|
福元清則君 遺影。
戦没者遺影 http://www.warbirds.jp/senri/10kaiko/06nakano/nikki.html
11-50、福元清則君事績
765空攻撃102所属の、 福元清則1飛曹は昭和20年5月13日、「神風特別攻撃隊
忠誠隊」隊員として宜蘭基地を発進。 慶良間列島付近の敵機動部隊に体当たり攻撃を
敢行。 (鹿児島県・18歳)
中野先生戦中日記(抜粋)
五月十三日
学校に出勤すると直ぐ入って来られる。それも北側の入口から必ず。そして特長のある
敬礼をして。連日警報のみで何事もないので、今日も多勢来ておられる。
命発せられ本日出撃と。残る者松下さんと当村さんのみ。森本さん原田さんは台南へ
飛行機をとりに行って未だ帰らず。 石原さんは森本さんの代わりとの事。編隊が
決まっているので予備の中からうめて行くわけ。
本日はドカッと多勢の出撃。何とあわたゞしいことか。九日は急であった為、心落着かず
アッと思ったのだけど、今日は少し人にも馴れてきた所ゆえ。石原さんの顔をみてたら、
不覚にも泣けてしまった。あの特長のある敬礼。すきやきの約束遂に無となる哉。
福元さん長岡先生に、「先生、そんな顔しないでよ」とおっしゃる。「さあ最後に一曲」
とオルガンを弾いてた福元さん。相変わらずバックを下げてニコニコ顔。
私は何かを縫つてた。でも何を縫ったか思い出せない。多分はちまきだったろうと思う。
唯じっと机の前に腰かけてた。だって脚に力がないのだもの。柴田さん落着かないらしく
て出たり入ったり。
児島さんは右側の机で黙々と手紙を書いておられたが、「先生、之を御願いします」と、
台北宛の二通とそれから母上宛の一通、遺書を託される。
持田さんは、「さあいよいよだ!」と板書して又例の通り教員の真似。佐藤さんと二人し
て現金八十四円幾らかを、「先生の考えで、何か有効に使って下さい」と託される。
石原さんは遺書二通、遺髪。(髪という字をたずねられて私の机の上で書かれ、此の中か
ら先生の分もとってねと)遺髪と短刀を何年先きでもよいから、沖縄作戦が落着き確実に
届くとわかってから確実に届けてほしいと託される。
責任重大だ。今までは何時死んでもよいと思った私だったが、之では死ねないし、どんな
に辛くとも生きていなくてはならぬ。あゝ代われるものなら!
私が男に生まれたらよかったという気持ち、此の時節に此の運動神経を有効に使えぬ残念
さを話した時、その気持ちは認めると皆さんで言って下さったのに。
「それから下駄(お姉さんへのお土産のつもりであったろうに)とアルバム先生に上げる
から永久に持ってゝね」とおっしゃる。特攻隊編成の大きい写真が二枚あったので(一枚
は柴田さんの分)一枚は長岡先生に。
内藤さんは台東から宜蘭へ進駐する時、スコールの中で行方不明となりし由。私が写真を
喜んでいるのを机のそばで石原さんニコニコ見ていてくれた。
部屋と講堂の間を行ったり来たり。矢張り落着かないのかしら。
九日の黒岩さん達の時はアッという間だったので、何も書残して戴けずに残念だったのに
こりて、今日は幸い一郎(実弟)が遺して征ったハンカチに寄書きをして戴く。
三、四人集ってる時、松下さんがうつ伏してたら石原さんが、「泣いたりするなよ、後か
らすぐ来られるからね、すぐ来いよね」「うん」と言ってる。
はじめ松下さんも今日征く筈だったのが残された由。
集ってゝも取り立てゝ話すこともないけれども、皆して「宜蘭で先生みたいな人に会える
と思わなかった。宜蘭ってつまらない所だったけど」と言って下さる。
児島さん、はちまきを持って来られて、「何か書いて下さい」とおっしゃるので、片端に
「御成功を祈る中野ユキヱ」片端に「必殺必中」と書く。
石原さんも持って来られたので、真中の日の丸の両側に必殺と書いたら「必中も入れて」
と言われるので、片端に「必中」と入れ、片端に「頑張れ」と書きはじめると「何を書く
の?」と不思議がられるのでその下に「一ちゃん」と書くと「ユキヱ姉さん」と書いてと
せがまれ、小さく「ユキヱ姉」と書く。
「ウワー之でドンピシャリ、有難とうございました。必ずやりますよ」と大よろこび。
柴田さん、だまって机の上に毛糸の腹巻を置いて行かれる。昼食をとる気になれず。
部屋に誰もいない時、石原さんがツカツカと入って来られ机の右側に立たれ、「ねえ先生、
僕の事、本当の弟の様に思うね」っておっしゃる。「うん」とうなずくのがやっとなり。
口を開けば涙がこぼれて泣けてきそう。返事もせず悪かったかもしれないけど、石原さん
には私の気持ちはわかって戴けたと思う。
南部さんがおっしゃる様に、「日本人は皆兄弟だよ」と。そうあるべきことを私は痛切に
体験したわけかしら。嬉しいとも悲しいとも表現出来ない気持だった。「逢うは別れのは
じめ」とは誰が言いそめし。特攻隊員と知りつゝも、一日々々と生きておられる様な気が
していたのに、あわたゞしい空気! 引きのばしたい様な時間も刻々と過ぎてゆく。
総員整列五分前! 一人々々「先生、御世話様になりました」と御挨拶あり。何とも言葉
もなく頭を下げるのみ。
「長生きして下さいよ」と持田さんと福元さん。あゝ何をか言わん!
