老兵の繰り言

「特攻隊」の生き残りが後世に語り継ぐ鎮魂の記録です。続いて、自衛隊草創期のうら話などを紹介致します。

2白菊特攻隊

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             飛行後に教員の注意を聞く。


白菊特攻隊
         12、待望の「単独飛行」

 離着陸の同乗飛行も、四週目を過ぎるころになると「単独飛行」が話題になり始める。
それだけ上達した者がいるのだ。その反面、自信を喪失して悩んでいる者もいる。そして、
だれからともなく、教員の教え方に問題があると言いだした。

 待機中に他の練習生が着陸する様子を見ていると、分隊長からの講評を聞くまでもなく、
上手に着陸する者がいる反面、派手にジャンプしてそのままやり直したり、ドッスーンと
失速して、今にも飛行機を壊すのではないかと、ハラハラさせる者もいる。そして、ペア
によって偏りがある事に気がついた。

 先任教員のペアは、皆きれいに着陸する。それに比較して、私たちのペアは割合い落下
着陸する者が多いように思われた。これは、教員の経験の差であるということになった。
確かに、うちの教員は教え方が下手だ。飛行中も、ああしろこうしろと、操縦要領につい
ての助言などしない。

「それでも、真っすぐ飛んでいるつもりか!」
「どこを見て飛んでるんだ!」
「球が滑っとるのが、分からんのか!」
(球が滑るとは、旋回計の球が中心を外れることで、手足の舵の使い方が釣り合わないた
め飛行機が横滑りしている状態)
「馬鹿野郎! 俺を殺す気か!」 と、
怒鳴るだけである。確かに実施部隊勤務の経験もなく、戦闘機の実用機教程を卒業して、
そのまま九三中練の教員に逆戻りしたと聞けば、何か裏がありそうな気もする。

 また別の説がでた。陸攻(陸上攻撃機)出身の教員が上手で、戦闘機出身者が下手だと
言うのである。うちの教員をみる限り、どちらも当たっているようである。下手な教員に
割り当てられて運が悪かったのだと、諦めるしかない。

 「誘導コース」の回り方一つをとっても、陸攻出身の教員は比較的大きく回り、旋回も
緩やかである。それに比べて戦闘機出身の教員は、大きなバンクで小回りする。そのうえ、
第四旋回の位置など極端に飛行場に近い。だから、練習生にすれば時間的に余裕がなく、
落ち着いた操作ができない。これらは、出身機種による性格の現れであろう。

 練習生はペアごとに、受け持ちの教員から飛行前と飛行後に、 その日の訓練内容につい
ての指導をうけることになっている。他の教員は、個人ごとに悪いところを指摘し、操作
要領などを懇切丁寧に説明している。ところが、うちの教員ときたら、
「教員、飛行後の注意をお願いします……」
と、言っても、
「お前らに注意することなんかないよ……」
そう言って、取り合ってくれない。更にお願いすると、
「他人の飛ぶのを、よーく見とけ!」
「お前ら、飛行機は玩具じないんだぞー、も少し真剣に扱え!」
などと、具体的な説明などしない。たまには個人ごとに注意することもある。しかし、
「今日ジャンプしたのは、どこが悪かったのか分ってるのか! 反省しとけ!」
「お前はまだ、五メートルの判断ができんのか! そのうち事故を起こすぞ……」
などの注意である。どこが間違っているから、どのように操作せよといった具体的な指導
などしない。

      *
「おい、いよいよ単独飛行だなー、少しは自信ができたか?」
「お前たちのペアは教員に恵まれていいよなあー、俺たちをみてくれ、飛行前後の注意な
んか、まともに聞いたことないんだぞー」
「いやいや、うちの教員ときたらくどくどと文句が多すぎるよ。そのうえ昨日言ったこと
と、今日言うことが違うんだ。昨日はもっと大胆に操縦せよと言っておきながら、今日は  
操縦桿は細心の注意を払って握れ、なんて言うんだ」

「それにしても、 どの教員が一番教え方が上手なんかなー」
「村山練習生の話では、一般的に陸攻出身の教員が教え上手らしいよ」
「うちの教員は戦闘機出身で、気が短くて怒鳴るだけだ。操縦の要領などちっとも教えて
くれん。それに教員になるには飛行時間が少なすぎるよ」
「いやいや、飛行時間が多いから教え上手とは限らんよ、要するに教員のやる気の問題だ」
「そうだよ、やる気のない教員が多すぎるよ、戦地がえりの連中は外出して遊ぶことばか
り考えている……」
「戦地がえりだけでじゃないぞー。今遊んでおかんと、いつ前線に引っ張り出されるか分
からんと思って、皆遊ぶことばかり考えている」

