老兵の繰り言

「特攻隊」の生き残りが後世に語り継ぐ鎮魂の記録です。続いて、自衛隊草創期のうら話などを紹介致します。

16青春の回想

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             史跡 赤穂城。

青春の回想 http://www.warbirds.jp/senri/ 
     
       16-139、大東亜戦争終わり、用具収め!

日が経つにつれ、終戦の実状も次第に明らかになりました。軍隊は解体され帰郷で
きるとの話です。 また一方では、日本全土は占領され、搭乗員は皆殺しにされると
の噂も流れていました。 まさかと思いながらも、 南北アメリカ大陸や、 フランス領
印度支那それにオランダ領印度その他南方諸島に対する、西欧列強の過去の侵略
の歴史を考えるとき、これを一概には否定できない真実味を帯びていました。

文永・弘安の役で、対馬や壱岐それに鷹島の住民が、来襲した蒙古軍から受けたよ
うな残虐な仕打ちが、全国各地で再び行われるのでしょうか。 また、白人に土地を
奪われ、騎兵隊に追い立てられて行くインディアンの悲哀を、映画ではなく、現実の
ものとして味わうことになるのでしょうか。厚木航空隊の「銀河」が撒いて行ったビラ
の内容も、将来の我が国の姿を暗示しているように思われて、不安は増すばかりで
した。

要務飛行などに必要な最小限度の飛行機以外は、プロペラを外して並べられました。
機関銃その他の武器も一ヵ所に集められて、種類ごとに整頓しました。 昔映画でみ
た忠臣蔵の、赤穂城明け渡しの場面を思い出させる状況でした。これを海軍式号令
で表現すれば、「大東亜戦争終わり、用具収め!」となるのでしょう。

《任海軍上等飛行兵曹、依命予備役編入》という、帝国海軍から最後の命令を受け
て復員が決まったのは、八月も終わりに近くなっていました。

持ち帰る最小限の品物を整理して、 手荷物にまとめました。 そして、不要になった
所持品を焼却することにしました。大切にしていた「航空記録」その他も、皆に倣って
次々に燃やしました。 最後に、「御守袋」を胸のポケットから取り出しました。 過日、
父親が面会に来たとき戴いたものです。ちょっと拝む仕種をして火中に投じました。

その瞬間、いつの間にか中身の板札が真っ二つに割れているのが、指先の感触で
分かり、慄然たる思いがしました。これは「御守札」が割れることで身代わりになった
ことを示す、と言われていたからです。

☆今日の一言☆  
ならぬ堪忍するが堪忍  

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             陸海軍健在ナリ。

青春の回想 http://www.warbirds.jp/senri/ 
     
       16-138、賛同者はいませんでした

予定されていた夜間飛行訓練は中止されました。その夜は久し振りに酒盛りとなり
ました。取って置きの酒や缶詰などを持ち寄っての無礼講です。戦争に負けた悔し
さと、死から解放された嬉しさが同居した妙な雰囲気でした。

翌日から、先行き不透明で不安定な生活が始まりました。目的を失いぼう然自失し
ている時、 厚木航空隊から「銀河」が飛来して、《徹底抗戦》を訴える檄文を撒いて
行きました。これに呼応する意見もありましたが、賛同者は殆どいませんでした。

     陸海軍健在ナリ

満ヲ持シテ醜敵ヲ待ツ 軍ヲ信頼シ我ニ続ケ
今起タザレバ 何時ノ日栄エン
死ヲ以テ 生ヲ求メヨ
敗惨国ノ惨サハ 牛馬ノ生活ニ似タリ
男子ハ奴隷 女子ハ悉ク娼婦タリ 之ヲ知レ
神洲不滅 最後ノ決戦アルノミ
             厚木海軍航空隊


☆今日の一言☆  
火消しの家にも火事  
[AOZORANOHATENI] 

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             終戦の詔勅。

青春の回想 http://www.warbirds.jp/senri/ 
     
       16-137、運命の八月十五日

その当時、空襲の被害を少なくするため、兵舎をはじめ基地の施設は、飛行場から
離れた場所に分散されていました。金谷の町から南側へ坂道を登り、牧之原台地を
飛行場へ向かう道路の両側は一面の茶畑です。その西側の林の中に小さなバラック
建ての病室が設けられていました。 ここには、30名程度の外傷患者が収容されて
いました。