春秋に富むべき人達からこの言葉を受けるとは。
空母轟沈! 空母轟沈! と誰も彼も笑って征く!
九日と同じくトラックに便乗。今日は何も文句を言われず。トラックへ同乗したのは松下
さんから「先生!」って言われた故。石原さんに手を引張って貰って乗る。
玉井司令くそくらへ!
石原さん児島さんから落雁をいたゞく。石原さんからいなりずし。飛行場でも実に賑やか
なこと。福元さんが大きな人形を腰につけているのが目につく。携帯食料とサイダーを受
取る時、玉井司令の真似をしながら皆さんがこられるのでおかしくなるけど笑いにならず。
「ガーベラ」がしおれたって心配してた石原さん。
出撃時刻は九日と同じ。二人乗っているは一番機のみ、前席操縦員、後席偵察員。
第一陣(九六式)
一番機、阿部中尉 福元さん 二番機、持田さん 三番機、森さん
第二陣(九六式)
一番機、元木中尉 柴田さん 二番機、石原さん 三番機、駒場さん
第三陣(九九式)
一番機、佐藤さん 渡辺さん 二番機、児島さん
第一陣の持田さん、福元さんが、「先生、征ってきますよ」とあっさりたゝれる。
いよいよ第二陣。「先生、御世話様になりましたー」ってじっと私の目に見入ってた石原
さん! 一寸首をかしげた忘れられない敬礼。
私は涙をこぼさなかったけれども眼は真赤だったことだろう。何か一言言いたいけれども
遂に言葉にならず礼をしたのみ。
遠去かりゆく、トラックの上でサイダー瓶を振ってた石原さん! 一番機の上で、サーッ
と敬礼された柴田さん。真直ぐ前を向いたまゝ操縦桿を握ってた石原さん。
飛行場上空で一周して翼を振った。二枚翼か! いくら速力の遅い九六でも、だんだん
遠去かりゆく機影を見送り、こみ上げてくる涙を堪える術もなし。
小旗の陰にかくれて見送る。控席にもどる私をつかまえて松下さん、「先生、負けたね」
と。確かに! 第三陣を見送るまでは元気でいなくてはいけない。笑顔でいなくてはいけ
ない。次々とZ旗が掲揚されると共に発進して征く若鷲よ! 戦果を挙げて下さいと、ひ
たすら祈るのみ!
第三陣を送る。上空一周もせず真直ぐ蘭陽橋の方へと飛去る。零戦は直ちに訓練を始める。
夜、当村さん松下さん二人して、いなりずしの携帯食料を持って来宅され、思い出話つき
ず。「一人では何も食べたくない」と松下さん。
本日特攻隊の歌詞を忘れてきて、尋ねられたけどお見せ出来なかったことです。
一、無念の歯がみ堪えつつ 待ちに待ちたる決戦ぞ
今こそ敵を屠らんと 奮い立ちたる若桜
二、この一戦に勝たざれば 祖国の行方如何ならむ
撃滅せよと命うけし 神風特別攻撃隊
三、送るも征くも今生の 別れと知れどほほ笑みて
爆音高く基地を蹴る あゝ神鷲の肉弾行
四、大義の血潮雲染めて 必死必中体あたり
敵艦などて逃すべき みよや不滅の大戦果
五、凱歌は高く轟けど 今は還らぬ益荒男よ
千尋の海に沈みつつ 尚も御国の護り神
六、熱涙伝う頬あげて 勲を偲ぶ国の民
永久に遺さじその名こそ 神風特別攻撃隊
神風特別攻撃隊
|