「なんでもいいから、早く単独を許可してくれんかなー」
「急くな、急くな。出水空の飛練での話だが、単独を許可された途端に怖じけづいて着陸
することができずに、誘導コースを百回も回った者がいるそうだよ……」
「ソラつくなよ、百回とは大袈裟だ、そんな話が信用できるか」
「いやいやその話は俺も聞いてる、これは本当の話らしいよ」
「そうらしいなあー、 なんでもその出来の悪い奴は、実施部隊に行っても使い物にならん
ので、飛行経験を積ませるため、飛練の教員に逆戻りさせたらしいぞ……」
「おいおい、それはうちの教員のことじゃないのか?」
「アーアッ、今の調子じやーいつ単独になれることやら……」

 搭乗員仲間では「ソラをつく」という言葉が流行っていた。「ほらをふく」「馬鹿話を
する」程度の意味で使っていた。語源は詳らかではないが「空言(そらごと)」と「嘘を
つく」を混ぜ合わせて、だれかが作り出した言葉であろう。

      *
 いよいよ待望の「単独飛行」が近づいてきた。
「○○練習生、離着陸単独、出発しまーす」
と、だれが先陣を切って地上指揮官に報告することになるのだろうか。

 単独飛行許可の技量をチェックするため、教員が交互に交替して同乗することになった。
搭乗割を見ると、私たちの飛行機には先任教員氷室上飛曹が後席に乗ることになっている。
彼のペアに比較して、私たちのペアは決して上手とはいえない。これで単独飛行も当分お
預けになるだろうと覚悟を決めた。

 先任教員を後席に乗せて、いつもの要領で離陸地点に向かう。早速後ろから注意が飛ぶ。
「見張はよいかー、ハーイ、遠くに目標をきめてー」
「右足の応舵は、こまめにやれー」
「ハイ、六十ノット、操縦桿を緩めよー」
「そこ、第一せんかーい」
「高度二百五十水平飛行、エンジン絞れー」
「次ぎー、第二せんかーい、もっと浅くー」
「ハイ、 戻せー、ヨーソロー」
「指揮所をよーく見ろ、風向きは良いかー」
「そこ、第三旋回、もうちょい回れー、ハイ、戻せー、ヨーソロー」   
「こーかー、エンジン絞れー」
「第四せんかーい、ゆーっくり回れー」
「モーチョイ、頭を押さえろー」
「そこ、五メーター」

伝声管を通して、至れり尽くせりの助言である。飛行機はピタッと接地する。ウウーン、
これだー、先任教員のペアなら、俺にだって上手に着陸できるのだ。教え方の問題だ。

 翌週から次々に「単独飛行」が許可され始めた。私たちのペアも人並みに「単独飛行」
の許可がおりた。翼の張り線と尾翼に赤色の小さな「吹流し」を付ける。初心者マークで
ある。後席には重心を保つため教員の代わりに砂袋が積み込まれている。だから、もう後
ろから怒鳴られる心配はない。

 胸がワクワクする。やっと、自分独りで飛行機の操縦ができるのだ。念願の大空を自分
の腕一本で飛べるのだ。 後席にはだれも乗っていない。しかし、いつもと同じ要領で「離
陸しまーす」と、小さな声で呼称しながら、スロットルレバーを出していく。

 第一旋回、第二旋回と慎重に操縦する。第三コースで真横に指揮所を見下ろしながら、
腹の底から笑いが込み上げてきた。嬉しくて嬉しくて、 何か叫びたい気持ちである。なん
ら今までと変わらない操縦ができた。グライドパスも上々で接地もまづまづである。再び
エンジンを全開して離陸する。予定どおり、前後三回離着陸を繰り返して列線に帰った。

 交替して見学の位置につく。今度は今までと違い、落着いて他人の操作を見ることがで
きる。指揮所から見学していると、 「単独飛行」を許可されたのに下手な着陸をする者が
いる。よく見ると、「同乗飛行」の際はきれいに着陸して、胸を張っていた者である。

 私は考え込んでしまった。うちの教員は教え方が下手というより、間違いは指摘するが、
どうすればよいかは教えなかった。だから、私たちのペアは、怒鳴られながらお互いに話
し合って自分自身で工夫し、試行錯誤を重ねながら、一つ一つを身に付けて上達していた
のであろう。