この患者の中に、飛行隊の搭乗員が2名含まれていました。 過ぐる日、敵機動部隊
の空襲の際に交戦中負傷した者です。彼らを看護するために、同僚が交替で付き添
いに行くことになっていました。

看護と言っても別に仕事らしいものはありません。 空襲その他の非常に際に、彼ら
を安全な場所へ退避させる手助けをするのが目的です。だから、航空食などを持ち
込んで食べながら、囲碁や将棋などで遊んでいればよかったのです。

8月15日、その日私がその病室当番に当たっていました。 朝食を終えて暑くなら
ないうちにと思い早めに病室に行きました。過日の空襲で負傷した関戸兵曹(乙飛
17期出身)としばらく雑談していると、《総員集合! 格納庫前》の指示が出たので、
患者以外の者は飛行場へ行くようにと、 看護科の当直下士官からの伝達がありま
した。

私は、せっかくの休養を兼ねた病室当番に当たっているのに、 暑い最中を30分も
かけて飛行場まで歩くのが厭なので、横着を決め込んで、空いたベッドに寝転んで
雑誌を読んでいました。

やがて、午後も遅くなって、 看護科の兵隊が総員集合から帰ってきました。そして、
何やらヒソヒソと話し合っています。どうも、戦争が終わったなどと言っています。

「オイ! 総員集合で何があったんだ?」
「ハイ、天皇陛下がラジオで直接放送されました。雑音がひどくて、よく聞き取れま
せんでしたが、分隊長の話では戦争は終わったらしいです!」
「エェッ! それ本当かっ?」

半信半疑です。一刻も早く事実を確かめたい。こんな所でぐずぐずしているわけに
はいきません。 すぐに「湖畔の宿」に向かって急いぎました。これが本当なら、もう
死ななくてすむのです。今まで胸につかえていた重苦しいものが一遍に消し飛んで、
浮き立つような気持ちで茶畑の中の小道を走りました。

兵舎に帰ってみると、皆も興奮しながら今後のことについて議論を交わしています。
やはり戦争は終わったのです。だが、戦争に負けたとは思いたくありませんでした。
同僚の話では、一度《総員集合》が伝達されたが、搭乗員は兵舎でラジオを聞けと
指示され、総員集合には参加しなかったそうです。ならば私の不参加は当を得たも
のでした。

☆今日の一句☆  
かざおとの微光をかかげ蟻のみち  
[AOZORANOHATENI] 

16-136、無駄な犠牲者

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             大空の彼方へ。

青春の回想 http://www.warbirds.jp/senri/ 
     
       16-136、無駄な犠牲者

機上では恐らくB29の上空通過を知って、 その対応策を練っているのでしょう。
それとも帰投したのが飛行場ではなくて、 機位を失した(自分の飛行機の現在
位置が分からなくなること)と思い、御前崎の上空まで引き返えして、位置の再確
認をしているのかも知れません。

後席の偵察員は一人で航法と通信を担当することになっています。 だが、夜間は
航法に重点をおくため、電信機を積んでいない飛行機もありました。例え積んでい
たとしても、 すぐに使用できる状態にあるとは限りません。

いずれにしても、オルジスによる発光信号が唯一の連絡手段です。だが、指揮所か
ら飛行機を目標に発光信号を送れば、上空を通過しているB29にも見られることに
なります。だから、指揮官は発信をためらっている様子です。

要は御前崎などの、自分の位置が確認できる場所の上空で旋回しながら待機して、
《空襲警報》の解除を待つ以外に、適当な方法はなさそうです。 例え飛行場を探し
当てたとしても、「夜設」なしでの着陸は危険を伴います。

次に問題になるのが燃料です。 満タンでも、480リットルしか積めない「白菊」で
は、朝まで飛び続ける量はもう残っていないはずです。 既に、200浬以上を飛ん
でいるのです。だから、 あと1時間半が限度でしょう。 夜明けまでには、まだ3時
間以上もあります。

「B29は爆撃を終わって帰る途中だから、夜設をつけても、 もう引き返してくるも
んか」
「引き返してきたって、もう爆弾なんか持っていないさ!」
「B29の編隊は間隔が相当開いているから、その間にうまく着陸させればよいのに」

「あの野郎、何を恐れているんだ、なんで夜設を点けさせないんだ! 毎晩飛んでい
る俺たちの身にもなってみろ、夜設なしで降りろと言うのか!」
「そーだよ、自分たちは飛ばないもんだから、いい気なもんだ……」
「自分たちの安全ばかり考えやがって、俺たちは消耗品扱いだ!」

