老兵の繰り言

「特攻隊」の生き残りが後世に語り継ぐ鎮魂の記録です。続いて、自衛隊草創期のうら話などを紹介致します。

2白菊特攻隊

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白菊特攻隊 号外!

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        VOA news com (2005-8-18)


白菊特攻隊 号外!

VOA放送の記事が、VOA news com(2005-8-18)で配信されましたので、
一部を紹介致します。これは、去る6月3日に、甘木市黒川の「音楽館」
で収録されたものです。
http://www.voanews.com/english/2005-08-18-voa20.cfm

白菊特攻隊 号外!

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     「蘋果日報」に掲載された記事です。私の真意が伝わっているのか疑問です。 


白菊特攻隊 号外!

8月1日、「太刀洗平和記念館」において、香港の新聞社「蘋果日報」の取材を
受けました。記事の内容が、メールで送られてきましたので、紹介致します。

白菊特攻隊 号外!

http://www.voanews.com/english/2005-08-18-voa20.cfm

白菊特攻隊 号外!

VOA放送(2005-8-18)で紹介されましたので、ご覧ください。
これは、去る6月3日に、甘木市黒川の「音楽館」で、里帰りした「零戦」の前で、
VOAの Roger Hsu 記者から「戦後 60年」特集として取材を受けたものです。
鹿児島在住の同期生、大田計佐治君も紹介されています。

2-60、神風は吹かず

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             故郷の山


白菊特攻隊
         60、神風は吹かず

 日が経つにつれ、終戦の実状も次第に明らかになった。軍隊は解体され帰郷できるとの
話である。また一方では、日本全土は占領され、搭乗員は皆殺しにされるとの噂も流れて
いた。まさかと思いながらも、南北アメリカ大陸や、フランス領印度支那それにオランダ
領印度その他南方諸島に対する、西欧列強の過去の侵略の歴史を考えるとき、これを
一概には否定できない真実味を帯びていた。

 文永・弘安の役で、対馬や壱岐それに鷹島の住民が、来襲した蒙古軍から受けたような
残虐な仕打ちが、全国各地で再び行われるのだろうか。また、白人に土地を奪われ、騎兵
隊に追い立てられて行くインディアンの悲哀を、映画ではなく、現実のものとして味わう
ことになるのだろうか。厚木航空隊の「銀河」が撒いて行ったビラの内容も、将来の我が
国の姿を暗示しているように思われて、不安は増すばかりであった。

 要務飛行などに必要な最小限の飛行機以外は、プロペラを外して並べられた。機関銃
その他の武器も一ヵ所に集められて、種類ごとに整頓した。昔映画でみた忠臣蔵の、
赤穂城明け渡しの場面を思い出させる状況であった。これを海軍式号令で表現すれば、
「大東亜戦争終わり、用具収め!」となるであろう。

 《任海軍上等飛行兵曹、依命予備役編入》という、帝国海軍から最後の命令を受けて
復員が決まったのは、八月も終わりに近くなっていた。

 持ち帰る最小限の品物を整理して、手荷物にまとめた。そして、不要になった所持品を
焼却することにした。大切にしていた「航空記録」その他も、皆に倣って次々に燃やした。
最後に、「御守袋」を胸のポケットから取り出した。過日、父親が面会に来たとき戴いた
ものである。ちょっと拝む仕種をして火中に投じた。

 その瞬間、いつの間にか中身の板札が真っ二つに割れているのが、指先の感触で分
かり、慄然たる思いがした。これは、「御守札」が割れることで身代わりになったことを
示す、と言われていたからである。

 いよいよ復員できる日がきた。復員証明書といくばくかの旅費を受け取り、思い出深い
「湖畔の宿」を後にして、堀之内駅から汽車に乗った。私は石井勝美兵曹(長崎県壱岐郡
出身)と一緒に帰ることにした。汽車はすし詰めで、おまけに鈍行であった。乾パンなど
の食糧は準備していたが、最悪の旅となった。

 京都駅で途中下車して、石井兵曹の親戚宅に一泊することにした。浜松、名古屋、岐阜
と焼け野原ばかり見てきた目には、数回の空襲を受けて、相当数の死傷者を出したにして
も、比較的被害の少なかった、古い京都の街のたたずまいは、妙に落ち着いた雰囲気を
醸していた。

 それにしても、街には店らしい店は開いていなかった。八坂神社の前で氷屋が一軒店を
開けているのを見つけて、氷を一角買った。蜜や砂糖など有るはずがない。オガ屑を拭き
とり、タオルに包んで玉垣に打ち付けてカチ割りにした。そして、石段に腰を降ろしてカ
リカリと噛んだ。暮れなずむ京都の街並みを眺めながら、物を食べるという事で満ち足り
た気分になり、戦争が終わった喜びをしみじみと感じた。

 翌朝、しばらく親戚の家に滞在して、様子をみると言う石井兵曹と別れて、今度は一人
で汽車に乗った。広島駅で乗り換えのため下車したついでに、街に出て市内の様子を見
て回った。「七十年間は草木も生えない」と言われるように一面瓦礫の山である。「体当た
り攻撃」などでは太刀打ちできない化学兵器の破壊力を、まざまざと見せ付けられた感じ
である。