 ところが、教え上手とみていた教員のペアの練習生は、後席から適時に適切な助言を受
け、それに従って操縦すれば万事うまくできるので、それを実力と思い違いしていたのだ。 
教員の指示どおりに動くロボットになっていたのである。だから、「単独飛行」を許可さ
れ後席からの助言がなくなった途端、自信を喪失して操縦に乱れがでたものと推察される。
この現実から、実技教育の神髄を悟った思いがした。

 ♪飛練節

レバー全開離陸をすれば
  後は野となれ山となれ
広い大空ぐるぐる回りゃ
  時間たつのも分らない 分らない

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                 飛行準備よし!  


白菊特攻隊
         11、同じ文句を二度三度

 飛行訓練は、分隊長が地上指揮官となり、 天幕の中央に用意したケンパス張りの折椅子
に腰を下ろす。その左右や後方にバンコを並べ、待機中の練習生が座る。バンコが足りな
いので大部分の練習生は直接芝生の上に座る。

飛行訓練は「離着陸同乗」から始められた。分隊長は前面で行われている着陸の状況を
示しながら、
「あれは、パスが高すぎる……」
「あっ、これはパスが低い、やり直しだ!」
「今のは引き起しが遅い、だからジャンプしたんだ!」               
「これは、スピードが多すぎる、だからバルーニングして接地できないんだ!」    
「いいかー、 貴様らまだ練習生だ、パスが決まらん場合は無理に着陸しょうとせず、早め
にやり直しを決断するのも訓練のうちだ!」

 などなど、今眼前で行われる着陸を解説しながら失敗の原因などを説明する。指揮所の
横に置かれている「搭乗割」の黒板を見れば、今派手にジャンプして着陸をやり直したの
は○○練習生で、同乗教員はだれであるかがすぐに分かる仕組みになっている。

 練習生は分隊長の解説を聞きながら、これを参考にして自己研鑚を行うのである。舵の
使い方などについては、 離陸や着陸から特殊飛行に至るまで、予科練時代から何回も学習
して頭に入っている。しかし、教室で習うより実際に飛行機の動きを見ながら解説を聞く
方がはるかに効果的である。

 また、自分が乗って操縦感覚を覚えるのも大事だが、他人の失敗を見ながらその原因を
理解しておくことも重要である。飛行作業は午前か午後に半日しか実施しない。 そのうえ、
自分が飛行機に乗って操縦できるのはせいぜい十五分か二十分程度である。地上で他人の
飛ぶのを見ている時間の方がはるかに多いのである。

 ここに教員の姿はない。皆受け持ちの練習生に同乗して飛んでいるからである。だから
ここでは教員に気を使う必要もなく気分的には楽である。練習生は、飛行作業が終わって
からの方が大変である。「列線」を撤収して飛行機の格納が終わると「総員罰直」が待ち
構えている。

 飛行作業が終わると格納庫前に整列する。 先ず分隊長から当日の訓練の成果について、
総合的な講評と注意がある。

「飛行場は飛行道を学ぶ道場である。飛行作業は戦場にいる気持ちで真剣にやれ」
「事前の準備を充分にやれ、試運転は他人のを見て自分のものにせよ」
「十を聞いて百を悟れ」
「列線作業はすすんでやれ」
「見張員はもっと大きな声を出せ」
「明日から燃料節約のため、予備機は手で押して列線へ運べ」
「午前の飛行を、午後の地上教育に生かせ」
「本日の飛行作業終わり、解散!」
と指示して、分隊長や分隊士は引きあげて行く。

 練習生はこれからが大変である。いよいよ「総員罰直」が始まるのである。理由は何と
でも付けられる。並べられる文句は毎回同じである。  

「今日の飛行作業はたるんどる! 子供の遊びじゃないんだぞー」
「報告の声が小さい! もっと大きな声は出らんのか!」
「気合が入ってない! 元気がない!」
「列線作業は、もっと真剣にやれ!」
「そんな事で、搭乗員になれるつもりか!」
「気合が抜けてる、この調子だと事故を起こすこと請け合いだ!」
「やる気のない者は、荷物をまとめて家に帰れ!」
(丁稚奉公じゃあるまいし、帰りたくても帰れないのを承知しての嫌みである)

