老兵の繰り言

「特攻隊」の生き残りが後世に語り継ぐ鎮魂の記録です。続いて、自衛隊草創期のうら話などを紹介致します。

3陣中談議・うら話

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3-18、海軍ラッパ

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        海軍  信号兵。


陣中談議・うら話
            3-18、海軍ラッパ

海軍では「総員起し」から「巡検」までの通常日課から、「分隊点検」「葬送式」そして
「戦闘指揮」に至るまで、ラッパが使用されました。その一例をお聞きください。

海軍ラッパ
http://members-ftp.jcom.home.ne.jp/i.murakami2/rappa/frrappa.htm

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          航法計算盤。偏流角をもとに、風向や実速を算定する。


陣中談議・うら話
            3-17、「推測航法」の基本 

海軍の飛行機は、地上の目標を見て目的地へ向かうのでなく、何の目印もない洋上を飛行し
ます。その為「推測航法」を行います。飛行機は風に流されながら飛びます。羅針儀の針の
方向に機首は向かっていても、実際の航跡は風に流されただけ別の方向に飛んでいます。
これを「偏流角」と呼びます。

偏流測定儀か爆撃照準器を使ってこの「偏流角」を測定します。偏流測定と呼んでいました。
二方向での「偏流角」を測定し「航法計算盤」を操作して、風に流される角度を基に対地速度
も算出できます。これによって針路を修正しながら目的地に向かうのです。

予科練では、操縦員・偵察員の区別なく航法や気象の基礎知識を学びます。天測航法の理論
も論外ではありません。私は今でも、天気図を読んで独自の天気予報を行います。

意外に思うかも知れませんが、操縦員の操縦訓練を行う九三中練の後席には、偏流測定儀が
セット出来るようになっていました。飛練でも操縦員に対して、航法の基礎である偏流測定を
体験させるのです。谷田部空の講堂(偵察講堂と呼んでいた)では、二階にボイコーの照準器
を並べ、下に地表の絵図がグルグル廻る装置があり、爆撃照準や偏流測定の実務教育も行な
われました。

実施部隊では飛行指揮所に天気図が貼られていました。要務飛行の際など、行動先の気象を
自分で判断して飛行計画をたてるのです。(自衛隊では、気象隊の担当幹部がその都度説明)

私は以前にも書いているように鈴鹿基地で一時期、「白菊」の操縦員として、偵察員に対する
「練成訓練」を担当しました。操縦員に航法の知識がなくては偵察員の教育はできません。

白菊特攻隊 2−50「田中部隊へ」参照。

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          雷撃から帰投した九七艦攻。


陣中談議・うら話
            3-16、偵察席から操縦できるのか? 

 「海軍くろしお物語」福地周夫著から抜粋。
 このとき、萩原大尉機から、つぎのような電報がきた。
「操縦員戦死。われ、これに代って機を操縦し帰艦しつつあり」

 九七艦攻で偵察員席からの操縦は不可能です。また、偵察席から操縦席へ移ることも、
構造上できません。但し、飛行機はタブ(修正舵)を調節することにより、一定の時間水平
飛行を続けることは可能です。

負傷した萩原大尉機の操縦員は、せめて偵察員と電信員だけは助けたいと思い、飛行機
を母艦の方位に定針し、タブを調節したあとに息が絶えたと推察します。こうすることで、
着艦はできなくても附近の海上に着水すれば駆逐艦に救出されるからです。

 このような状態でも通信は可能です。「操縦員機上戦死セルモ、ワレ帰艦シツツアリ」
と発信したとします。これを受信した母艦の通信員は、受信紙を艦橋の通信長に渡します。
通信長がこの電文を読み上げた場合、操縦員が戦死したのに帰還しつつあると云うことは、
萩原大尉が操縦しているのだと誤解した者がいたとしても不思議ではありません。

 我々操縦員は飛行中は常に、操縦桿を放しても飛べるようにタブを調節していました。
水平飛行の場合には、タブの調節はやや下げ舵にします。間違っても上げ舵にはしません。
上げ舵だと、だんだん機首が上がって失速するからです。但し、雷撃の際にはやや上げ舵
にセットします。要するに、操縦員は状況に応じて常にタブの調節を実施していたのです。

 萩原機の場合は、タブの調節によって少しずつ高度を下げながら帰投していたが、遂に
高度が不足し、操縦員の願いもむなしく、母艦に到着することができずに着水して水没し
たものと思はれます。

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            魚雷を抱いて攻撃に向かう天山艦攻。


陣中談議・うら話
            3-15、魚雷を抱いての着艦について

 艦攻が敵を見ずに帰投した場合、魚雷や爆弾は投棄して着艦するように決められていま
した。800キロの魚雷を抱いたままでの着艦は危険だからです。着艦指導灯のパス角度
は母艦の場合、合成風速15メートルで 6.5度にセットされています。陸上基地で訓練す
る場合には、風速に応じて 4.5度から 5.5度にセットされます。

九七艦攻はフラップを45度降ろし、機首角度アップ2度でパスに入ります。スピードは
65Ktです。この時、800キロのの魚雷を抱いていたらどうなるでしょう。沈下率は大きく
なりバス角度は7度から8度にしなければなりません。これでは甲板に叩き付けられる
ような状態になり、脚が持ちません。

 では、セットされた 6.5度のパスに乗ったとします。この場合、エンジンを吹かして速度
をつけ、引っ張り込む形になります。必然的に機速を70Kt以下には落とせません。
艦尾を通過して引き起せば、機速が残っているのでバルーニングして機は浮きあがります。
それでは、引き起こさなければどうなるでしょう。尾部が上がったままなので、制動索に
フックが繋りません。何れにしても、着艦は危険なのです。

