老兵の繰り言

「特攻隊」の生き残りが後世に語り継ぐ鎮魂の記録です。続いて、自衛隊草創期のうら話などを紹介致します。

17亡き戦友を偲ぶ

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]

17-7、伊東宣夫君を偲ぶ

イメージ 1

            「十有七春秋」伊東宣夫遺稿集。

亡き戦友を偲ぶ http://www.warbirds.jp/senri/ 
      
         17-7、伊東宣夫君を偲ぶ

小野 昭二郎君(大分県佐伯市出身)の手記を紹介致します。

昭和18年8月1日、伊東宣夫、小寺一男、宮崎昭、渡部義彦、安藤裕康それに私(小野
昭二郎)は、佐伯中学校同級生のトップをきって、第12期海軍甲種飛行予科練習生
として、鹿児島航空隊に入隊しました。

憧れの「七つボタン」の予科練の制服を着て、鹿児島まで見送りにきた親たちの前で、
笑顔で敬礼。予科練生活のスタートをきりまし。 入隊したらすぐにでも飛行機に乗せ
てくれるものと思っていました。 ところが、予科練とは本科に相当する飛行術練習生
に対する予科の意味で、搭乗員としての基礎である気力、体力、学力を身につけると
ころでした。

入隊の日はやさしかった教員は、翌日から豹変しました。伝統の「軍人精神注入棒」
いわゆるバッターで追い回されることになりました。基本教練をはじめ、陸戦、水泳、
カッターと、息つく暇もない猛訓練の連続でした。 モールス信号の送受信をはじめ、
発光信号、手旗信号、旗旒信号など搭乗員として必須の通信手段は徹底的に教育
されました。

昭和19年3月、無事に予科練を卒業しました。操縦員に指定された安藤君を除い
た同級生は、揃って上海空に転属となりました。 ここで、第37期飛行術練習生の
教育が始まりました。分隊や班こそ違いましたが、暇をみつけては同級生が集まり、
語り合ったものです。

昭和19年9月、飛練を卒業して晴れて一人前の搭乗員として実施部隊に配属され
ました。伊東君と私は台南空の所属となり、ダグラス輸送機で台北を経由して赴任
しました。伊東君は艦爆、私は艦攻とそれぞれ配置が決まりました。

小寺君は701空の所属となり、上海空で別れたのが最後でした。小寺一男2飛曹
は、昭和20年4月7日、沖縄周辺の敵艦船攻撃の命令を受け、九六陸攻に搭乗し、
15:55新竹基地を発進し、雷撃敢行中に被弾戦死しました。

台湾沖航空戦の終了後、2人とも721空に転属となりました。艦攻、艦爆それぞれ
の飛行機で沖縄を経由して宇佐航空隊に向かいました。一足先に発った伊東君は、
久しぶりに佐伯の土地を踏むことができました。池船橋でお墓参りに行った母親と
偶然出会ったそうです。最後の別れにどんな話をしたのでしょうか。私も僅か1時間
ではありましたが、 家に帰り両親と会うことができました。

昭和20年3月26日、私たちは百里原空へ転属となりました。その当時、練習航空
隊から実施部隊に編制替えになった百里原空では、次々と「特攻隊」の編成が行わ
れました。 台南空時代に、艦爆の配置にあった者から順次編入されたように思いま
す。 伊東君は第2正統隊の一員に選ばれました。 私はどうしたことか、特攻出撃を
前にして厚木空に転勤を命ぜられました。

伊東君は学校時代は成績もよく、 文才家であり漢詩にも長けていました。 そして、
いくつかの小説や詩など書き残しています。 彼が特攻出撃に際して家族へ送った
「十有七春秋……」にはじまる遺書は、予科練に入隊してから最後まで行動を共に
していた私には、涙なくして読むことはできません。 祖国の必勝を信じ、国のため
とは言え、 何のためらいもなく17歳の若さで散った彼を思うとき、 何とも言えない
気持ちになるのです。

