老兵の繰り言

「特攻隊」の生き残りが後世に語り継ぐ鎮魂の記録です。続いて、自衛隊草創期のうら話などを紹介致します。

7甲飛12期会

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7-97、北邙の塵

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            伊東宣夫君の遺書。


甲飛12期会 http://www.warbirds.jp/senri/12-3/ 
        7-97、北邙の塵

    遺 書

 十有七春秋 逝くものは將又何 
 幼時濃藍の空に浮かぶ三日月を眺め 何を願ひしや 
 悠久三千年 皇国の歴史は今日何をか語る
 噫々時遂に来たる 粉骨以って皇国に報ゆる時は来たれり  
 既に右田戦死し真島又沖縄に散る
 われら貴様等の後をしたひて今日特攻の一員に加はる事を得
 喜ぶべし 武人の本懐これに過ぐるものなし     
 夫れ報恩の道 今日をおきて又何れの日にか求めむ

   三千とせの歴史守りて捨つる身と
      思へば軽きわが命かな

   いざ勇み我は出て征く琉球の
      空に散りにし友をしたひて

 寸骨を埋むる豈青山を待たんや 
 吾身北邙山頭一片の煙とならむとも 英霊とこしへに祖国を守らん
 皇天后土 願はくば吾が機を守らしめ給へ 
 古より曰く 一念石に立つ矢の験ありと 何ぞ一撃沈まざる敵艦やある
 快なる哉壮なる哉この一挙 桜花の下いざ若桜勇躍征かん 
 天皇陛下萬歳 帝国海軍萬歳 
 最後に皇恩の萬分の一にも報ゆる事の出来ざるを詫び
 又吾人をして今日まであらしめ給ひし 両親教官教員恩師に対し 
 衷心より感謝申し上ぐ次第なり

    百里原空 特攻隊
                海軍二等飛行兵曹   伊 東 宣 夫 遺

     辞 世
  
  行く春に逢はで散りゆくますらおの
        心は常に楽しくありけり

  煙ふく桜が島に生ひたちて
          煙ふく日に桜散り行く

☆「北邙(ほくぼう)山頭……」は、 唐の詩人劉庭芝の「百年同じく謝つ西山の日、千秋萬古
たり北邙の塵」が出典。北邙は洛陽の北方にある山の名。「北邙の塵」とは、死んで土にか
えること。

☆この遺書は、故海軍少尉伊東宣夫君が特攻出撃に際して書き遺したものである。 伊東君
は昭和2年11月14日、大分県南海部郡上堅田村にて出生。昭和18年8月1日、第12期
海軍甲種飛行予科練習生として、鹿児島海軍航空隊に入隊した。朝な夕な、煙り噴く桜島の
雄大な姿を眺めながら、8ヵ月に及ぶ猛訓練に耐え抜いたのである。また、峨々たる桜島の
山肌を見下ろしながらの初飛行も体験した。

昭和19年3月、予科練を卒業して上海航空隊へ転属。ここで、飛行術練習生として技能の
錬磨に励んだ。昭和19年9月、飛行術練習生を卒業して台南空に配属され、艦上爆撃機の
偵察員として錬成訓練を開始した。

昭和19年12月、 台南空で艦上爆撃機の錬成訓練を受けていた伊東2飛曹は、721空
(神ノ池基地)へ転属の命令を受け内地に帰還した。 更に、昭和20年3月、実施部隊に
編成替えとなった百里原空へ転属となった。

アメリカ軍の沖縄侵攻作戦が開始されると、百里原空においても、「神風特別攻撃隊」が
編成され、 彼は「第2正統隊」の一員に選ばれた。 桜花爛漫の春4月、出撃基地である
鹿児島県姶良郡第2国分基地へ進出した。若鷲誕生の地鹿児島空を巣立ってから1ヵ年
が経過していた。この基地で彼が 再び眺めた煙り噴く桜島が、 この 世の見納めとなった
のである。

晩春の国分基地を、総員の見送りを受けて発進した99式艦上爆撃機の偵察席は、遅咲き
の桜の花で飾られていたという。母親の写真を胸のポケットに納めて出撃した伊東2飛曹に、
いよいよ最期の時が訪れた。

「ワレトツニウス、 テンノウヘイカバンザイ」。 彼はいかなる思いでこの決別の電報を発信
したのであろうか。 続いて電鍵を押さえ放しにして、「ツ ――――― 」と、長符を発信した。
この符号が途切れたのは、昭和20年4月28日 午後7時であった。 享年17。

