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写真の裏に拙い一首。
青春の回想 http://www.warbirds.jp/senri/
16-107、親子の絆
その夜は久し振りに、親子が水入らずで過ごしました。 故郷の様子も聞きました。
だが誰々に召集令状がきたとか、海軍に志願していた本家の次男が、南洋方面
で戦死したとの公報が届いたとか、明るい話題ではありませんでした。
私は「特攻隊」に編入されたことについては、意識して話しませんでした。いまさら
話しても、詮なき事だからです。父親も自分からその話を聞き出そうとはしなませ
んでした。お互い死ぬ前に、一目会えただけで満足でした。
父親はお米などの食糧を、リュックサックに一杯詰めて持ってきていました。それ
を下宿で炊いて貰っていました。また、ここのお茶はおいしいと言いながら何杯も
お代わりをしていました。 そして、残りの米を下宿に渡して、お茶と交換して帰る
と言っていました。 私に会うのに、 何日かかるか分からないので、数日分の食糧
を用意してきたらしいのです。
ここ牧之原はお茶処です。そして、私の下宿はお茶問屋でした。最初にお伺いした
時に出されたお茶を戴いて、「お茶とは、こんなにおいしいものであったか……」と、
感心しました。われわれは、日ごろ番茶ばかり飲まされていたので、本当のお茶の
味など知らなかったのです。
朝になって、 特攻隊編成に際して第3中隊第3小隊の仲間と写った写真を持ち出
していたのを父親に渡しました。 昨夜渡してもよかったのですが、裏に余計なこと
を書いていたので、父親が気にしても困ると思い、渡すのをためらっていたのです。
その写真の裏面には、
火柱と 共に消えゆく命なれど
神風吹かして 八洲護らむ
八洲隊 永 末 千 里
と、拙い一首を遺書代わりにしたためていました。
下宿の前で別れるとき、父親から「成田山の御守袋」を渡されました。「特攻隊員」
に編入され、生還を望めなくなっている者に、いつ迄も無事にいて欲しいとの願い
を込めて、「御守袋」を持たせる親心に、胸中込み上げるものがありました。
これが最後となるであろう親子の対面も終わりました。 そして、後ろ髪を引かれる
思いで飛行場へ向かいました。恐らく父親も、今生の別れとの思いを込めて、私の
後ろ姿を複雑な思いで見送っていたのではないでしょうか。
☆今日の一言☆
鷹は飢えても穂をつまず
[AOZORANOHATENI]
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