☆今日の一言☆  
匂い松茸味しめじ 
[AOZORANOHATENI] 

開く トラックバック(3)

17-6、中間練習機まで

イメージ 1

             中練特攻の勇士。

亡き戦友を偲ぶ http://www.warbirds.jp/senri/ 
      
       17-6、中間練習機まで

光州航空隊に配属された小河原2飛曹は、ここで最後の特攻訓練を受けた後、懐か
しい故郷福岡の上空を飛んで、鹿児島県の国分基地に進出しました。 しかし、出撃
の機至らず、 ついに8月15日を迎えることになりまし。 また、釜山航空隊に転属と
なった若佐芳彦1飛曹(長崎)は中間練習機による特攻隊に編入されました。

この時期、中間練習機まで「体当たり攻撃」に使用されたのです。 そして、鹿児島県
の出水基地に進出の途中、 天候不良のため行方不明となって、ついにその目的を
達成することができませんでした。終戦を1月後に控えた7月15日のことでした。

☆今日の一言☆  
土用布子に寒帷子 
[AOZORANOHATENI] 

イメージ 1

            龍華基地256航空隊の勇士。

亡き戦友を偲ぶ http://www.warbirds.jp/senri/ 
      
       17-5、「菊水1号作戦」発動
 
小河原君の手記によれば、20年3月になると、256空でも特攻隊員の希望者を募り、
特攻作戦に協力することになりました。 そして、 新たに編成された、第10航空艦隊
第12連合航空隊の宇佐航空隊、光州航空隊、釜山航空隊に分かれてそれぞれ転属
しました。

まず宇佐航空隊に赴任した者は「神風特別攻撃隊八幡護皇隊」に編入され、鹿児島県
の串良基地に進出しました。搭乗機は九七艦攻です。 そして、4月6日「菊水1号作戦」
が発動されると、 沖縄周辺に来襲した敵艦船群に対して、 次々に「体当たり攻撃」を
敢行しました。

昭和20年4月6日
   八幡護皇隊 2等飛行兵曹  松木 昭義 (愛媛・18歳)

昭和20年4月12日
   八幡護皇隊 2等飛行兵曹  堤   昭  (福岡・18歳)

昭和20年4月16日
   八幡護皇隊 2等飛行兵曹  小河 義光  (福岡・17歳)

昭和20年4月28日 
   八幡神忠隊 2等飛行兵曹  犬童 憲太郎 (鹿児島・18歳)
    (以上は特攻隊要員として宇佐航空隊に転属した、元256空の同期生)

☆今日の一言☆  
土用布子に寒帷子 
[AOZORANOHATENI] 

17-4、神雷部隊の出撃

イメージ 1

            楠公の旗印「非理法権天」。

亡き戦友を偲ぶ http://www.warbirds.jp/senri/ 
      
       17-4、神雷部隊の出撃
 
3月21日、九州南東方海上に来襲した敵機動部隊攻撃の命令を受けた、野中五郎少佐
率いる 「神雷部隊」 の一式陸攻18機は 「桜花」 を抱いて勇躍鹿屋基地を発進しました。
神雷部隊の初陣です。しかし、優勢なる敵戦闘機の迎撃を受け全機未帰還となりました。
この攻撃には、高橋幸太郎2飛曹(山形)が参加して、愛機と運命を共にしたのです。