 夕方、下関駅に着いた。故郷九州はもう目の前である。関門海峡を見渡すと、おびただ
しい数の沈没船が、マストや船体の一部分を海面にさらしていた。この光景を眺めながら、
フト以前歴史の教科書でみた挿絵が頭に浮かんだ。それは「弘安の役」で、博多湾に押し
寄せてきた蒙古軍の大船団が、「神風」に吹き寄せられて、折り重なるようにして沈没す
る様子を描いたものであった。

 今眼前にみる情景が、本土上陸を目指して、関門海峡に押し寄せた敵艦船群が、「神風」
によって壊滅した残骸であればとの願いが、一瞬脳裏を掠めた。しかし、現実にはB29の
投下した機雷による、わが方の被害であった。

 われわれが、心密かに必ず吹くと期待していた「神風」は、ついに吹かなかった。また、
源平の昔、都を追われ壇之浦の合戦に敗れた平家の落人が、九州各地の山奥深く隠れ
住んだ故事を偲びながら、先行き不安な敗戦を現実のものとして認識させられた。
また反面、生きて再び故郷の土を踏むことのできる喜びを、全身に感じていた。

2-59、運命の八月十五日

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             陸海軍健在ナリ


白菊特攻隊
         59、運命の八月十五日

 その当時、空襲の被害を少なくするため、 兵舎をはじめ基地の施設は、飛行場から離れ
た場所に分散されていた。金谷の町から南側へ坂道を登り、牧之原台地を飛行場へ向かう
道路の両側は一面の茶畑である。その西側の林の中に小さなバラック建ての病室が設けら
れていた。ここには、三十名程度の外傷患者が収容されていた。

 この患者の中に、飛行隊の搭乗員が二名含まれていた。過ぐる日、敵機動部隊の空襲の
際に交戦中負傷した者である。彼らを看護するために、同僚が交替で付き添いに行くことに
なっていた。

 看護と言っても別に仕事らしいものはない。空襲その他の非常に際して、彼らを安全な
場所へ退避させる手助けをするのが目的である。だから、航空食などを持ち込んで食べな
がら、囲碁や将棋などで遊んでいればよかった。

 八月十五日、その日私がその病室当番に当たっていた。朝食を終えて暑くならないうち
にと思い早めに病室に行った。過日の空襲で負傷した関戸兵曹(乙飛十七期出身)と雑談
していると、《総員集合! 格納庫前》の指示が出たので、患者以外の者は飛行場へ行く
ようにと、看護科の当直下士官からの伝達があった。

 私は、せっかくの休養を兼ねた病室当番に当たっているのに、暑い最中を三十分もかけ
て飛行場まで歩くのが厭なので、横着を決め込んで、空いたベッドに寝転んで雑誌を読ん
でいた。

 やがて、午後も遅くなって、看護科の兵隊が総員集合から帰ってきた。そして、何やら
ヒソヒソと話し合っている。どうも、戦争が終わったなどと言っている。

「オイ! 総員集合で何があったんだ?」
「ハイ、天皇陛下がラジオで直接放送されました。雑音がひどくて、よく聞き取れません
でしたが、分隊長の話では戦争は終わったらしいです!」
「エェッ! それ本当かっ?」

 半信半疑である。一刻も早く事実を確かめたい。こんな所でぐずぐずしているわけには
いかない。すぐに「湖畔の宿」に向かって急いだ。これが本当なら、もう死ななくてすむ
んだ。今まで胸につかえていた重苦しいものが一遍に消し飛んで、浮き立つような気持ち
で茶畑の中の小道を走った。

 兵舎に帰ってみると、皆も興奮して今後のことについて議論を交わしている。やはり戦
争は終わったのだ。だが、戦争に負けたとは思いたくなかった。同僚の話では、一度《総
員集合》が伝達されたが、搭乗員は兵舎でラジオを聞けと指示され、総員集合には参加し
なかったらしい。ならば私の不参加は当を得たものであった。

      *
 当夜予定されていた夜間飛行訓練は中止された。その夜は久し振りに酒盛りとなった。
取って置きの酒や缶詰などを持ち寄っての無礼講である。戦争に負けた悔しさと、死から
解放された嬉しさが同居した妙な雰囲気であった。

 翌日から、先行き不透明で不安定な生活が始まった。目的を失いぼう然自失している時、
厚木航空隊から「銀河」が飛来して、《徹底抗戦》を訴える檄文を撒いて行った。これに
呼応する意見も出たが、賛同者は少なかった。


     陸海軍健在ナリ

     満ヲ持シテ醜敵ヲ待ツ 軍ヲ信頼シ我ニ続ケ
     今起タザレバ 何時ノ日栄エン
     死ヲ以テ 生ヲ求メヨ
     敗惨国ノ惨サハ 牛馬ノ生活ニ似タリ
     男子ハ奴隷 女子ハ悉ク娼婦タリ 之ヲ知レ
     神洲不滅 最後ノ決戦アルノミ
                     海軍航空隊

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