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「梓特別攻撃隊」を送る。
亡き戦友を偲ぶ http://www.warbirds.jp/senri/
17-25、追憶の手記
後藤 義治 君(大分県別府市在住)の手記を紹介致します。
昭和20年3月9日、指揮所の搭乗割に、築城基地より残存予備機3機を攻撃406
飛行隊へ輸送、(操縦員)後藤・山村・島津と掲示されていた。この日は急降下爆撃の
訓練もあって大忙しである。午後になって池上兵曹の操縦する96陸攻に便乗して、
築城基地まで運んでもらう。 われわれを降ろした池上兵曹の96陸攻は、そのまま
出水基地へ帰投した。
指揮所で話を聞くと、攻撃406飛行隊に輸送する筈の銀河は、鹿屋基地に輸送し
ているという。 出水基地に連絡をとってもらうと、鹿屋基地まで行って銀河を持ち
帰れとの指示である。96陸攻に便乗するのかと思ったが迎えに来ない。結局陸路
で鹿屋基地へ行くことになり、10日の朝7時過ぎ築城駅から西鹿児島行きの列車
に乗り込んだ。
都城駅経由で終着の鹿屋駅に到着したのは、21時を過ぎていた。誰が手配したの
か、 駅に当番兵が出迎えに来ていた。 彼の案内で海軍の集会所みたいな建物で
一夜を明かした。翌11の朝、3人で鹿屋基地まで初めての道を歩いた。
山村「この左の道を行くと、鹿屋基地の正門に着くのだろうか」
後藤「そうと思うよ、それより其処の出入口から入ろう」
そう云って、裏門か何か分からないが、番兵も誰もいない所から入った。其処を抜
けると、もう飛行場である。
銀河が30機ほどであろうか、ずらりと並んでいる。攻撃と聞いたが、何の攻撃か
は知らない。銀河の列線の近くへ行く。訓示らしきものが終わり、大勢の搭乗員が
列を解散して散らばってくる。
「後藤兵曹」と声がする。同期の林栄一2飛曹である。
後藤「おお、やっぱり君たちだったのか。何処の攻撃か」
林 「西カロリンのウルシー攻撃なんだ!」
後藤「じゃ、片道攻撃か?」
林 「そうなるなあ・・・」と、桜島を眺める。穏やかに白煙が一筋棚引いている。
河村「おい、後藤兵曹じゃないか」と声がかかる。河村兵曹と清永兵曹である。
河村兵曹は1期先輩の甲飛11期生である。
島津兵曹は、同期の原田照和2飛曹や葛佐直人2飛曹と話し込んでいる。
「後藤ではないか」と肩を叩かれた。振り返ると坂口中尉が立っている。
「あっ、中尉」と云うと手を挙げて立ち去る。河村兵曹たち3人に、
「どうせ俺たちも、お前さんたちの後を追って、特攻に征くことになると思うが、
何か云うことがあったら、山村か島津に云ってくれ、 俺は一寸坂口中尉の処に
行かなくてはならないから」と云って皆と握手し、坂口中尉の飛行機へ急いだ。
坂口中尉と私は、豊橋航空隊当時に知り合い、 私が2等飛行兵曹になりたてに
撮った写真と、坂口中尉が錦帯橋を背景にした飛行服姿の写真を交換し、お互い
飛行服のポケットに収めているほど、兄弟以上の付き合いである。 2小隊5区隊
1番機に近づくと、中尉は操縦席に座ってエンジンをかけていた。私は太股に着け
ている記録用紙に、
「兄上の後追いゆける我なれば 今の心境訓え給えと」と記入しして、銀河に駆け
上がり中尉に手渡した。中尉はこれを読んで彼の記録用紙に、
「長躯翔け操ずる我は誉れなり 捨石投じ春を築かむ」と、書いて私にくださった。
私はこれを読んで、頭が締め付けられるような状態となり、涙が止まらなかった。
坂口中尉が何も云わずに「ニッコリ」と笑って手を差し出した。私も手を出し、
しっかりと握り合った。これが坂口中尉との最後の別れであった。
8時55分から9時10分にわたり、銀河24機は鹿屋基地を発進、長躯1,400浬、
西カロリン諸島ウルシー泊地片道攻撃の壮途についたのである。
辞世
志願して故郷はなれ姉上に 負担をかけし詫びる我なり 清永徳市
命下り振り返れば桜島 別れ惜しむか煙棚引く 林 栄一
御国のため盾となりけむ我は征く 修羅の巷はふたとあるまじ 林 栄一
大君に召されしわが家誉あれ 春きたらむと祈りつつ征く 葛佐直人
御国のため盾になりしか若桜 散りにし後に誰かおしまむ 原田照和
☆特攻隊員の辞世☆
特攻の下命ありて身を捧ぐ 達者で暮らせと祈る我なり
[AOZORANOHATENI]
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