老兵の繰り言

「特攻隊」の生き残りが後世に語り継ぐ鎮魂の記録です。続いて、自衛隊草創期のうら話などを紹介致します。

14特攻隊時代

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14-2、吉田兵曹との再会

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              吉田兵曹(左)と筆者。


特攻隊時代 http://www.warbirds.jp/senri/ 
 
         14-2、吉田兵曹との再会

私たちと前後して、他の航空隊からも数名の操縦員が赴任してきました。中には
水上機から陸上機に転換した者もいました。また遅れてきた者の中に、百里原空
で艦上攻撃機の教育を一緒に受け、 同じ903空に配属され大湊派遣隊にいた、
吉田実2飛曹が転入してきました。

彼とは、903空の館山本隊で別れて以来の再会でした。 ちょうどタバコを切ら
していたので、
「おい、吉田兵曹、タバコ持ってないか?」
と、ねだりました。
「おーお、あるぞー」
そう言って、トランクの中から「光」を一箱出してくれました。 早速連れだって
タバコ盆(喫煙場所)へ行き、館山で別れて以来の積もる話に興じました。

「おい吉田兵曹、百里原で一緒だった、平原と田中が同じ飛行隊にいるぞ……、
それから、これは内緒の話だが、特攻隊を編成するという噂があるぞ……」
「変なこと言うなよ、ここは練習機ばかりで、実用機なんかないんだろう……」
この時期、練習機で「体当たり攻撃」を実施するとは夢想もしていませんでした。

「しかし、今度転勤してきた連中は、皆操縦員ばかりだよ……」
「それは、操縦教員の配置だからだ!」
彼も教員配置のつもりで赴任してきたのでした。

雑談しながらふと彼の手元を見ると見ると、指先でトントンと叩けば半分に縮まる
ような、中身がスカスカになった「ほまれ」を吸っていました。私には取って置きの
「光」を渡し、自分はまずい「ほまれ」で我慢していたのです。

当時「ほまれ」は1袋(20本入り)が7銭で「光」は1箱(10本入り)が30銭でした。
彼はそのような人柄でした。 その後も同じ分隊で起居を共にし、お互いに交友を
深めました。


☆ご遺族の詠歌☆
いとし子のいさみたちたる晴れすがた またみるときのなきぞかなしき

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              牧之原から富士山を望む。


特攻隊時代 http://www.warbirds.jp/senri/  
 
         14-1、特攻要員とも知らず

☆皆様からのコメントに応えるため、特攻隊時代の思い出を綴ります。☆

昭和20年3月中旬、903航空隊館山本隊で、艦上攻撃機操縦員の配置にあって、
対潜哨戒や船団護衛などに従事していた私たち数名の者に、大井航空隊への転属
が発令されました。みれば操縦員ばかりで偵察員は含まれていません。

大井航空隊は偵察搭乗員を養成する練習航空隊です。だから、操縦教員の配置に
就く為の転属だと思いました。
「俺もいよいよ一人前の搭乗員として認められ、教員配置につくのだ……」と、
嬉しさで胸を弾ませていました。

久しぶりの汽車の旅です。東京駅で東海道本線に乗り換えました。すると、同じ箱に
田川中学の帽子を被った生徒が乗っていました。 懐かしさのあまり話しかけました。
その生徒は大学受験のため上京した帰りで、私の郷里のお寺の長男とは同級生で
知り合いの仲でした。 同郷というだけで、共通の話題も多く話が弾み、思いがけなく
楽しい旅となりました。

金谷駅で彼と分かれて下車しました。 運よく、航空隊からトラックが来ていたので、
これに便乗して飛行場へ向かいました。 見渡すかぎり茶畑の続く「牧之原」の景観。
そして、夕日に輝く早春の富士山を眺めながら、 希望も新たにして大井航空隊の
隊門をくぐりました。

大井航空隊に着任すると、飛行隊の第14分隊に配属されました。 そして翌日から
早々と、先任下士官茶野上飛曹の指導によって、機上作業練習機「白菊」による操縦
訓練が開始されました。地上で機体の構造やエンジンの性能、それに飛行諸元など
の説明を受けます。 次に、エンジンを始動して地上滑走の練習です。そして、いよいよ
離陸着陸の訓練開始です。

「白菊」は、 天風550馬力エンジンを装備した固定脚機です。 後席に乗った茶野
上飛曹から助言を受けながら、ぶっつけ本番で操縦することになりました。 今まで
乗っていた艦上攻撃機に比較すれば、 機体は軽くて操縦は思ったより簡単でした。
スピードも100ノットそこそこで、 2〜3回も飛べば、簡単に乗りこなすことのできる
安定性のよい飛行機でした。

ところが、 教員配置のつもりで転属してきたのに、飛行隊の空気は予想とは違った
感じでした。 それもそのはず、飛行学生や練習生に対する教務飛行は既に中止され、
大井航空隊は練習航空隊ではなく、 実施部隊に改編されていたのです。 そのうえ、
「特別攻撃隊」を編成するとの噂がささやかれていました。

☆ご遺族の詠歌☆
君のため國のためにと身はかろく とびたち行きし沖縄の海

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