7-96、醜の御盾と

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         往時を忍ぶ、同期生小河原兵曹。


甲飛12期会 http://www.warbirds.jp/senri/12-3/ 
       7-96、醜の御盾と

故海軍少尉松木学君は、宇佐空で艦上爆撃機の飛行練習生を卒業し、同期生の江藤君
や古小路君などと一緒に、出水基地所在の762空に配属された。ここで、最新鋭爆撃機
銀河による錬成訓練を開始した。 ところが、南九州地区が敵機動部隊やB29の空襲を
頻繁に受けるようになり、それを避けるため、飛行隊は原隊を離れて美保基地に移動して
錬成訓練を行うことになった。

訓練終了とともに彼らは「特攻隊」に編入され、出撃基地である宮崎基地へ移動することに
なった。彼は、その移動途中に規則を無視し、編隊を離れて懐かしい生家の上空へ飛んだ。
そして、母親に宛てた遺書をマフラーに包んで投下するという非常手段をとったのである。

終戦後聞いた話である。 昭和20年5月10日、愛媛県宇摩郡長津村の上空に突然双発の
飛行機が一機飛来して低空を旋回しはじめた。 そして、白い布に包んだ物を投下して翼を
振りながら南西の空へと飛び去った。 これを見ていた松木トキさんは、直感的にわが子が
最期の別れを告げに来たのだと確信した。 だから、この包みを拾って駐在所に届けたうえ、
警察官に立ち会ってもらいその包みを開けた。

 謹みて生前の御礼申上候
 今は此の感激が何にか譬へられず候
 大日本帝国の繁栄を神仏賭けて御祈願申上候

    誰の手に 手折られけんか桜花
       ただ知るのみは 醜の御盾と

        攻撃四〇六飛行隊
          海軍一等飛行兵曹 松 木 学
   母上様


故海軍少尉松木学君(愛媛県・19歳)及び故海軍少尉山根三男君(広島県・18歳)は、
攻撃406飛行隊で編成した 「神風特別攻撃隊第9銀河隊」の隊員として、 昭和20年
5月11日0521、宮崎基地を発進した。 そして、沖縄周辺に蝟集する敵艦船群に対し
て必死必殺の「体当たり攻撃」を敢行して悠久の大義に殉じた。 その功績は、聯合艦隊
告示第233号により全軍に布告された。

  ☆第九銀河隊 搭乗割
2D−1 操縦 1飛曹 谷岡  力  (福井・丙飛10期)
      偵察 少 尉 山川 芳男 (東京・予備13期・中大)
      電信 1飛曹 杉野 三次 (三重・乙飛18期)

2D−2 操縦 1飛曹 松木  学  (愛媛・甲飛12期)
      偵察 1飛曹 山根 三男 (広島・甲飛12期)
      電信 1飛曹 伊東  勲  (大分・乙飛18期)

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          特攻機として活躍した「銀河」。


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       7-95、「母ちゃん、元気でね……」

★特攻戦死された同期生、西山典郎君の手紙を紹介させて頂きます。


謹啓 段々と暮らしよくなり皆様御元気で御暮らしのことゝ思います。

祖父様
御元気で御暮らしの事と思います。帰郷中は色々と御世話になりました。
私は毎日元気にやっています。
我々もやがて一生懸命に敵と一騎打ちが出来る日が来ると思います。家の名誉にかけて
働きます。どうか御大事に。

父上様
先日は有難う御座いました。無事御帰りになられた事と思います。
私は元気一杯やっております。父上の教訓を守って一生懸命にやってきます。
幸郎の入学の事や其の他弟妹の事はお願い致します。そして無事幼年学校にやって下さい。
中学校時代の私の都合の悪い物がないとも限りませんが、後で辱かしくない様に、
ありましたら処理して下さい。
御別れしてから一寸も淋しくありませんでした。

母上様
先般の休暇で皆様の事もよくわかり、 又元気でいられる姿をみてすっかり安心しました。
弟妹達とも心のゆく限り遊べて何の悲しみや悩みも毛頭ありません。
母上の心も日本晴れとの事で、喜んでおります。今から実際に一騎打ちが出来るのです。
考えただけでも愉快です。
又玉中から来た者も八名おります。山口も牧島も決して心配には及びません。
思う存分世の中を駆け廻ってきます。
祖父も日露戦役の軍人、父上も軍人、それに私も軍人で実際に役立つ、家門の名誉と
思って下さい。どうか御病気になりませぬ様御祈り致します。

幸郎君
今眼前或は最中か。大難関を突破せよ。そして、先ず幼年学校に突撃されよ。
一番大切なのは体だ。体なくては何の用にも立たぬ。
一、父上母上に兄さんにかわって孝行すること。
二、兄弟は仲よくすること。決して洋光、紀光を泣かせるな。
三、身体を無理せぬ様勉強すること。但し一番にならなければ何にもならない。
四、家の手伝いをすること。

