老兵の繰り言

「特攻隊」の生き残りが後世に語り継ぐ鎮魂の記録です。続いて、自衛隊草創期のうら話などを紹介致します。

私の本箱

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            あゝ青春零戦隊 光人社。

私の本箱 http://www.warbirds.jp/senri/23ura/43/sinzitu.html
 
        「あゝ青春零戦隊」の真偽

11月上旬の比島方面の出撃状況を調査しました。 残念ですが、11月中旬には、
小高氏の空母攻撃に該当する記録は見つかりませんでした。「あゝ青春零戦隊」で
10月21日の「大和隊」の出撃で、 久納中尉以下6機の体当たりを、鈴木上飛曹
が確認したと記述していますが、史実と相違があります。また、小高氏が直掩戦果
確認に飛んだと書いている、 杉浦1飛曹・山中上飛・新井上飛も特攻戦死者名簿
に該当者がおりません。

記録抜粋。
11月1日  神風 桜花隊  マバラカット基地発。
11月1日  神風 梅花隊  ニコルス基地発。
        制空隊  48機 ニコルス・クラーク基地発。

11月2日  神風 第二桜花隊  アンヘレス基地
        零戦・紫電延べ40機オルモック湾上空哨戒。

11月3日  零戦6機タクロバン基地攻撃。セブ基地発。

11月4日  零戦23機タクロバン基地攻撃。セブ・クラーク基地発。

11月5日  神風 左近隊 マバラカット基地発。
        神風 白狐隊 マバラカット基地発。
        敵艦載機述べ約430機マニラ・クラーク地区空襲。
        零戦・紫電68機邀撃。

11月6日  敵艦載機述べ約100機マニラ・クラーク地区空襲。
        零戦の神風2隊 マバラカット基地発。敵発見できず。

11月9日  敵艦載機述べ約100機マニラ・クラーク地区空襲。
        零戦の神風2隊 マバラカット基地発。敵発見できず。
    
11月12日 神風 梅花隊  セブ基地発。
        神風 第二白狐隊  レガスピー基地発。
        神風 時宗隊 マバラカット基地発。
        神風 第五聖武隊  セブ基地発。

11月13日 敵艦載機述べ約480機マニラ・クラーク地区空襲。
        神風 正行隊  マバラカット基地発。

11月14日 敵艦載機マニラ・クラーク地区空襲。
        神風 山本隊  アンヘレス基地発。

11月18日 神風 第八聖武隊  セブ基地発。

11月19日 敵艦載機述べ約360機マニラ・クラーク地区空襲。
        神風 第九聖武隊  セブ基地発。
        神風 第二朱雀隊  ニコルス基地発。
        神風 高徳隊  マバラカット基地発。

自己の戦歴を出版する以上、多少の誇張は仕方がありません。
しかし、捏造は頂けません。

☆今日の一言☆  
鳴く猫は鼠をとらぬ 
[AOZORANOHATENI] 

校正についての疑問

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            不時着 新人物往来社。

私の本箱 http://www.warbirds.jp/senri/23ura/43/sinzitu.html
 
        校正についての疑問

校正についての疑問。
原稿を出版社に渡した後、校正はどのようになされたのでしょうか?
誤植は出版社の責任ですが、校正を怠った著者にも責任はあると思います。
主要参考文献の「神風は吹かず」「かえらざる翼」の著者は「永末千里」なのに
「永松千里」となっています。
185頁
全国九千五百余名の市街舎から厳選された七十九名が・・・
★全国九千五百余名の志願者から厳選された七十九名が・・・
でないと、文章にならないと思います。 典型的な誤植。
212頁
予科練資料館と同県の大分県行橋市で、・・・
★行橋市は福岡県です。これは原稿そのものが間違っていたのでは?