 但し陸上基地の場合は、尾部が上がったままの2点着陸でも、徐々にスピード落として
いけば着陸は可能です。

 ノンフィクションと称する戦記の中にも、我々当時の体験者からみれば、誇張や勘違い
それに伝聞を元にした創作などが数多く見受けられます。これらを取捨選択し、眞の史実
を後世に残していきたいと思います。


 「海軍くろしお物語」福地周夫著から抜粋。
 貴重な爆弾や魚雷を海中に投棄した飛行機を、つぎからつぎと収容しているさなかに、
艦攻隊長市原辰雄大尉は、部下五機とともに八百キロの魚雷を抱いたまま「翔鶴」の上空
に帰ってきた。予備品の少ない大事な魚雷ではあるが、魚雷を抱いたまま着艦することは
きわめて危険であるので、魚雷を海中に投棄するよう、艦から市原隊の各機に伝えた。
「われ魚雷を抱いたまま着艦す」と信号し、全乗員が息を呑んで見守る中を、まるでトンボ
が菜の花に止まるようにスーと着艦、停止した。(以下省略)

※海軍兵学校出身の市原大尉が、艦長の命令を無視してまで、魚雷を抱いたまま着艦す
る必要があったのでしょうか。いくら着艦に自信があったにせよ、危険を侵してまで魚雷を
抱いたまま着艦するとは考えられません。

 また、次のような一節があります。
 「運用長! 油槽艦を航空母艦と間違えて報告した索敵機の偵察員は、正規の索敵員で
はなくて、補欠の索敵員だったそうですよ。(以下省略)」
※母艦の搭乗員の配置からみて、補欠の索敵員て何のことでしょう?。

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           航空母艦から発進中の零式戦闘機。


陣中談議・うら話
             3-14、航空母艦の運用について 

 「空母瑞鶴の生涯」豊田穣著からの抜粋。
 午前九時、私は偵察員の山下博中尉を九九式艦上爆撃機の後席にのせて、富高基地を
離陸して高度五〇〇で東方に一〇分ほど飛んだ。瑞鶴は北北東に走っていた。空母に着艦
するには、秒速一五メートルの向い風を必要とする。空母が三〇ノットを出せば、対気速力
は秒速一五メートルとなる。

 「艦爆一代」小瀬本國雄著から抜粋。
「合成風速十五メートル」南さんの落ち着いた声が伝わる。第三旋回を終わって高度をさげ
ながら(以下省略)

 この時飛行甲板上は、合成風速 (吹いている風と母艦が風に立って高速航行中の為起き
る風と合わせた一秒間の風速をいう) 十五メートル、それに前方の試運転中の飛行機が全
速回転でもしようものなら、三十、四十メートルの突風となり、うっかりしていると吹き飛ば
されてしまう。(以下省略)

 私が発着艦の合成風速15メートルに拘る理由は、発着艦の際母艦は全速航行するとか、
合成風速は14メートルだったと言われる方がいたからです。確かに私は着艦経験はありま
せん。しかし、飛行術練習生で艦上攻撃機操縦員に指定されて以来、「母艦ではこうだ」
「母艦ではあゝだ」と、常に母艦を基準にした訓練を受けてきました。また、百里原空当時
の飛行隊長は、真珠湾攻撃に「赤城」雷撃隊の小隊長として参加した、後藤仁一大尉で、
常に母艦運用について講義されました。

 実施部隊でも、パートでの雑談の中心に座るのは、母艦経験者の体験談でした。「母艦
ではこうだった」「母艦ではあゝだった」と熱っぽく聞かされてきました。そのため、耳学問
だけでは母艦搭乗員に匹敵する知識を持っていると自負しております。私自身は前述の
とおり母艦の経験はありません。しかし、艦上攻撃機の操縦員として一応の教育は受けて
きました。

 母艦が飛行機を発艦させる場合には、風に正対して合成風速15メートルに定針します。
一番軽い戦闘機でも飛行甲板が最低18メートル必要です。雷装の艦攻は100メートル
以上ないと発艦できません。映像などを見ていると発艦直後に高度が下がります。これは、
フラップの収納がやや早すぎたためと思います。

 攻撃隊が帰投すると、マストに吹流しを半揚します。これは、着艦準備中の信号です。
風に向かって変針し、風速5メートルなら20Kt. で走航し、合成風速15メートルに定針
します。そして、吹流しを全揚し黒球・1・5の信号旗を掲げます。これは、「着艦準備よし。
合成風速15メートル」の合図です。記録映画など見る場合マストの旗旒信号に注意して
ください。

 ではなぜ合成風速15メートルなのか? 母艦の最高速力は各艦によって違います。し
かし、操縦員にとって母艦毎に発着艦の操縦要領が違ったのでは混乱し危険を伴います。
だから合成風速15メートルに統一し同じ条件で発着艦ができるようにしているのです。
但し、航海長の風速計を見ながらの操艦には、ある程度の誤差は生じます。しかし、基準
はあくまで15メートルです。

 陸上基地での定着訓練や夜間飛行の夜設では、着陸指導灯のパス角度は、風速に応じ
て、4.5度から5.5度にセットして訓練を行います。母艦の場合は合成風速15メートルを
基準にして着艦指導灯のパス角度は6.5度に設定されています。

着陸指導灯のパス角度の目安。 風速0〜4⇒4.5度  風速5〜7⇒5度 
風速8〜10⇒5.5度 風速11〜13⇒6度  風速14〜16⇒6.5度

 複数の空母の艦隊行動でも発着艦の際には、同じ方向へ同じ速力で走航するので艦隊
の運用にも支障はありません。

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