 ここでは、操縦桿の操作要領とかエンジンの使い方とか教育的な話はでない。入れ替わ
り立ち代わり抽象的な同じ文句を並べるのである。挙げ句の果てが「前に支え」となる。
「前に支え」とは腕立伏せのことである。腕立伏せをしながら、教員の様子をうかがう。
古参の教員は文句を言うだけ言ったらサッサと引きあげる。残っているのは若い下士官か
飛長の助教連中である。

 罰直とは、だれかがミスをしたので懲しめるという意味ではない。根性を鍛えるのが目
的のしごきである。だから、理由などは関係ないのである。助教連中は棒を持って見回り
ながら、腰を地面に着けて横着している練習生を見つけては、叩いて回る。この時点で、
その日の罰直の成り行きが予想できる。

 慣れてきて分かったことだが「課業止め」のラッパが鳴る頃には罰直は終わるのである。
理由は簡単である。教員連中も、早く飯を食いたいし、外出にも遅れたくない。だから、
いつまでも練習生に構ってはおれないのである。

 飛行作業が順調に進んで、早く終わるのも良し悪しである。なぜなら、 それだけ罰直の
時間が長くなるからである。正味一時間、「前に支え」をやらされたこともある。汗がだ
んだんと目に染みてくる。そして、流れ落ちた汗が、エプロンのコンクリートを濡らす。

 飛行作業が長引き時間に余裕がないときは、腕を屈伸させたり、 片足を上げさせるなど、
それ相当に苦痛を伴う動作が追加される。練習生は、 今日の罰直は時間的には早く終わり
そうだと、内心喜んでいる。

 駆け足で飛行場を一周する罰直もある。隊伍を組んでの速駆けである。ある日のこと、
二組に分けられ、それぞれが逆方向に回わるように指示された。普段は助教連中が自転車
に乗って、
「遅い! 遅い!」「速駆け! 速駆け!」       
などと叫びながら追いかけてくる。ところが、今日に限って一人の教員も付いてこない。
時間を予測すると、帰り着く頃がちょうど「課業止め」になる。それなら急ぐことはない、
安心してスピードを緩めた。ところが、思わぬ落とし穴があった。

「遅かった組は、もう一周回ってこい!」
「エエッ!」と思ったがもう後の祭りである。だまされたのだ。半数の練習生を解放する
ことで、食卓番その他の作業員を確保できるからである。そんな教員の魂胆を読み切れな
かった練習生は哀れである。 遠くが霞んで見える広い飛行場の外周を、飛行服に飛行靴お
まけにライフジャケットを着込んだまま走れば汗だくである。やはり、「飛練谷田部は鬼
より怖い」所であった。

 ♪飛練節

飛行終われば始まる注意
  同じ文句を二度三度
姿勢正して聞いてはいても
  腹はグーグー音をあげる 音をあげる

2-10、大空に羽ばたく

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                      飛行前整列


白菊特攻隊
          10、大空に羽ばたく

 飛行訓練はまず「離着陸同乗」から開始された。これは飛行場の周辺上空を回りながら、
離陸と着陸を繰り返して練習するのである。まず離陸と着陸ができなければ、次の科目に
進めない。だから飛行機操縦の基本ともいうべき、最も初歩的な飛行訓練である。
 
 飛行機に乗り込むと、 座席バンドを締め、次に伝声管を繋ぐ。
「伝声管を試しまーす、教員聞こえますかー」「よーし、聞こえるー」
教員の返事を確認して、
「こちらも、聞こえまーす」と、答える。
伝声管の接続がわるいと、肝心なときに教員の声を聞き漏らすことになる。九三中練には
風防がないため、 爆音や風圧の影響を直接受けるので聞こえないのである。

 次に、 スチック(操縦桿)とフットバー(踏棒)を一杯に動かし、方向舵や昇降舵それ
に補助翼の動きを目で確かめる。その際、自分の足の長さに応じて、フットバーの位置を
前後に調整する。操縦席は上下には動くが、自動車のように前後には動かない。だから、
フットバーの位置を動かして踏み具合を調節するのである。自動車で運転席の位置を前後
に動かすのと同じ理屈である。

 これが終わってからエンジンの試運転にかかる。搭乗割が一番目の練習生は、エンジン
の始動から始める。メインスイッチがオフの位置にあるのを確認し、スロットルレバーを
全開にして、
「スイッチオーフ、あっさーく(圧搾)」
と、地上にいるペアの練習生に指示する。ペアの練習生はプロペラを手で押して回転させ、
シリンダー内に混合ガスを吸い込ませる。次に、
「あっさく止めー、イナーシャー回せー」
と、指示する。