不時着  桑原敬一氏
83頁
土浦、第二郡山、姫路の海軍航空隊、前線基地である串良基地、百里原海軍航空隊を
経て台湾虎尾航空隊にて終戦を迎える。
☆土浦(予科練)郡山(飛練・中練)までは分りますが、 私の資料では、乙飛十八期の
艦攻の実用機教程は宇佐航空隊と台南航空隊で行っています。姫路航空隊迄の経緯
が分りません。次に、百里原航空隊を経て台湾の虎尾航空隊空にて終戦とありますが、
虎尾空は昭和20年2月15日に解隊して存在しません。
84頁  172頁
☆5月11日に、串良基地から九七艦攻が出撃した記録は見当たりません。
98頁
串良基地から10機飛んだ「白鷺揚武隊」の一員とありますが、
☆当日串良から出撃した九七艦攻は次のとおりです。
( )内は編成した部隊と出撃機数及び未帰還数です。
第二正気隊(百里原空・3-2)八幡振武隊(宇佐空・4-3)白鷺揚武隊(姫路空・3-1)
104頁
姫路空に転出した数ヶ月後の20年2月。
☆数ヶ月前、何処の航空隊から転勤して来たのでしょうか? 
実用機教程の卒業は19年12月のはずです。辻褄が合いません。
116頁
経験豊富な予備生徒・・・ 
☆予備練習生の間違いでは?
予備生徒出身の士官と下士官との間で駄弁るような内容の話ではありません。
117頁
☆富士絹のマフラーは本来私物です。支給品ではありません。
123頁
☆編隊飛行の場合の偵察員は、後続機航法を行ない常に機位を把握しています。
でないと、一番機が故障等で離脱した場合には機位を失します。
瞑目したまま、とは不自然だと思いませんか?。
131頁
☆玉井中佐は副官ではありません。
137頁
台湾の虎尾海軍航空隊に配属された。
☆ここでは百里原空経由とはなっていません。83頁と矛盾します。いずれにしても、
既に解隊された航空隊へ配属されるとは考えられません。

不時着 船川睦夫氏
160頁
☆4月28日特攻出撃とありますが、特攻隊の名称は? 
この日出撃した九七艦攻も百里原空、姫路空、宇佐空で編成した1号艦攻です。
第一正気隊(百里・3-2)八幡神忠隊(宇佐・6-3)白鷺赤忠隊(姫路・3-1)性能の
違う、一号艦攻と三号艦攻が編隊を組んで同時に出撃するとは考えられません。
質問して再確認すべきでした。
161頁
☆百里原航空隊に帰り・・・ とあるので、百里原空で編成した第一正気隊と思って
調査しました。私のHP6−5に正気隊の写真と名簿があります。船川睦夫に該当す
る者は見当たりませんでした。
★船川睦夫。調査の結果。
土浦空(予科練乙飛18期)。郡山空(飛練・中練教程)。宇佐空(飛練・実用機教程)。
宇佐空編成の特攻隊(八幡神忠隊)。種子島不時着帰還。その後百里原空へ転属。

八月十五日の記憶
336頁〜337頁
いっぱしの特攻隊員生活が始まった。「特攻」の名を出せばたいていのわがままは
通った。・・・
特攻隊員はもてた。・・・
★701空大分派遣隊は「特攻待機」ではなく通常の配置でした。
特攻隊が編成されたのは、8月15日以降のことです。特攻隊員ではないことは、
巡邏隊も当然承知していたはずです。終戦までは、軍の規律は保たれていました。
347頁
午後四時半過ぎ――。
飛行場に黒塗りの車三台が到着した。
「中都留大尉、三機だけでよいと命じていたのに、これはどうしたことか」
「長官が特攻をかけるというのに、三機だけとはもっての外、私の部下一一機、
全員がお供します」
349頁
訓示が終わると、指揮所前に準備されたテーブルの上にスルメ一匹ずつが置かれ、
幕僚の参謀たちが隊員一人一人にコップを握らせた。酒は白鹿の一級酒。(以下略)
★酒は白鹿の一級酒。――この表現は疑問。時代考証無視。
当時われわれも「白鹿」は飲んでいました。但し、一級酒・二級酒の区分はありま
せんでした。戦後の昭和28年「酒税法」が制定され、アルコール度数により課税
されるようになりました。その際、度数によって一級酒・二級酒に区分されるよう
になったと記憶しています。
349頁
攻撃目標と飛行コースは以下の通りであった。(中略)
午後五時。出発の時が来た。
★午後四時半過ぎ―。長官が到着。中都留大尉との編成のやり取り。長官訓示。
攻撃目標と飛行コースの指示。スルメを置いての別杯。
これだけの行事が、僅か三十分間に実行可能でしょうか?