昭和20年3月21日
第一神風桜花特別攻撃隊 神雷部隊桜花隊 鹿屋基地発 九州南東方機動部隊攻撃
聯合艦隊告示97号

(桜花)
大  尉 三橋 謙太郎  (千葉・海兵71期)
中  尉 久保  明    (石川・予備学13期)
中  尉 緒方  襄    (熊本・予備学13期)
中  尉 村井 彦四郎  (石川・予備学13期)
上飛曹 山崎 重二   (福井・予備練13期)
上飛曹 杉本 仁兵   (三重・甲飛10期)
一飛曹 服部 吉春   (静岡・乙飛17期)
一飛曹 野口 喜良   (茨城・乙飛17期)
一飛曹 島村  中    (広島・予備練15期)
一飛曹 重松 義市   (佐賀・甲飛11期)
一飛曹 江上 元治   (福岡・丙飛12期)
二飛曹 清水  昇    (新潟・丙飛14期)
二飛曹 矢萩 達雄   (茨城・丙飛16期)
二飛曹 豊田 義輝   (福岡・乙飛特1期)
二飛曹 軽石 正治   (岩手・乙飛特1期)

(一式陸攻)
少 佐 野中 五郎   (岡山・海兵61期)
大 尉 甲斐 弘之   (宮崎・海兵70期)
大 尉 西原 雅四郎  (愛媛・海兵71期)
大 尉 佐久間 洋幸  (福島・海兵71期)
中 尉 糀澤 義雄   (群馬・乙飛1期)
中 尉 小関 健治   (福島・海兵72期)
中 尉 小原 正義   (鹿児島・海兵72期)
中 尉 新井  等    (長野・操練19期)
中 尉 柳 正徳     (東京・予備学13期)
少 尉 成尾 新五   (千葉・電練36期)
少 尉 粕谷 義蔵   (長野・乙飛4期)
少 尉 内田 正次郎  (三重・偵練25期)
少 尉 関野 善太郎  (富山・予備学13期)
少 尉 松井  清    (兵庫・予備学13期)
少 尉 上田 四郎   (奈良・予備学13期)
少 尉 角    勉    (北海道・乙飛5期)
少 尉 佐村 義男   (山口・乙飛6期)
少 尉 土倉  勉    (岡山・操練28期)

飛曹長 村松  司    (福島・操練31期)
飛曹長 沼野 利朗   (静岡・甲飛2期)
飛曹長 植村 正次郎  (秋田・乙飛7期)
飛曹長 吉永 正夫   (高知・乙飛7期)
飛曹長 駒  敏次    (京都・偵練42期)
飛曹長 深澤  功    (静岡・偵練43期)
飛曹長 高木 信夫   (福島・偵練44期)
飛曹長 長谷川 俊夫  (新潟・偵練46期)
飛曹長 瀬尾 括三   (広島・偵練46期)
飛曹長 木村 信一   (秋田・乙飛8期)

上飛曹 木下 忠雄   (熊本・丙飛4期)
上飛曹 山川 軍治   (長崎・偵練46期)
上飛曹 山本  精    (愛媛・偵練49期)
上飛曹 河村 勝喜   (高知・偵練49期)
上飛曹 宮田 信吉   (埼玉・偵練49期)
上飛曹 梶内 芳唯   (岡山・偵練49期)
上飛曹 常岡 祥夫   (福岡・偵練49期)
上飛曹 石橋 三郎   (千葉・操練54期)
上飛曹 木原 忠造   (群馬・操練54期)
上飛曹 橋口 敏男   (鹿児島・操練54期)
上飛曹 大瀧 五郎   (山形・操練56期)
上飛曹 田北 武文   (大分・操練56期)
上飛曹 柳原 武雄   (長崎・操練56期)
上飛曹 阿部 寅一   (愛媛・乙飛12期)
上飛曹 仁平  守    (茨城・丙飛3期)
上飛曹 谷  清郷    (東京・丙飛4期)
上飛曹 作元 政明   (宮崎・丙飛11期)
上飛曹 落合 正二   (広島・乙飛13期)
上飛曹 内垣  清    (愛知・丙飛5期)
上飛曹 松岡 源八   (群馬・丙飛5期)
上飛曹 田中  晃    (福井・丙飛7期)
上飛曹 舛井  清    (山口・乙飛15期)
上飛曹 有働 熊雄   (熊本・乙飛15期)
上飛曹 山下  功    (佐賀・乙飛16期)
上飛曹 渋谷 八郎   (東京・乙飛16期)
上飛曹 黒木 高三   (宮崎・甲飛10期)
上飛曹 前山 明利   (広島・甲飛10期)
上飛曹 中村 福住   (香川・丙飛7期)
上飛曹 美並 義治   (奈良・電練4期)