「イナーシャー(慣性起動機)」とは、ハンドルで勢車を回し回転数が上がったところで
プロペラシャフトに嵌合させて、エンジンに回転を与え起動する装置である。新型の実用
機では電動で勢車を回す装置が付いていた。

それも自動車のシェルモーターと違いプロペラシャフトを直接回転させるものではない。
手回しに替えてモーターで勢車を回転させる装置である。それでも、電池の消耗が激しく、
二〜三回ミスするとバッテリーがあがるので、手回しと併用できる構造になっていた。

また「スターター」と呼ぶ自動車があった。これはプロペラの高さの前に突き出た回転
軸を持ち、これを飛行機のプロペラに直接嵌合させて、自動車の動力を使って回転させる
装置である。便利であったが、練習生は起動要領も飛行訓練の一環であり、手回しが原則
で故障そのた余程の事情がないと利用できなかった。

 イナーシャーのハンドルは、二人がかりで回す。勢車の回転が高速になった時期を見計
らって操縦員は、
「前離れー」
と、叫ぶ。地上にいるペアの練習生は、プロペラ付近に人がいないことを確認して、
「前よーし」
と、復唱する。これを確認して、
「コンタック!」
と、呼称しながら起動索を引っ張る。

勢いよく回転しているイナーシャーの主軸が、エンジンと嵌合されてプロペラが回転し
始める。すかさず、メインスイッチをオンにして、マグネトーのハンドルを素早く回す。
順調にいけば、《プルプルブルーン……》と、エンジンがかかる。駄目な場合は同じ操作
を繰り返さなければならない。寒い朝など、一発でエンジンがかかれば幸運である。

 試運転は決められた手順に従って行う。まずエンジンを八百〜九百回転にして、潤滑油
の温度が四十度、シリンダー温度が百五十度になるのを待つ。 これを、暖機運転と呼ぶ。
次に、スロットルレバーの作動に応じてエンジンの回転数が増減するかを確認する。また、
エンジンの回転数に応じて、燃料圧力計や潤滑油圧力計などの計器が正常に作動している  
かどうかをチェックする。

 飛行機のエンジンは、一つのシリンダーに前後二個の点火栓が装着され、二系統の電流
が流れる装置になっている。片方の点火系統が故障しても飛べる仕組みである。千二百回
転で、これを片方ずつに切り替えて、落差と呼ぶ回転数の変動具合をみる。これで、点火
系統の良否を確認するのである。

 次に、微速回転を四百五十回転に調整する。微速回転が高過ぎると、スロットルレバー
を一杯絞っても余力が残り、飛行機の行き足が止まらずに苦労する。低過ぎるとエンスト
の原因になる。

「試運転終わーり、出発しまーす」
と、 後席の教員に報告して、エンジンを一杯絞り左手を上げて左右に振る。この合図を見
て整備員はチョークを外す。いよいよ出発である。静かーにエンジンをふかして「列線」
を離れ地上滑走に移る。

 離陸発進の位置につくと、ブレーキを踏んで、もう一度エンジンをふかして調子の良否
を確かめる。次に、離陸目標を決めて左右後方を見廻し、付近にいる他の飛行機の状況や
障害物の有無を確認する。

「見張りよーし、離陸しまーす」
と、教員に報告し、スロットルレバーを徐々に押し出し全開にする。ぐんぐんとスピード
が増してくる。操縦桿を押さえ、尾輪が浮き上がるのを待つ。六十ノットを越え、浮力が
ついたところを見計らって、操縦桿の押さえを緩める。

 スーッと機体が浮く、速力六十五ノットを確認してから上昇操作に移る。直進しながら、
ここでスロットルレバーを七分目程度まで絞る。全力運転をするのは離陸の時だけである。
離陸後は上昇しながら約千五百メートル直進する。ここから、上昇旋回しながら九十度変
針する。これを、第一旋回と呼ぶ。高度は百七十メートル前後である。高度二百五十メー
トルに達したところで水平飛行に移る。再び九十度旋回して、離陸した方向と反対方向に
向きを変える。第二旋回である。

 このコースを飛びながら指揮所を注視する。指揮所前には、白い布板をT字型に置いて
離着陸の方向を示している。これを確認するとともに、飛行場内のある一点に、自分の接
地する場所を想定して接地までのコースを頭の中に組み立てる。

