老兵の繰り言

「特攻隊」の生き残りが後世に語り継ぐ鎮魂の記録です。続いて、自衛隊草創期のうら話などを紹介致します。

7甲飛12期会

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            次の上陸は駿河湾か?


甲飛12期会 http://www.warbirds.jp/senri/12-3/
       7-82、第1・2八洲隊出陣  

1ヵ月にわたる、鈴鹿基地での勤務を終わって、 大井航空隊に帰ってみると、空虚でなんと
なくガラーンとした感じでした。 話によれば、第5航空艦隊に配属された高知航空隊と徳島
航空隊の「白菊特攻隊」が、沖縄周辺の敵艦船に対し「体当たり攻撃」を敢行して、ほとんど
全滅した様子です。

その穴埋めをするため、大井航空隊で編成した、「八洲隊」の第1中隊と第2中隊が、数日前
に基地全員の盛大な見送りを受けて、四国の愛媛県に新設された秘匿基地に進出したとの
話です。 残るは、われわれ第3中隊の30数機だけとなりました。いよいよ出撃の時が近づ
いたのです。 沖縄を占領した敵は、次はどこへ上陸してくるのでしょうか。 九十九里浜か、
それとも駿河湾か。いずれにしても、その時こそわれわれ「八洲隊」の「特攻出撃」の時であり、
死ぬ時であると覚悟を決めました。

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            焼夷弾が花火のように!


甲飛12期会 http://www.warbirds.jp/senri/12-3/
       7-81、再び「特攻隊」編成  
   
沖縄を占領したアメリカ軍は、次の目標として、本土上陸を画策するでしょう。状況は更に
逼迫してきた様子です。7月下旬、われわれが担当していた、偵察員に対する錬成訓練は
中止されました。そして、再び「特攻隊」の編成を命じられたのです。

急きょ大井空へ帰還するため、身の周りの整理をしていると、空襲警報が発令されました。
B29による夜間爆撃です。飛行場に出て、いつでも退避できるようにと、防空壕の端から
空を見あげました。

すると、四日市の上空と思われる方向でB29の編隊から次々に投下される焼夷弾が大空
を彩っています。火花が滝のように降り注いでいるのです。怖いという感じよりも、不謹慎で
すが、打ち上げ花火のように美しいと形容したい光景でした。

悪夢のような一夜が明けました。飛行場には直接の被害はなかったのですが、終夜の空襲
で寝不足です。 手荷物をまとめて、トラックに乗り亀山駅まで送ってもらいました。昨夜の
空襲は、四日市だけではありませんでした。 亀山の町も焼夷弾で焼かれ、あちこちにまだ
煙が上がっていました。また、道路の端には牛の死骸が放置されたままで、地獄を思わせる
風景でした。

汽車に乗り、四日市、名古屋、浜松と通過します。窓から見えるのは、焼け野原となった町並
みだけです。人影もほとんど見かけません。いよいよ最後の時が近づいたことを肌に感じて
いました。 日ごろはふざけ合う仲間も、今日はお互いに口数も少なく、表情には出さないが
覚悟を決めている様子でした。

7-80、 新鋭機「烈風」

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            試作機「烈風」


甲飛12期会 http://www.warbirds.jp/senri/12-3/
       7-80、 新鋭戦闘機「烈風」  
   
鈴鹿基地のエプロンには《キューン》と、独特な金属音を響かせる迎撃戦闘機「雷電」が
20機程度並べられていました。 ただし、ここに戦闘機の飛行隊はありません。これは、
飛行場に隣接する工場で組み立てられた機体を、試験飛行して受領し、関係の飛行隊
に送り出していたのです。

同じように試験飛行を行っている列線に、見慣れないやや大型の機体が一機ありました。
最新鋭の戦闘機「烈風」です。まだ試作機として2機だけしか組み立てられていないとの
ことでした。零式戦闘機の後継機として設計開発されたもので、優秀な性能を持ってい
る戦闘機との話でした。

これら新鋭機を見るたびに、谷田部航空隊での機種選定で戦闘機を希望しなかったこと
が、今ごろになって悔やまれてなりません。やはり、戦闘機を選ぶべきでした。実施部隊
に出て、つくづくそう感じていました。

敵機の空襲がある度に、 艦上攻撃機は空中でも地上でも逃げ回るばかりで、戦闘機の
ように、華々しく空中戦を闘うことができないからです。しかし、いまさらどうすることもでき
ません。 戦闘機出身の受け持ち教員、梶谷兵曹が 「戦闘機の延長教育では、こんな
生易しい罰直ではすまされぬぞー」
と、言ったことが私の進路を決定したのです。もしあの一言がなく、予定どおり戦闘機を
希望していれば、今ごろは、これらの新鋭機に乗って、空中戦に参加しているのにと思う
と、残念でなりませんでした。

