|
大東亜結集国民大会。
陣中談議・うら話 http://www.warbirds.jp/senri/23ura/23.html
3-59、大東亜戦争の呼称について
「大東亜戦争」の呼称について所見を述べたい。 この呼称は、 大東亜戦争開戦直後の、
昭和十六年十二月十二日の閣議により決定され、次のように発表された。
今次戦争ノ呼称並ニ平戦時ノ分界時間ニ付テ
閣議決定(昭和十六年十二月十二日)
一、今次ノ対英米戦争及ビ今後情勢ノ推移ニ伴ヒ生起スルコトアルベキ戦争ハ、 支那事変
ヲモ含メ大東亜戦争ト呼称ス
二、給与、刑法ノ適用等に関スル平時戦時ノ分界時期ハ、昭和十六年十二月八日午前一時
三十分トス [以下省略]
関係法律としては、昭和十七年二月十七日、法律第九号で、
「勅令ヲ以テ別段ノ定ヲ為シタル場合ヲ除クノ外、 各法律中支那事変ヲ『大東亜戦争』 ニ
改ム」と定められて、一般にもこの呼称が定着した。
*
昭和二十年九月二十日、 「ポッダム宣言」受諾により連合国軍の管理下に置かれた日本
政府は、 占領下の特別処置として、 次の勅令を公布した。
ポッダム宣言の受諾に伴い発する命令の件 (昭和二十年勅令第五四二号)
「ポッダム宣言」の受諾に伴い、連合国最高司令官の為す要求に係わる事項を実施するた
め、特に必要ある場合は、命令をもって所要の定めを為し、必要な罰則を設けることを得。
この勅令を基に、同年十二月十五日、連合国軍総司令部参謀副官発第三号。終戦連絡中
央事務局経由日本政府に対する覚書の中で、
「公文書ニ於テ『大東亜戦争』『八紘一宇』ナル用語乃至ソノ他ノ用語ニシテ、日本語トシテ
ソノ意味ノ連想ガ国家神道、 軍国主義、過激ナル国家主義ト切リ離シ得ザルモノハ之ヲ
禁止スル、而シテカカル用語ノ即刻停止ヲ命令スル」。
との命令が出された。 そのため「大東亜戦争」の呼称は公文書では使用できなくなった。
しかし、公文書以外では制限されていないのに拘わらず、なぜか使われなくなった。
*
昭和二十七年四月十一日、 講和条約の成立に伴って、 政府は法律第八一号を公布して、
前記の勅令第五四二号を廃止した。この法律によって、占領軍の命令や指示はその効力を
失い、占領時代の各種の制限は消滅したのである。
国内法としては、 昭和十六年十二月十二日に閣議決定された 「大東亜戦争」 の呼称は、
それ以降、法的な改廃は行われていない。 したがって、法律上は正式名称として存続して
いたと解釈できる。 ただし、ポッダム宣言の受諾によって、公文書での使用が一時期禁止
されていたと考えるのが妥当であろう。
かりに、名称の改廃があったとしても、わが国があの当時「大東亜戦争」と呼称して、戦争を
遂行してきたことは、歴史的事実である。事の善悪は別として、この事実まで抹殺すること
は不可能である。ところが、この歴史的事実を隠蔽するかのように、「太平洋戦争」 などと
根拠のない名称を使用するのが、今や報道機関などでは主流となっている。
今次の世界大戦は、 アメリカ合衆国の「太平洋戦争」やソ連の 「大祖国戦争」 のように、
それぞれの国や地域で呼称が異なっている。世界的に共通した呼び名としては、 第二次世
界大戦(The World War Two)が一般的であろう。 現在わが国の報道機関などで使われて
いる「太平洋戦争」も国際的な呼び名ではない。
アメリカ合衆国の公刊戦史などに 「The War in the Pacific」と使われているが、 これは、
第二世界大戦においてアメリカ合衆国が、 ヨーロッパ戦域に対して、 太平洋戦域という
意味で使用したもので、戦争全体を指すものではない。
「大東亜戦争」の戦域は中国大陸をはじめ遠くビルマ及びインド洋にまで達した。 だが、
当時の説明によれば、「『大東亜戦争』トハ大東亜新秩序建設ノ為ノ軍事行動ノ総称ナリ」
と解説し、これを「目的」としてとらえている。だから、地域を示す用語ではなかった。
そもそも「大東亜戦争」は、 植民地化されたアジア地域からアメリカや西欧諸国の勢力
を排除して、日本を盟主として共存共栄を図る「大東亜共栄権」の建設がその目的である。
そしてその目的が崇高なるが故に、「聖戦」と呼ばれたのである。
結末は敗戦に終わり、 その理想は達成できなかった。しかし、日本国政府が閣議で決定
した「大東亜戦争」を使用せず、 法的にも根拠のない 「太平洋戦争」と呼称することで、
太平洋戦域におけるアメリカ合衆国との戦争のみを強調し、中国大陸や東南アジア方面
での軍事行動を隠蔽するような態度をとるのは、改めるべきではなかろうか。
「太平洋戦争」とはアメリカ合衆国が対日戦争に使った呼称である。 これを借用すること
で「大東亜戦争」をあたかも他国の戦争のように見せかけている。 これが、近隣諸国から
日本人は歴史認識が足りないと糾弾される一因になっているのではないだろうか。
|