上整曹 竹谷 駒吉   (青森・整練48期)
上整曹 座間 幸之助  (千葉・整練48期)
上整曹 原  益男    (長野・整練56期)
上整曹 三上  清    (青森・整練56期)
上整曹 三谷  清    (北海道・整練56期)
上整曹 石倉 傳四郎  (三重・整練62期)
上整曹 川端  清    (北海道・整練63期)

1飛曹 徳田  勇    (鹿児島・甲飛11期)
1飛曹 皆川 嘉助   (埼玉・甲飛11期)
1飛曹 伊藤 俊夫   (北海道・丙飛12期)
1飛曹 後藤 志郎   (秋田・丙飛13期)
1飛曹 渡邊  徹    (東京・乙飛17期)
1飛曹 小栗 正夫   (岐阜・乙飛17期)
1飛曹 寺岡  昇    (愛媛・乙飛17期)
1飛曹 守田 賀重   (徳島・乙飛17期)
1飛曹 吉田 義男   (静岡・乙飛17期)
1飛曹 河井 近士   (山口・乙飛17期)
1飛曹 竹内  靖    (高知・乙飛17期)
1飛曹 青木 安夫   (大阪・乙飛17期)
1飛曹 芳木 幸義   (兵庫・乙飛17期)
1飛曹 大日向 三郎  (秋田・乙飛13期)
1飛曹 古賀  学    (熊本・丙飛15期)
1整曹 福田 安夫   (埼玉・整練68期)

2飛曹 松尾 登美雄  (長崎・甲飛12期)
2飛曹 石垣 當晃   (東京・甲飛12期)
2飛曹 湯澤 康男   (栃木・甲飛12期)
2飛曹 高橋 幸太郎  (長崎・甲飛12期)
2飛曹 田中 一貴   (福岡・乙飛18期)
2飛曹 会澤 富久司  (神奈川・乙飛18期)
2飛曹 横田 正英   (高知・乙飛18期)
2飛曹 山村  繁    (熊本・乙飛18期)
2飛曹 亀田 尚吉   (栃木・乙飛18期)
2飛曹 有末 辰三   (兵庫・乙飛18期)
2飛曹 島雄 順次郎  (鳥取・乙飛18期)
2飛曹 穂積 鉄一   (愛知・乙飛18期)
2飛曹 町田 光正   (東京・丙飛11期)
2飛曹 谷塚 梅三   (埼玉・丙飛12期)
2飛曹 橋本 幸男   (三重・丙飛14期)
2飛曹 棚橋 芳雄   (三重・丙飛14期)
2飛曹 胡桃 経雄   (長野・丙飛16期)
2飛曹 跡邊 武二郎  (宮城・丙飛15期)
2飛曹 鈴木  實    (東京・丙飛14期)
2飛曹 鈴木 光雄   (静岡・丙飛14期)
2飛曹 元親  傳    (愛媛・丙飛15期)
2飛曹 鶴丸 乕吉   (鹿児島・丙飛14期)
2飛曹 松島 武雄   (静岡・丙飛16期)
2飛曹 会澤 寿造   (茨城・丙飛16期)

2整曹 八島 養七   (宮城・整練78期)
2整曹 富山  勇    (栃木・整練93期)
2整曹 江部 英夫   (新潟・整練94期)
2整曹 藤井  勇    (香川・整練94期)
2整曹 吉羽 浦治郎  (千葉・整練96期)
2整曹 岩本  徹    (宮崎・整練96期)
2整曹 山内 厚重   (愛媛・整練96期)
2整曹 山田 一雄   (静岡・整練96期)
2整曹 小田 重男   (石川・整練97期)
2整曹 幸西  博    (愛知・整練98期)