★私の著書を参考にしながら、創作とはいえ、これは酷過ぎます。

☆今日の一言☆  
玉を衒いて石を売る 
[AOZORANOHATENI] 

画龍点睛ヲ欠ク

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           台湾沖航空戦 光人社。

私の本箱 http://www.warbirds.jp/senri/23ura/43/sinzitu.html
 
        画龍点睛ヲ欠ク

膨大な資料の収集、多数の関係者からの聞き取り調査、ご努力には敬意を表します。
しかし、それを表現する肝心な「軍事用語」その他に「画龍点睛ヲ欠ク」面が見受けら
れます。 また、取材された関係者の話には思い違いや誇張した話もあります。 必ず
しも真実のみとは限りません。これらの取捨選択にも問題があるように思います。

1、用語について
☆海軍階級の略称。
*飛行兵長(飛長)*上等飛行兵(上飛)*一等飛行兵(一飛)*二等飛行兵(二飛)
 上等飛行兵を上飛兵とは略しませんでした。

☆出身略称その他。
*予備学生(予備学又は予学)*予備生徒(予備生又は予生)
*予備練習生(予備練又は予練)予備学生を予飛とは略しませんでした。
*航法士官(操縦士官と偵察士官と区分しても、航法士官の呼び名はありません。)

☆その他用語。
*擬襲  襲撃運動と推察します。
*機上測角訓練 偏流測定訓練と推察します。
*自差修正 当時は磁差修正とも言っていました。 
*模擬魚雷  演習用魚雷  訓練用魚雷  訓練用魚雷に統一したほうが・・・
*側程五〇〇浬(152頁)側程の意味を理解していませんね。
*「編成表」や「搭乗割」は使いますが「編成わり」とは初耳です。
*攻撃隊員(射手)と記述していますが、当時は「攻撃員」と呼んでいました。

☆行動内容等。
*鹿屋基地から与那国島へ編隊で飛ぶ場合。列機の偵察員は後続機航法の任務が
あります。
 「特に作業はなく見張りに専念する。」と述べています。(168頁)
 一番機が故障離脱した場合。機位を失した彼はどうするのでしょう。
*7.7ミリ機銃の弾倉は97発です。
*機長の命令により魚雷は放たれた。(213頁)
 魚雷は主操縦員が照準して発射します。機長の命令は不自然です。
*台北を発動点にして高度二〇〇メートルで、(223頁)
 二〇〇〇メートルの間違いでは?<br>
☆雷撃について。 
魚雷発射後、敵艦の甲板を飛び越えるなどの記述があります。この魚雷は命中しません。
HP <a href=http://www.warbirds.jp/senri/23ura/32/32.html> 雷撃の理論と訓練 </a>
をご一読ください。解説します。
目標艦。艦の全長200メートル・速力30Kt.で走航と仮定。
雷撃機。240Kt.、距離1000メートル、高度50メートルで魚雷発射と仮定。
雷 速。空中弾道を含め、平均42Kt.と仮定。

魚雷が目標と交差する1000メートル先の地点に到達するのに、≒48秒。
目標が30Kt.で直進すれば、48秒後には約720メートル進みます。

雷撃機が魚雷発射後、直進して同地点に達するのに、≒8.5秒。
この間、目標艦は、30Kt.の場合約127メートル進む。艦首は+100メートルで、
227メートル。
720−227≒493メートル。雷撃機が魚雷発射後直進した場合、艦首の約500
メートル前を横切ることになります。