 次が第三旋回である。ここでは九十度よりやや多目に旋回するのがコツである。そして、
その位置の適否が以後の着陸操作に直接影響する。想定した接地地点に近すぎると急激な
降下を必要とする。遠過ぎるとエンジンを使って引っ張り込むことになり、スピードが残
こるため接地の際にジャンプする恐れがある。

 第三旋回が終わると、降下操作に移る。操縦桿を押さえ機首をさげながら、スロットル
レバーを徐々に絞る。タブ(修正舵)をアップ一杯に巻き上げる。第四旋回は早めに大き
くゆっくりと回る。想定した接地地点からの距離は約千メートル、高度は百三十メートル
前後まで降下している。    

 第四旋回終了までに速力を六十五ノットに減速する。次に、接地想定地点を目標にして
機首角度をアップ二度に保ちながら、スピードを五十七ノットまで減速しながら降下する。
これをグライドパスまたは単にパスと呼ぶ。パスの最終段階、眼高が五メートルに達した
時点でエンジンを絞り、操縦桿を一杯引いて機首を起こせば、トーンと軽く接地する。

 この長方形のコースは「誘導コース」と呼ばれ、飛行機が離着陸する場合の基本となる
コースである。着陸後はそのまま直進しながら再びエンジンを入れて離陸する。この練習
を二、三回繰り返して列線に帰る。これで一回の「離着陸同乗」訓練が終わる。飛行時間
は十五分から二十分程度である。

 海軍の飛行機は航空母艦の狭い飛行甲板に着艦して行動するのが主な任務である。その
ため、日ごろから将来飛行甲板に着艦することを想定した着陸を行う。だから着陸した後、
最も短かい滑走距離で停止する着陸要領が要求される。

 この着陸要領のポイントは、スピードを除々に落としながら降下し、眼高が五メートル
に達した時点でエンジンをカットして機首を引き起こす。すると失速状態となって、前車
輪と尾輪が同時に接地する。これで着陸後の滑走距離を最も短く押さえることができる。
これを、海軍式三点着陸と呼んでいた。

 この三点着陸を上手に実施するには、第四旋回終了後のパスの安定が必須の条件である。
高度三十メートルに降下するまでに機首角度やスピードを安定させることができなければ、
着陸のやり直しを決断する。エンジンを全開して上昇操作に移り、再び「誘導コース」を
回る。この「誘導コース」も一定の形のものではない。風向や風速それに飛行場の状態、
特に接地の想定位置によって、旋回位置や高度などが微妙に変化する。

 また飛行訓練中に、風向きが変わることがある。飛行機の離着陸は、必ず風に正対して
実施される。熟練すればある程度の横風にも対応できる。 しかし、訓練中の新前の練習生
に横風着陸は無理である。だから、指揮官は常に「吹流し」に注意し、風向の変化に応じ
て離着陸の方向を変更する。まず指揮所前で白色の発煙筒を焚いて、風向に変化があった
ことを訓練中の飛行機に知らせる。

 次に、T字型布板を風向に合わせて置き直し、新しい離着陸の方向を示す。訓練中の飛
行機は、発煙筒の煙の流れとT字型布板を見て、新しく設定された「誘導コース」を確認
する。他の飛行機の動きに注意しながら、一旦「誘導コース」の外に出て、新しい「誘導
コース」の第一から第三旋回点までの間でコースに入る。

 また赤色の発煙筒を焚くことがある。これは、《飛行訓練中止、直ちに全機着陸せよ》
の合図である。強風など天候の悪化が予想される場合などに使用される。

 飛行機の操縦要領は、文章で書けば至って簡単である。ところが、この簡単なことが思
いどおりにできない。まず離陸である。目標を決めてエンジンを全開する。スピードが増
すにしたがって、機首が左へ左へと回される。これは、プロペラが右回転のため、その後
流が方向舵に影響を与えるからである。方向舵を右へ踏んで早め早めに修正する。離陸後
も常に目標を決めて蛇行しないように注意する。

 次に旋回である。バンク(傾斜)と方向舵の使い方が釣り合わないと、飛行機は横滑り
する。バンクが大き過ぎると旋回の内側に滑り、小さ過ぎると外側に滑る。旋回計の球が
中心を動かないような旋回ができるようになれば、もう一人前である。

 第三、第四旋回の位置を判断するのも難しい。広い飛行場のある一点に自分の接地する
場所を想定する。そこから千メートル離れた所が第四旋回の終了地点となるように飛行機
を持って行かなければならない。旋回位置は、あらかじめ地上に目標を決めておくわけに
はいかない。それは風向によって「誘導コース」の方向が常に変わるからである。また、
風の強弱によっても距離や高度など微妙に変わってくる。