雅子ちゃん
お元気で勉強して下さい。母ちゃんの言われることをよくきいて一生懸命勉強し、洋光、
紀光と仲よく遊んでやりなさい。母ちゃんが心配せぬ様、お手伝いするんですよ。

洋光サン
ユビヲ五ツカゾエルト一年生デスネ。トウチャンヤカアチヤンノイウコトヲキイテ、
ベンキョウシテイルデショウ。ノリミツサントナカヨクアソンデクダサイ。
ソシテ、キユウチョウニナリ、カアチャンヲヨロコバセテクダサイ。オゲンキデサヨナラ。

ノリミツサン
ニイサントスモウヲトツテ、ニイサンヲナゲタノリミツサンハ、ナカナイデオリマスカ、
ニイチャンタチトナカヨクシテクダサイネ。マタニイサンガカエッテスモウヲトリマセウ。
コンドハアメリカノヒコウキヲモッテキマス。カアチャンヲコマラセナイヨウニ。

                                    典 郎
 御一同様

           ※ 
昭和20年3月18日の未明、西山ミサトさんは長男典郎君に抱きつかれ、そして一瞬に
して姿を消し去った夢を見たそうです。恐らく死出の旅路の途中、母親の胸に抱かれる
ため、霊魂となって古里に帰ってきたのでしょう。

西山典郎君は昭和18年7月30日、即ち予科練に入隊するため鹿児島へ旅立つ前夜、
「母ちゃんと寝たい……」。そう言って母親と一緒に寝たそうです。そして、
「母ちゃん、元気でね……」と、言いながら母親の手を静かに握ったそうです。
その柔らかい手のぬくもりが、50余年経った今でもまだ残っていると、母親ミサトさん
は話されました。

筆者は6人兄弟の末っ子でした。だから甘やかされて育ち、小学校に入学するころまで
は母親と一緒に寝ていたことを記憶しています。
典郎君は長男としての立場から、後に生まれた弟妹たちのため、日ごろは母親に甘える
のを我慢していたと思われます。 そして最後の別れに、母親に抱かれて精一杯甘えた
かったのではないでしょうか。その夜、親子はどんな夢を見たのでしょうか。

西山典郎君は、昭和3年3月24日の生まれでした。特攻戦死されたのが3月18日です。
満16歳11ヶ月でした。17歳の誕生日も迎えることも出来ずに散華されたのです。
特攻戦死者の中で、最年少者でした。
             ※                  
昭和20年3月18日、 762空攻撃262飛行隊では、「神風特別攻撃隊菊水銀河隊」を
編成し、九州南東海上に来襲した敵機動部隊に対し、必死必殺の体当たり攻撃を敢行
した。 指揮官松永輝郎大尉機の電信員に選ばれた、西山典郎2飛曹は、午前8時7分
「全軍突撃必中セヨ」との電報を発信して以後消息を断った。

☆菊水銀河隊 搭乗割

指揮官機 操縦 大 尉 松永 輝郎  (山口・海機52期)
       偵察 少 尉 嘉多 山哲  (愛媛・予備13期・松山高商)
       電信 2飛曹 西山 典郎  (熊本・甲飛12期)

1L−2  操縦 1飛曹 渡部 春雄  (愛媛・丙飛11期)
      偵察 上飛曹 大林 伸治  (愛知・乙飛14期)
      電信 2飛曹 柳川 末一  (静岡・乙飛18期)

2L−1  操縦 少 尉 小川  登  (東京・予備13期・立大)
      偵察 上飛曹 林田 克巳  (奈良・甲飛10期)
      電信 2飛曹 大日方忠直  (福岡・甲飛12期)

2L−2  操縦 1飛曹 相川  豊  (千葉・丙飛10期)
      偵察 上飛曹 末満 輝繁  (鹿児島・甲飛10期)
      電信 2飛曹 醍醐 一利  (神奈川・甲飛12期)

3L−1  操縦 中 尉 坂口  明  (兵庫・予備13期・神戸高工)
      偵察 1飛曹 本仮谷孝夫  (鹿児島・乙飛17期)
      電信 飛 長 寺門 敏行  (茨城・電練66期)

7-94、事故の要因

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         地元の方のご好意で墜落現場は保存されていました。


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       7-94、事故の要因

事故の原因は、三番機操縦員の技量未熟として片づけられました。しかし、その誘因は訓練
計画の不備にあると考えられます。編隊解散から魚雷発射までは問題ないにしても、編隊集
合に疑問が残ります。

出発前の編隊集合要領についての指示は、
「集合地点、涸沼上空、高度二千メートル、右回り」でした。ところで、大洗崎の突堤を標的に
して、南東方向の海上から魚雷発射を行い、左上昇旋回をしながら涸沼上空に集合すれば、
そのまま左回りで編隊を組むのが合理的です。

