊英 (千葉・予備学13期)
上飛曹 堀江 眞 (秋田・甲飛10期)
上飛曹 山崎 三夫 (福岡・乙飛17期)
1飛曹 片桐 清美 (福岡・丙飛15期)
(一式陸攻)
中 尉 伊藤 正一 (宮城・海兵73期)
中 尉 稲ヶ瀬 隆治 (和歌山・予備学13期)
中 尉 根本 次男 (福島・予備学13期)
中 尉 三浦 北太郎 (岩手・予備学13期)
上飛曹 千葉 芳雄 (宮城・丙飛10期)
上飛曹 岡本 繁 (石川・甲飛11期)
上飛曹 樫原 一一 (香川・甲飛11期)
上飛曹 立川 徳治 (大阪・甲飛11期)
上飛曹 山下 幸信 (香川・乙飛17期)
上飛曹 鳥居 義男 (愛媛・乙飛17期)
上飛曹 南 藤憲 (宮崎・乙飛17期)
1飛曹 佐藤 貞志 (福島・甲飛12期)
1飛曹 飛鷹 義夫 (熊本・甲飛12期)
1飛曹 樋口 武夫 (佐賀・乙飛18期)
1飛曹 土井 惟三 (広島・乙飛18期)
1飛曹 木村 茂 (愛媛・丙飛15期)
1飛曹 三木 淑男 (和歌山・丙飛16期)
1飛曹 武田 廣吉 (岩手・丙飛16期)
1整曹 中島 佐吉 (群馬・整練68期)
1整曹 村山 省策 (北海道・整練96期)
2飛曹 藤木 政戸 (群馬・電練66期)
2飛曹 杉田 龍馬 (香川・電練66期)
2飛曹 牛濱 重則 (鹿児島・電練66期)
飛 長 但木 正 (宮城・乙飛特2期)
飛 長 明神 福徳 (高知・乙飛特3期)
飛 長 大熊 賢 (岡山・乙飛特4期)
飛 長 北村 義明 (神奈川・乙飛特4期)
飛 長 坂本 吉一 (東京・乙飛特4期)
☆今日の一言☆
百里来た道は百里帰る
[AOZORANOHATENI]
|