 グライドパスにおける機首角度とスピードの保持は最も難しい。早め早めの修正が要求
される。眼高五メートルは一瞬に判断して操作しなければならない。高すぎると失速して
落下着陸となり、低すぎればスピードが残り、ジャンプする。風の強弱も無視できない要
素である。

 離着陸の要領は予科練時代から教育を受けて、あらゆる状況に対応する操作方法は理屈
としては理解している。だが、飛行機は思いどおりに飛んでくれないから苦労する。教官
や教員にしても初めから上手に操縦

2-9、筑波山ヨーソロー

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               筑波山ヨーソロー


白菊特攻隊
         9、筑波山ヨーソロー

 いよいよ搭乗の順番がきた。鹿児島航空隊で三式初級練習機の後席に、お客さんとして
同乗したのと違い、たとえ慣熟飛行であっても九三中練では練習生が前席に乗る。だから、
一段と緊張感がみなぎる。教わったとおりの手順で試運転を行う。 準備完了、チョークを
払って静かに列線を出る。前日までに習った要領で地上滑走を行って離陸地点に向かう。
ここで一旦停止する。

「手足を離せー、離陸するー」
教員の操縦によって、九三中練での初飛行が始まる。上昇するにしたがってパノラマ模型
に示された通りの景観が開ける。まず飛行場の位置と付近の地形を頭に入れる。高度計の
針は千メートルを指している。              

「飛行場の位置は覚えたか? では手足を添えろー、筑波山ヨーソロー」 
と、教員から声がかかる。

「ヨーソロー」とは、艦船の操舵などでも使用される独特の用語である。「直進せよ」
又は「直進します」ということであるが、前に付ける言葉との組み合わせで色々な意味に
使われる。この場合は「筑波山を目標にして真っすぐに飛んでみろ」という指示である。
筑波山は目の前にどっしりと構えている。

「筑波山ヨーソロー」
と、復誦して操縦を始めた。ところがどうもうまくできない。舵が利き過ぎて蛇行するの
である。舵の利き具合はグライダーとは全く違った感じである。次に、筑波山が右へ右へ
と逃げるのである。飛行機に乗り始めのころは、自分が動いているのに相手の方が動いて
いるような錯覚を起こす。

「応舵(あてかじ)だー」
と、後席から声が飛ぶ。どうにか筑波山を正面に捕らえて水平飛行ができた。グライダー
に比べて舵は小さく使うことを学んだ。おそらく、スピードの関係であろう。また、応舵
の要領を会得することもできた。

「よーし、飛行場に帰れ!」
との指示を受けた。 左に旋回しながら左下を見下ろしたが飛行場が見当たらない。先程ま
では確かに左下にあったのに、いつの間にか飛行場の枯れた芝生は、武蔵野の景観に溶け
込んでいる。あの広い飛行場を見失って、今どこを飛んでいるのか分からない。

 咄嗟にパノラマ模型を思い浮かべた。「そうだ、牛久沼だ!」形に特徴のある牛久沼は
すぐに見つかった。その東側の水路の端に飛行場があるはずだ。高度を三百メートルまで
下げながら、どうにか飛行場の上空まで帰ることができた。

「よーし手足を離せー、着陸するー」「誘導コースをよーく見とけー」
教員の操縦で「誘導コース」を一周して着陸した。 

「よーし、列線に帰れ!」
今度は地上滑走の練習である。慣熟飛行とはいっても訓練はすでに開始されているのだ。
無事列線に帰り次の者と交替した。
「永末練習生、慣熟飛行終わりました」
と教員に叫んで、指揮所に走る。

 生まれて初めて自分の操縦で空を飛んだのである。学校時代にグライダーの操縦は経験
していたが、舵の使い方が全然違うことに驚いた。指揮所で待機しながら他人の飛行状況
を見学する。 飛行機の動きを見ながら、今どんな舵の使い方をしたのかを頭に描く。生き
た学習である。さあ、いよいよ明日からは離着陸の訓練が始まるのだ。

 ♪飛練節

ジャンプしたとて壊しはせぬが
  耳の伝声管がやかましい
ハイハイ返事はしているけれど
  何処が西やら東やら 東やら

イメージ 1

                  九三式中間練習機の列線。


白菊特攻隊
          8、赤いトンボが谷田部の空を     

 入隊式が行われ、第三十七期飛行術練習生を命じられた。いよいよ飛練での日課が始ま
るのだ。朝食には鶏卵がついている。航空食である。これで搭乗員になったことを実感と
して味わう。またミルクも毎日配食されるようになった。食事だけをみても予科練時代と
は比較にならない待遇である。