「もーう止めた、こんな調子なら明日は上がっても予定コースを飛ばずに、エンジン
故障と言ってすぐに降りてやるから……」と、
声を潜めいろいろ批判していましたが、指揮官は何を恐れているのか、「夜設点灯」
の指示はついに出ませんでした。

その後も一度、 「白菊」 の爆音を聞きましたが、 ついに消息を絶ってしまいました。
いくら消耗品と呼ばれた搭乗員の命であっても、 これではあまりにもひど過ぎます。
まさに犬死です。当時の戦況から、空襲は予測できることで、事前に対策を講じて置
くべきでした。飛行場の場所は、昼間何度も空襲を受けているので、敵も十分承知し
ているはずです。だから、いまさら隠す必要などないのです。

また、夜間訓練の実施を秘匿したいのなら、飛行場から離れた茶畑の中か、大井川の
河原にでもバッテリーやオルジスなどの機材を運んで、飛行機と交信させる手段もあ
るはずです。夜明けが近づいたので、飛行訓練は中止されました。そして、後味の悪
い思いで飛行場を後にしました。どこかで不時着していれば、生死にかかわらず、何ら
かの連絡が入るはずです。ところが、その後どこからも情報は入りませんでした。

百里原航空隊での空中衝突事故もそうであったように、訓練計画の不備による事故が
あまりにも多すぎました。指揮官の無為無策のために喪失した人命や機材は、相当な
数にのぼると推察されます。運が悪かったと言えばそれまでですが、人知れずこの世
を去った彼らの胸中は、察するに余りある痛恨事でした。

☆今日の一言☆  
後悔先にたたず  
[AOZORANOHATENI] 

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             B29の編隊。

青春の回想 http://www.warbirds.jp/senri/ 
     
       16-135、リギン、帰投しまーす!

8月10日前後の出来事でした。大井航空隊に最後まで残って「特攻待機」を命じら
れていた、 われわれ第3八洲隊 (第3三中隊をこう呼んでいました) は、 引き続き、
夜間飛行訓練を実施していました。 その夜、私は前段で夜間接敵訓練を終了して、
指揮所の近くで休憩していました。 すでに夜半も過ぎて、後段で出発した飛行機が
次々に帰投し始めていました。

その時、突然《空襲警報》が発令されました。 B29による夜間爆撃です。 上空まで
帰っていた飛行機を急いで着陸させ、「夜設」が消されました。整備員は、着陸した
飛行機を地上滑走ではなく手で押して、 飛行場の周辺に設けられている掩体壕に
搬入しました。ところが、「搭乗割」の黒板を見ると、まだ1機帰投していない飛行機
があります。

B29の編隊は東の方向から御前崎の上空まで来て、 ここから南に変針して飛び
去って行きます。  静岡方面を空襲しての帰りでしょう。高度は夜間空襲のためか、
5,000 〜 6,000メートル程度で、 昼間の空襲に比較してやや低いのです。
コースは飛行場の南東方向で、十分見通しのきく距離です。

10機前後の敵編隊は、一定の間隔を置いて、次々に上空を通過します。地上では、
タバコも吸えない厳重な灯火管制を実施し、 息をひそめてこれを見詰めています。
その時、B29とは別の爆音が近づいてきました。 御前崎よりやや東側、大井川の
河口方向から飛行場の南側を通過しながら、味方識別のために舷灯をつけました。
そして、「― ― - ― ― - (リギン帰投しました、着陸準備されたし)」
との合図を発光信号で送ってきました。間違いなく味方の「白菊」です。

「リギン、帰投しまーす!」
見張員が弾んだ声で叫びました。

指揮所をみると、飛行隊長と分隊長が何やらヒソヒソと打ち合わせている様子です。
夜設係はいつでも「夜設」に点火できる準備をして、 指示の出のるを待っています。
ところが、「夜設点灯」の指示がなかなか出されません。

帰投した飛行機は、そのまま飛行場上空を通り過ぎてしまいました。 しばらくすると、
また爆音が近づきました。「リギン」が引き返してきたのです。盛んに発光信号を送っ
てきますが、応答の指示が出ません。そのまま御前崎の方向へ飛び去りました。

☆今日の一言☆  
人と屏風は直ぐには立たず  
[AOZORANOHATENI] 


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