雷撃機が魚雷を発射後そのまま直進すれば、目標艦艦首の約500メートル前を横切るこ
とになります。雷撃機の操縦員は心理的に、対空砲火から逃げたいと思います。敵艦から
離れることは考えても、発射後にわざわざ敵艦に近づくことなど考えられません。 だから、
停泊艦の攻撃以外に敵艦の上を通過することなどありえません。

★以上、所見を述べさせて頂きました。今の読者には受け入れられても、体験者からみれ
ば違和感のある記述です。

☆今日の一言☆  
人のふり見て我ふり直せ 
[AOZORANOHATENI] 

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          空母艦攻隊 日本出版社。

私の本箱 http://www.warbirds.jp/senri/23ura/43/sinzitu.html
 
        元艦上攻撃機の操縦員として

☆私のHPの掲示板に、 「雷電飛曹長」の名で投稿されているある若い方から、この本
 を参考にして映画の脚本を作成したいので、体験者としてのご意見を聞かせて欲しい
 との申し出を受けました。 一読しましたところ、用語や画像それぞれに多数の間違い
 が見受けられました。若い読者の方々に正しい史実を伝えるために、著者には失礼で
 すが、敢えて問題点を解説致したいと思います。

☆隊内での通常会話について。
 海軍で相手を呼ぶ場合、士官に対しては職名で呼びます。下士官同士は「何何兵曹」
 と呼び「何々さん」とは呼びません。 各頁とも間違いです。 また、海軍での一人称は
 「私」で「自分」は陸軍でしか使います。「殿」も陸軍では付けますが、海軍では使いま
 せん。(49頁・151頁) 全頁とも「何々さん」となっていますが事実ではありません。

☆出発や帰投の際の報告は、機長のみが敬礼して行います。(31頁・45頁)

☆操縦員と偵察員では落下傘が違います。当然落下傘バンドも違います。
 画像はすべてが操縦員用と見受けられます。(28頁・179頁・その他)
 <a href=http://www.warbirds.jp/senri/23ura/33/ssb.html>参照。</a>   

☆九七艦攻の魚雷や爆弾の投下杷柄は操縦席の左前にあります。艦攻の水平爆撃は
 偵察員が照準し「ヨーイ テー」で、操縦員が投下杷柄を引きます。
 54頁の画像は、偵察員がボイコーを覗きながら右手で投下杷柄を引っ張っています。
 164頁では、「偵察員は嚮導機の合図に従って爆弾を投下せよ!」とあります。
 何れも事実ではありません。
 
☆九七艦攻のパス速度は最低65ノット。57ノットでは失速墜落。(59頁)

☆「搭乗割」が当時の名称です。「編制割」などありません。(93頁)

☆当時の下士官兵はすべて丸坊主でした。長髪は一部の士官に限られていました。
 
☆無線方位測定儀と無線帰投装置とを混同しているようです。(99頁)

☆「突撃準備隊形作レ(トツレ)」について。
 「突撃準備隊形」とは雷撃隊が編隊を組んで進撃し、敵艦を発見した場合、一定の
 隊形を作ってから「突撃」します。この訓練を「襲撃運動」と呼んでいました。
 「突撃準備態勢作レ」「突撃準備隊形作レ」の間違いです。(146頁)
 「トツレ」は雷撃の場合の命令で水平爆撃にこの命令は不自然です。(22頁・69頁)

☆海軍に「飛行学校」はありません。(157頁)

☆雷撃の照準が間違っています。停泊艦は別として、雷撃は敵艦の進行方向の前方を
 狙わなければ魚雷は命中しません。(194頁〜198頁)  
 <a href=http://www.warbirds.jp/senri/23ura/32/32.html>「雷撃の理論と訓練」参照。</a>   

☆水平爆撃について。
 水平爆撃は「爆撃嚮導機」を先頭に、ガッチリと編隊を組みます。 照準するのは爆撃
 嚮導機のみで、 列機の操縦員は嚮導機の合図で、 一斉に爆弾投下索を引き爆弾を
 投下します。
 「爆撃嚮導機」には「特修課練習生」出身のベテランが操縦・偵察のペアで配置されます。
 進撃中は指揮官機の2番機の位置にあり、爆撃進路に入る前に、指揮官機と交代して
 先頭に立ちます。先頭機は嚮導機の間違い。(23頁)