飛 長 茂木  晃    (千葉・甲飛13期)
飛 長 江波戸 輝行  (千葉・乙飛特1期)
飛 長 植木 繁男   (東京・乙飛特1期)
飛 長 岡安  弘    (千葉・乙飛特1期)
飛 長 野澤 金三   (新潟・乙飛特3期)
飛 長 高橋 利三郎  (山形・乙飛特3期)
飛 長 加藤 乕雄   (京都・乙飛特3期)
飛 長 早川 忠雄   (長野・乙飛特3期)
飛 長 田房  力    (愛媛・乙飛特3期)
飛 長 塩田 利雄   (香川・乙飛特3期)
飛 長 手塚 晴好   (東京・乙飛特3期)
飛 長 坂本 新一   (東京・乙飛特3期)
飛 長 内田  寛    (愛媛・乙飛特3期)
飛 長 松原  保    (愛媛・乙飛特3期)
飛 長 塩崎 竹千代  (和歌山・乙飛特3期)
飛 長 新美 昭二   (愛知・乙飛特3期)
飛 長 藤岡 和夫   (兵庫・乙飛特3期)
飛 長 田口 末吉   (秋田・乙飛特3期)
飛 長 遠藤 欽一   (東京・乙飛特3期)

☆今日の一言☆  
泣く子と地頭には勝てぬ 
[AOZORANOHATENI] 

開く トラックバック(1)

イメージ 1

             「梓」特別攻撃隊の同期生。

亡き戦友を偲ぶ http://www.warbirds.jp/senri/ 
      
        17-3、長駆1.360カイリ彼方へ
        
762空攻撃262飛行隊では「丹作戦」に呼応して「菊水部隊『梓』特別攻撃隊」を
編成して、初めて内地からの特攻作戦を実施しました。 早春の3月11日09:20、
鹿屋基地を発進した銀河24機は、 洋上長駆1.360カイリを飛翔して、ウルシー
岩礁内に停泊する敵機動部隊攻撃に向かいました。そして、10時間に及ぶ飛行の
末19:00過ぎ、夕闇せまる敵泊地に殺到して必死必殺の「体当たり攻撃」を敢行し
たのです。

この攻撃に、葛佐真夫2飛曹(徳島)と原田照和2飛曹(佐賀)、それに林栄一2飛曹
(愛知)が参加し、 同期生として「体当たり攻撃」の魁となりました。 バンドを締めた
狭くるしい座席内での長時間の飛行が、  どれほど肉体的な苦痛を伴うものなのか、
まして、生還が許されない死出の旅路であってみれば、その胸中は察するに余りあり
ます。

彼らは10時間にも及ぶ長い飛行中、何を思い何を語り合ったのでしょうか。 おそらく、
遠ざかりゆく故郷の山河に思いを残しながら、過ぎし日々の回想に耽っていたと想像し
ます。そして、体当たりの瞬間、父母の面影を脳裏に焼き付けていたに違いありません。

昭和20年1月は8柱、2月は3柱、3月35柱、さらに4月には58柱と、沖縄周辺での
戦闘が激化するにつれて、戦没者は急激に増加しました。そしてその大半は「神風特
別攻撃隊員」としての「体当たり攻撃」による戦死者です。

予科練を卒業し、飛行訓練を開始してからわずか1年。心身共に鍛えぬかれた若鷲は、
爆装零戦をはじめ艦攻、艦爆、陸攻とそれぞれの愛機を駆って、沖縄周辺の敵艦船群
に対して、次々と「体当たり攻撃」を敢行しました。そして、大空の彼方へ消え去ったの
です。

☆今日の一言☆  
人は一代名は末代 
[AOZORANOHATENI] 

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
sen*i0*20
sen*i0*20
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ブログバナー

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事