また、この右回り集合の指示が、私の参加をためらわせた理由でもありました。 右回りでの
編隊集合では、四番機は編隊の外側を必死になって追いかける格好になります。 左回りの
集合だと内側にいるため一番機の方が近づいてくるので、馬力の不足をそれほど気にしなく
てすのです。

当日の状況は、発射運動を終わった一番機が、大きく左に上昇旋回しながら涸沼上空に達し
ました。ここで計画どおり右旋回に切り替えようとしました。 だが、二番機は内側のコースを
近回りして、既に定位置に付いていました。

やや遅れた三番機は、一番機の行動に疑問を持ったに違いありません。右回り集合の指示
に対して、 左旋回している一番機と、左旋回のまますでに編隊を組んでいる二番機を見て、
現況に応じて、左旋回のまま編隊の位置につこうとしたと思います。そして、その予想進路へ
先回りしようとしたのです。

次の瞬間、一番機は予定の右旋回に切り替えたのです。 そのため、増速して余力の残って
いた三番機の左翼端が、一番機の尾翼に接触、そのまま左に滑って二番機に衝突しました。
その結果、二番機と三番機はともに操縦不能となり墜落したのです。

初めから、左回りでの集合を指示し、編隊の集合が完全に終わるまで、急激な操作を控えて
いれば避けられた事故であると断言できます。 もし私が、あの飛行機で四番機として参加し
ていれば、馬力が弱いため、三番機より更に遅れて追従し、眼前でこの惨事を目撃すること
になっていたででしょう。

運命は紙一重なることを実感いたしました。

7-93、空中衝突事故

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               百里原空の九七艦攻。


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        7-93、空中衝突事故

これは昭和19年12月21日、百里原航空隊の出来事でした。 第37期飛行術練習生の卒業を控え
最後の「襲撃運動」の訓練が開始されていました。搭乗割には、4番機操縦に私の名前がありました。

早速飛行機に搭乗して試運転を行いました。ところが、マイナス150ブーストでの回転数が規定の
値に達しません。 これは故障というよりも機材の老朽化によるもので、飛行に特に問題はないこと
は理解していました。 しかし、この日に限って馬力の弱いエンジンと、4番機という条件の重なりに
「馬力の弱いこの飛行機で、今日の訓練に参加したくない……」との気持ちが働きました。

私は整備員に予備機を要請しました。しかし、当時は機材が古いため故障機が多く、予備機を準備
する余裕などありませんでした。古参の整備下士官が代わって試運転を行いました。
「特に悪いところは無いと思うが……」と、不審顔で言います。

「4番機で回転が上がらないと、編隊には付いて行けません!」
空中でのことについて、整備員に発言力はありません。
「そうか、それでは点火栓でも交換してみるか……」
そう言いながら、しぶしぶエンジンを止めました。

その間、出発準備の整った3機は、1番機を先頭にして次々と離陸して行きました。 指揮所に帰り、
指揮官の橘大尉に出発取り止めの状況を報告しました。指揮所にペアの吉池教員が待機していた
ので、搭乗割の変更について指示を受けました。そして、次回の組に参加することになり、指揮所で
休憩していました。

しばらくすると、 艦攻が1機着陸して、列線に向かわずに真っすぐ指揮所前に乗り着けてきました。
何となく様子がおかしいのです。 「 スワ何事!」と、指揮所にいた者は総立ちとなりました。見れば、
尾翼の大部分が切り取られた様に破損しています。分隊士平野中尉が、顔を引きつらせて飛び降り
てきました。
「空中衝突で2番機と3番機が墜落しました!」
と、地上指揮官橘大尉に報告しました。

指揮所に居合わせた、中西中尉が、
「状況確認に出発しまーす」
と、橘大尉に報告して、列線に置かれていた私が乗る予定であった飛行機に飛び乗りました。後席
にはベテランの春原上飛曹が乗り込んで、直ちに離陸しました。

これは大変な事故です。早速整備隊長の指揮で救難隊が編成されました。練習生の1部も加わり
地上から現地に急行しました。しかし、生存者はいませんでした。そして夕方までに、堅田飛曹長
以下5名の遺体を収容し、破壊した機体の1部も回収してきました。初めて体験する事故の悲惨さ
に衝撃を受けました。

2番機 操縦席 2等飛行兵曹  浅井 勇三(長崎)
     偵察席 飛行兵曹長   堅田 瑞穂(和歌山)
     電信席 2等飛行兵曹  石徹白郁夫(福井)
            茨城県東茨城郡大谷村大字稲荷

3番機 操縦席 2等飛行兵曹  中根 良夫(愛知)
     偵察席 1等飛行兵曹  横倉 茂樹(東京)
            茨城県鹿島郡旭村大字上釜
 
このように、当時は過酷な訓練による犠牲者もあとを絶ちませんでした。


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