例え「特攻」を命じられたとしても、夜間よたよたと飛ぶしか能の無い、「白菊」に比較して、
戦闘機による「特攻」は、見た目にも勇ましく、戦果も充分に期待できるからです。

7-79、伊勢神宮参拝

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           御神刀「菊一文字」


甲飛12期会 http://www.warbirds.jp/senri/12-3/
       7-79、伊勢神宮参拝  
    
鈴鹿基地では、天気の許す限り曜日に関係なく、航法・通信訓練を実施していました。
1日に6時間から7時間に及ぶ搭乗です。それでも、たまには休養外出が許可されて
いました。 ある日、 せっかく近くまで来ているのだから、 伊勢神宮に参拝しようと、
2、3人連れで白子駅から電車に乗りました。

車中に私の受け持っている、甲飛13期生が乗り合わせていました。 いろいろと話を
聞いていますと、彼の実家が宇治の町で旅館を営んでいるそうで、今日も帰省途中と
のことでした。誘われるままに、早速一晩お世話になることにしました。

駅に着くと、まず外宮に参拝しました。 門前町には土産屋が軒を連ねて、いろいろな
土産物を売っていました。その中で、「菊一文字」の短刀を見つけて購入しました。
房紐つきの紫色の袋に入った、なかなか立派なものです。

私は去る5月1日付で、1等飛行兵曹に昇任していて、航空加俸を含めて、80円近い
俸給を戴いていました。搭乗員は特例(昭和20年官房人第76号)により、昇任と同時
にその階級の最高額である、1級俸を支給されていたのです。

ところが、当時は外出しても開いている店は少なく、特に飲食店などはほとんどが休業
状態でした。 お金は有っても買う品物が無い時代です。その点、門前の土産店には、
喰物以外ならいろいろな品物を売っていました。

内宮は遠いからと、勝手な理屈を付けて参拝を省略し、早々と旅館に帰りました。そして、
持参していた酒で早速会食を始めました。久しぶり畳に座っての食事です。旅館の方も、
息子が世話になっている先輩と知って気を遣い。大御馳走を並べての歓待です。お伊勢
参りの御利益は覿面に現れたのです。

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            毎日この上空を飛んでいました。


甲飛12期会 http://www.warbirds.jp/senri/12-3/
       7-78、「名古屋見物ですか?」  
   
その日は、午前中に甲飛13期生の訓練を行って、 午後は予備士官の訓練を実施しました。
各配置の3名を同乗させ、4回目の航法・通信訓練に出発しました。航法担当の河本少尉は、
針路20度で最初の偏流測定を行いました。次は、 110度に変針すると予想しながら飛んで
いましたが、なかなか変針の指示がありません。何をしているのかと後席を覗くと、航法図板
の予定コースに何か計算しながら、盛んに作図しています。

思い当たるふしがあります。恐らく直前に同じコースを飛んだ同僚から、本日の風向や風速
それに偏流角などをメモして渡されたに違いありません。最初に測定した偏流角が、渡され
たメモと一致していたので、してやったりと全コースの航跡を作図している様子です。

通信の担当は、基地と交信の真っ最中で外を眺める余裕などありません。 肝心の見張員
配置も、 ただ漫然と風景を楽しんでいる様子です。 さーて、 いつ気が付くかと思いながら、
そのまま飛ぶことにしました。四日市の高い煙突を左側に見ながら直進します。名古屋港の
防波堤が見えてきました。入り口に相当広くて平らな埋め立て地がありました。いざという時、
不時着場所として充分使えそうです。

市内が望見されます。度重なる空襲で、焼け野原となっていました。工場の焼け跡に煙突だ
けが何本も立っているのが印象的でした。こちらも物珍しく眺めていましたが、ふと思い直し
て伝声管をとり、河本少尉に声をかけました。

「河本少尉、今日は名古屋見物ですか?」
「なにっ! おおっ、これはどうなってんだ!」
「変針の指示がないので、今回から、コースを変更したのかと思って、20度のまま飛んで
おりまーす」
と、惚けてみましたが相当に語気が荒くなっています。すぐに右旋回して南下を始めました。
三河湾にある河和航空隊(水上機基地)を上空から眺めながら、

「河本少尉、帰投時刻は何時にすれば宜しいですか?」
「1620だっ!」
「了解しました……」
航法図板上には、既に全行程の航跡図ができあがって、帰投時刻まで計算できてたのです。

道草を食い過ぎて、正規のコースを飛行する時間はありません。知多半島南端から右旋回し
て飛行場に向かいました。
「河本少尉、予定コースを飛んだことにしてくださーい」

本来なら、これは彼の方から頼むべきです。階級が邪魔をしているのです。こちらが下から
でれば万事が円満に解決します。もしばれたとしても、叱られるのは航法担当と見張員配置
で、操縦員に責任はありません。 エンジンを吹かし気味にして、時間を調整しながら帰投し、
予定時刻ちょうどに着陸しました。列線に帰るころには、河本少尉のご機嫌も直っていました。


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