☆その他小さい事あげれば際限がありません。
 「馬車屋」(123頁)や落下傘バンドの記名(149頁・186頁)などなどです。
 随所に画かれた下着類なども当時のものではありません。たかだか60数年前のことです。
 も少し当時の実情を研究して欲しかったと思います。

 私の願いは、若い方々が大勢読まれる有名作家の本ですから、虚構でなく真実の姿を画い
 て後世に伝えて欲しいとの願いから、元艦上攻撃機の操縦員として、失礼を省みずに敢え
 て解説を試みました。失礼の段平にご容赦ください。

☆今日の一言☆  
煮ても焼いても食えぬ 
[AOZORANOHATENI] 

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           指揮官たちの特攻 新潮社。

私の本箱 http://www.warbirds.jp/senri/23ura/43/sinzitu.html  

       「特攻隊」の真の姿を後世に

★これでは英霊やご遺族は浮ばれません!
興味本意の創作でなく、水上機による「特攻隊」の真の姿を後世に残してください! 

135頁抜粋
名簿を細かく見ていて気づいたのは、ここでも下士官の中に、当時の私と同年の十七歳
が八人、さらに一歳年少の十六歳が三人も居たことである。
年齢といい、甲種飛行予科練習生十三期という年次からいっても、操縦技術が身につく
までには至っていない。
まして、水上機の操縦は前述のようにかなり難しく、 水上機乗りはたいていの陸上機を
乗りこなせるが、その逆は不可能とされている。
とすれば、この少年兵たちは後席へ偵察員として乗ったわけだが、電信機も機銃も下ろ
してしまっているので、 役割としてはただ目をみはって、敵機や敵艦を探すということ。
これなら少年でもできるのだが、 仮に敵機を見つけても、敵艦を探し当てて突入するに
しても何もすることがない。
ただただ眼を見開き続けて、死に向かうのみ。どんな思いの三、四時間であったことか。

予科練甲飛十三期生の「水上機」による特攻戦死者は、操縦員10名、偵察員4名です。
天草空 (操4名) 福山空 (操1名・偵1名) 宅間空 (操5名・偵2名) 北浦空 (偵1名)。
彼らは正規の飛行練習生を卒業して、一人前の搭乗員として「特攻隊」に編入されたの
です。 <a href=http://www.warbirds.jp/senri/22tokuko/206/206.html>特攻戦死者名簿
(水上機)参照。</a>

飛行術練習生の訓練期間は、操縦員は中間練習機教程が陸上機水上機ともに4ヶ月。
次に、実用機教程は機種により異なります。我々のクラスでは、最長の戦闘機が6ヶ月。
艦爆・艦攻・中攻が5ヶ月。これに対し水上機は2ヶ月でした。 また、偵察員は6ヶ月で
飛行術練習生を卒業します。

水上機実用機教程の訓練期間が短いのは、水上偵察機要員としての訓練が主体だから
です。陸上機のように、急降下爆撃や雷撃それに戦闘機の空戦技術のような、機種に応
じた高度の技術を必要とする訓練がありません。(二座水偵の場合は一部空戦訓練あり)

甲飛十三期の水上機組は、20年2月までに卒業して実施部隊へ出ています。陸上機組
は、中練が終わる時期に燃料不足等の理由で訓練が中止され、卒業していません。また、
偵察員は前期(飛練38期)が卒業して実施部隊で勤務していました。

☆「水上機乗りはたいていの陸上機を乗りこなせるが・・・」 
★本当にそうでしょうか? 離陸着陸は水上機に比べ習得し易いかも知れません。だが、
急降下爆撃や雷撃それに戦闘機の空戦技術などの、それぞれの機種に対応した技能は、
一朝一夕に練達できるものではないと思います。

☆今日の一言☆  
花多ければ実少なし 
[AOZORANOHATENI] 

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