|
着艦要領と指導灯の見え具合。
陣中談議・うら話
3-13、着艦指導灯について
ある著名出版社の「軍用機シリーズ」の本を読んでいて、アッと驚きました。それは、
航空母艦の着艦指導灯の青と赤の色が逆になっていたからです。飛行時間数千時間を
数える艦攻操縦員が、指導灯の色を忘れたわけではないと思います。彼の著書も誤って
書かれています。恐らく彼は、自分で原稿を書かず、口述して書かせたのでしょう。
その時彼が勘違いして説明したのか、それとも筆記者が聞き違えたのかも知れません。
予科練時代の班長田島二整曹は、戦闘機整備員として「赤城」に乗り組み、真珠湾攻撃
に参加された方です。事あるごとに当時の話を聞かせてくれました。将来我々が母艦に乗
り組んだ際の参考になればとの配慮からです。母艦の構造や艦内生活それに発着艦の
要領など、整備員の立場からの所見でした。
百里原空の艦攻実用機教程での飛行隊長、後藤大尉も「赤城」雷撃隊第二小隊長とし
て真珠湾攻撃に参加された方です。天候の都合なので飛行作業が中止になると、当時の
状況や母艦の運用それに発着艦の要領などを講義されました。
九〇三空の艦攻隊にも母艦経験者が数人いて、パートの雑談で貴重な体験談を聞かせ
て頂きました。我々が飛練を卒業した十九年末には、空母艦隊の組織的運用は絶望となり、
母艦勤務はなくなりましたが、知識だけは先輩から受け継いでいました。
先ず着艦収容から説明します。攻撃隊が帰投すると、母艦のマストに「吹流し」が半揚
されます。「母艦風ニ立ツ」即ち「着艦準備中」の意味です。発着艦は全て風に正対して
行われます。陸上基地ではある程度の横風にも対応できますが、狭い飛行甲板に着艦
するには横風は禁物です。飛行甲板の先端にある蒸気噴出し口から流れる蒸気の流れ
で、風に正対するように操艦します。
次に飛行甲板上の風速です。本来の風速と艦の速力による「合成風速」が15メートル
になるように、母艦の速力を調整します。風に正対し「合成風速」15メートルに整合
できた時点で「吹流し」を全揚、黒球1−5の信号旗が揚がります。「着艦準備完了・合成
風速15メートル」の合図です。
この合図を確認して、飛行機は着艦操作に入ります。高度を250メートルまで落として
母艦の右舷上空を通過しながら編隊を解散します。編隊解散は一番機が小さなバンク
で列機に合図を送り増速先行し、左旋回で誘導コースに入ります。二番機は速度をやや
落とし直進しながら一番機と間合いをとり、約1,000メートルの間隔を開けて追従します。
三番機はやや左に方向を変え、二番機との間隔を約1,000メートルに開いて続行します。
各機は誘導コースに入ると先ず脚を出します。
母艦の後方1,000メートルに駆逐艦(別名・トンボ吊り)が随航しています。この上空が
第四旋回点です。これを目安にして第三旋回の位置を決めます。第三旋回が終わると
昇降舵タブを調節しながらフラッブを降ろします。 この時点では既に6.5度にセットされ
た着艦指導灯が視認できます。次にフックを降ろします。
陸上基地での離着陸訓練と着艦訓練での違いはこのフックにあります。陸上基地での
訓練ではフックを降ろしません。だから着艦の際に迂闊にもフックを降ろすのを忘れること
かあるそうです。発着艦指揮官はフックを確認して、降ろしてない機には、信号灯で短符
を連送して注意を喚起します。早く気が着けばフックを降ろしますが、間に合わなければ
着艦の遣り直しです。
第四旋回を終わり、機首角アップ2度、気速65ノットでパスに乗ります(九七艦攻の場合)。
母艦に軸線を合わせ、着艦指導灯の赤灯と青灯が横一線になるようにして降下します。
艦攻の偵察員は、高度計と速度計を交互に読みながら操縦員に協力します。偵察員は
最後に艦尾通過を確認して「艦尾代った」と叫びます。
正常なパスに乗って降下すれば、艦尾の位置で眼高7メートルです。操縦員はエンジン
をカットして引き起こします。母艦の艦尾には「艦尾張出し」といって翼のように張出した
部分があります。着艦の際に操縦席から艦尾の位置が分るようにする為のものです。
着艦すると、フックを巻き上げフラップを揚げます。プロペラを高ピッチに切り替えて
直ちにエンジンを停止します。寸秒を争う忙しさです。この間に整備員は翼を折りたたみ
ながら前部リフトへ運びます。この時点で次の機は既にパスの中途にあります。
|