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特攻に使用された練習機「白菊」。
亡き戦友を偲ぶ http://www.warbirds.jp/senri/
17-21、結末は神のみぞ知る!
長濱 敏行 君(宮崎県延岡市出身)の手記を紹介致します。
昭和20年5月24日、菊水7号作戦が発令され、遂にわれわれ「第九桜花特別攻撃
隊」に出撃命令が下りました。 しかしこの日、沖縄方面は天候不良との情報が入り
出撃は翌日に延期されました。
ところが、夕闇迫る頃になって高知航空隊から進出していた「菊水白菊隊」の白菊が、
25番を2発づつ抱いて次々に離陸を始めました。 その数20機、 あんな練習機に
この悪天候の中、夜間攻撃を命じるとは狂気の沙汰です。無事に沖縄まで到達でき
るのだろうか、他人ごとながら心配でした。
明けて25日0500、
「出撃搭乗員は、直ちに指揮所前に整列」
当直将校が宿舎の中を告げて回りました。外をみるとまだ薄暗いのです。飛行場で
はすでに試運転が始まっている様子で、エンジンの音が轟々と響いてきます。
この世に生をうけて18年の今日まで過ごした歳月は、 ただ敵艦に体当たりするた
めのものだったのだろうか、出撃までの一刻、さまざまな思いが脳裏をかすめました。
「相川、最善を尽くして頑張ろう、結末は神のみぞ知るだ!」
と言葉を交わして、それぞれの愛機に乗り込みました。
本日の出撃は12機、敵のレーダーに補足されることを避けるため、間隔をおいて
単機ごとに離陸、それぞれ独自の針路で進撃することになっていました。
「さーあ、いよいよ祖国ともお別れだ!」
スロットルレバーを徐々に開きます、帽子を振りながら見送る整備員の油まみれの
顔が次々と後方に流れます。滑走路を一杯に使って、慎重に離陸します。「桜花」を
抱いた愛機は重く、エンジンは喘ぐように唸っています。
その日も天気が悪くて、南西諸島方面の海上は一面に雨雲が垂れ込めていました。
進撃するにしたがって雨雲は益々濃くなり、操縦席前面の風防ガラスを雨が激しく
叩きます。 「桜花」が重いせいか、それともエンジンの調子が悪いのか、なかなか
高度が取れません。沖縄方面は既に梅雨に入っている様子です。
進撃高度は4,000メートル、雲に入ると一面真っ白で飛行機の姿勢も分かりません。
目安になる物は何も見えないので、 完全な計器飛行です。 時折雲の切れ間から
海面が見えると飛行機の姿勢が確認できるのでホッとします。
他機の様子が気になります。しかし、電波管制で敵発見など重要事項以外は発信
できないのです。天気はますます悪くなり、他機の状況も一切不明でした。ふと後ろ
を振り返ると、桜花搭乗員は腕組みをして端然と瞑想しています。彼は死を目前に
して、何を思い何を考えているのでしょうか。思わず目をそむけました。
母機のわれわれには万が一にも生還の希望を持つことができます。しかし、彼には
母機を離れたが最後、「桜花」 と共に炸裂する以外に還る道など残されていないの
です。そして、刻一刻とその最後の時は迫っているのです。また非情にも、「桜花」の
投下ボタンを押すのは副操縦員である私の役目なのです。
航程の半ばを過ぎても天候は回復せず、他機の様子も不明です。機長の上田上飛
曹は、遂に進撃を断念し再起を計ることを決心しました。このような、視界不良の天候
では、「桜花」の発進は無理と判断したのです。
☆今日の一言☆
引かれ者の小唄
[AOZORANOHATENI]
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