老兵の繰り言

「特攻隊」の生き残りが後世に語り継ぐ鎮魂の記録です。続いて、自衛隊草創期のうら話などを紹介致します。

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17-27、特攻基地串良

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             串良基地跡平和公園。

亡き戦友を偲ぶ http://www.warbirds.jp/senri/ 
      
       17-27、特攻基地串良

串良基地は沖縄作戦に際して、艦上攻撃機の出撃基地として使用されました。 特攻
出撃や夜間雷撃と数多くの艦上攻撃機がここから発進し、沖縄周辺の敵艦船攻撃に
向かったのです。串良基地から発進して戦死した同期生は次の10柱です。

昭和20年4月6日
神風特別攻撃隊菊水天山隊 
2飛曹 田中 和夫  (石 川・17歳) 131空攻撃256飛行隊
2飛曹 望月九州男 (大 分・17歳) 131空攻撃254飛行隊

神風特別攻撃隊八幡護皇隊 
2飛曹 松木 昭義 (愛 媛・18歳) 宇佐航空隊

昭和20年4月12日
神風特別攻撃隊八幡護皇隊 
2飛曹 堤    昭  (福 岡・18歳) 宇佐航空隊

昭和20年4月16日
神風特別攻撃隊八幡護皇隊 
2飛曹 小河 義光 (福 岡・17歳) 宇佐航空隊

昭和20年4月28日
神風特別攻撃隊第一正気隊 
2飛曹 弥永 光男 (福 岡・18歳) 百里原航空隊

神風特別攻撃隊八幡神忠隊 
2飛曹 犬童憲太郎 (鹿児島・18歳) 宇佐航空隊

昭和20年5月11日
神風特別攻撃隊菊水雷桜隊 
1飛曹 小野 静雄 (佐 賀・17歳) 953空攻撃251飛行隊
1飛曹 山岡 智明 (高 知・18歳) 同

昭和20年7月22日
雷風雷撃隊
1飛曹 穂坂 信也 (福 岡・18歳) 931航空隊

穂坂信也1飛曹は福岡県嘉穂郡の出身です。鹿児島空の予科練から谷田部空の
中練教程、そして百里原空の艦上攻撃機での実用機教程まで、私と同じ道を進み
ました。 飛練卒業後は131空の攻撃254飛行隊に所属し、天山艦攻による練成
訓練を終了して串良基地へ進出しました。 そして、沖縄周辺の敵艦船群に対して
夜間雷撃を繰り返していました。

その間、「特攻隊」として串良基地から出撃した、百里原空時代の教官や教員それ
に同期生を、断腸の思いで見送ったのです。沖縄作戦の終了にともない、攻撃254
飛行隊は香取基地へ移動しました。だが彼は、串良基地所在の931空に転属とな
り、引き続き沖縄周辺の敵艦船に対する夜間雷撃に出撃していました。

昭和20年7月21日、その日の出撃は4機でした。この出撃を同期の宮本1飛曹が
見送っていました。操縦員穂坂信也1飛曹、偵察員湯川保郎中尉、電信員浅野義夫
1飛曹、これは攻撃254飛行隊が串良基地へ進出して以来の固有のペアでした。

2230、彼らは最後に離陸しました。 離陸の際《パンパンパン……》と排気管から
異常な音を発していました。 エンジンの調子がおかしい様子でした。先に離陸した
3機が左に旋回したのに、 彼だけは右旋回をはじめたので、 引き返してくるものと
思っていました。

ところが、彼の機はそのまま低く垂れ込めた暗雲の中へ爆音を残しながら、志布志
湾の方向へ姿を消し去ったのです。そして翌朝、彼の飛行機だけは帰投時刻を過ぎ
てもついに帰還しませんでした。彼もまた、教官や教員それに数多くの同期生の後を
追うようにして、沖縄の海に消え去ったのです。

福岡県護国神社で例年行なっている慰霊祭に、穂坂君の母親が彼のお姉さんを介添
えに参加されました。その時の話に、
「偉い人はあの時期、 戦争が終わることはわかっていたはず、 無理に命令を出さなく
てもよかったのに……」と、慨嘆されました。

命令を下す者と、命令を受けて何のためらいもなく、 危険を承知で攻撃に向かう者。
人それぞれの運命というべきものでしょうか。最愛の息子を亡くされた母親の嘆きは、
日時の経過で薄れるものではありません。何とお慰めすればよいのか、その言葉は
みつかりませんでした。

鹿児島県串良町は、 旧串良航空基地の跡地の一部を整備し「平和公園」としました。
更に、 昭和44年10月、ここ串良基地より飛び立ち、 祖国防衛のため散華された、
若桜400有余柱の英霊を弔うとともに、 この事績を後世に伝えるため、 慰霊碑を
建立しました。そして、毎年10月に追悼式を行っています。

今出撃せんとす
  何も思い残すことなし
父母兄姉よ幸福であれ
  心爽やかにして大空の如し
こうしているのもあとしばらくです
              さようなら

  太平洋戦争末期斯くして串良
  航空基地より飛立ち 肉弾となりて
  帰らざりし三百有余の御霊よ
                安らかれ
  必ずや平和のいしずえとならん

  昭和四十四年十月十一日
     旧串良海軍航空隊基地出撃戦没者
     慰霊塔建設期成会々長
                串良町長 佐 枝 潔


☆今日の一言☆  
石が流れて木の葉が沈む 
[AOZORANOHATENI] 

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