 食事が終わると、食卓番(食事当番)だけが後片づけに残り、他の者は格納庫へ走る。
助教の指導によって、格納庫から飛行機を出して、 エプロンに並べる。「課業始め」まで 
に飛行準備を完了しなければならないのである。

 翌日から九三式中間練習機(九三中練又は単に中練と呼んだ)による地上教育が開始さ
れた。各ペアごとに、機体の点検手順、 エンジンの始動から試運転。更に地上滑走の要領
など、実際に飛行機を使って習得する。いろいろな数値を手帳にメモしながら、一言半句
を噛み締める。その日習ったことは、その日のうち頭に入れるのが鉄則である。

 次に、飛行場を中心にして作られている「パノラマ模型」を囲んで、飛行場周辺の地形
や著名な目標などの方位と距離などを頭に入れる。そして、三月三十一日待望の飛行作業
が開始された。入隊して四日目のことで、地上教育は正味三日間であった。いかに搭乗員
の養成が急がれていたか、この事例でも明らかである。

 飛行場の中央付近に天幕を張って飛行指揮所を作る。赤白の「吹流し」を立てて風向を
確認する。風の方向に合わせて大きな白い布板をT字型に置く。これで飛行機が離着陸す
る方向を示すのである。

 天幕の中央に地上指揮官の席を設ける。天幕の横に、飛行機の番号とその搭乗者の予定
を記載した「搭乗割」と呼ばれる黒板が置かれる。指揮所の前面一帯を「離着陸地帯」と
呼び、ここを使って離陸や着陸を行う。指揮所の後方に飛行機を並べて、同乗者が交替し
たり簡単な点検整備を実施する。ここを「列線」と呼ぶ。

 練習生は搭乗の順番がくると、まず「搭乗割」の自分の名前の書かれた枠内に、右から
斜線を引く。次に、駆け足で指揮官の前に行き、敬礼をしながら、
「○○練習生、○○号機、慣熟飛行、出発しまーす」            
と、大きな声で報告する。そして、 自分の飛行機が列線に帰ると、後席の教員に向かって、
「○○練習生、同乗しまーす」
と、 大声で叫ぶ。大きな声を出さないと、エンジンの音にかき消されて教員に聞こえない。
本当は聞こえていても、声が小さいと聞こえないふりをするのである。だから、練習生は
二回も三回も大声を張り上げなければならない。

「乗れ」
との指示を受けて、プロペラの風圧を避けながら翼の上を伝って前席に座る。前回の同乗
者はベルトの装着などを手伝いながら、必要な「申し送り」を行う。交替が終わると同乗
終了者は、
「○○練習生、慣熟飛行終わりましたー」
と、教員に報告して指揮所に走る。指揮所では出発の際と同じように指揮官に敬礼し、
「○○練習生、慣熟飛行帰りましたー、異常なーし」
と、報告して「搭乗割」の自分の枠内に今度は左から斜線を引く。その結果枠内は×印と 
なり搭乗が終了したことを示す。

 待機中の練習生はバンコ(木製長椅子)に腰を降ろして、他人の飛行ぶりを見学する。
自分が乗る時間よりも、待機する時間の方がはるかに長い。だから、他人の飛ぶのを見て
自学研鑽するのである。また交替で見張員の配置につく。見張員は三脚つきの大きな双眼
鏡を覗き、飛行機の動きを確認して逐一指揮官に報告する。
「○○号機、着陸しまーす」
「○○号機、離陸しまーす」
などと大声で叫ぶ。指揮官はこれらの報告を聞き「搭乗割」と照合すれば、今どの飛行機
が空中を飛んでいて、どの飛行機が列線にいるのかが一目瞭然に分かる。また、飛んでい
る飛行機の機番号から、練習生や同乗している教員の氏名も分かる仕組みになっている。
これで、地上にいながら訓練の進行状況全般を把握できるのである。

 ♪飛練節

総員起こしは五時半でござる
  掃除終われば飯用意
飯の盛りかた押さえが足らぬ
  今朝のミルクはまだ来ない まだ来ない

食事終われば飛行の用意
  飛行機出すのも一苦労
今日も北風気流が悪い
  イナーシャ回してコンタクト コンタクト


 

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