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序盤から波乱の展開となった敦賀港線遠征。そして敦賀駅に降り立つと先ずやっておきたい事が、それは日本海の機関車付け替えで東海道から客車列車が消滅する現代、いつ無くなってもおかしくない列車なだけに今のうちにのんびり撮影しておこうと言うことで敦賀駅5番のりばでじっくり鑑賞(撮影)。そして機関車交換が終わればその足で7番のりばへ移動。その間にもDE10は構内から待機場所へと移動していた。そして定刻よりも5分遅れで1072レが到着。機関車交換、タブレット受け渡しの後、3071レとなり8:46、定時に発車して行った。 そして帰りの3070レまで時間があるので新疋田で上下の雷鳥を2本ずつ撮影し、17号を撮影しに湖西線のマキノまで出たがマキノ駅のホームには約9年振りに足を置いた。自分のアルバムには9年前、マキノ駅でいわゆる「写ルンです」で撮影した113系カフェオレ色があるがあれから日中の運行形態がすべて223系になったのには時代の流れを感じた。 そして3071レが発車する1時間45分前に敦賀に戻り、ここで待ちわびていたことが…それは今年の正月3日、南今庄に行った時に福井市内で食べたヨーロッパ軒のソースカツ丼を食べることだった。予めインターネットで調べてその店をすぐに見つけ、朝5時にコンビニのおにぎり2つを食べて以来全く食べていなかったこともありカツ4枚+白飯大盛りを頼み、休む暇も無く完食した。 それで敦賀市の観光協会でレンタサイクルをしているとの事で一度敦賀駅に戻りレンタサイクルを申し込み、自転車で線路沿いを目指した。そして最初に目星をつけた場所に着くと近所のおじさんが「みんな線路沿いを歩いて最終的にこの場所に戻って来るんだよ。この場所は結構カメラマン多いよ」といわれた。そしてしばらくそのおじさんと話した後、再び敦賀港に向けて自転車を走らせたがそのおじさんの言っていた通り意外と適当な場所がなく、そこそこのキャパを確保できる場所は最終的な撮影地(第1瓜破踏切)と最初に目星をつけておいた場所以外ほとんど無かった。そして敦賀港に着くとすでに機関車が到着していて組成も完了していて、ここにも5〜6人が各々の位置から撮影していて、更には沿線の住民も子供を連れて見に来ていた。それだけこの路線の状況が地元住民に知られているかが窺えた。 撮影を終えると敦賀駅に自転車を返しに行ったが観光協会の方が「いい写真、撮れましたか?」と言われた。そして「はい、それにここの自転車を使っていた方を多く見かけましたよ」と言ったところ「そうでしょう、御宅さんのあとに同じような方が多く来られました」と言われたのでみんな考えることは同じなのかと思わされた。 そして太陽が山陰に隠れた頃に午前は完全逆光になる下り列車を捕獲しに再び新疋田へ…しかし午前は大賑わいになる新疋田も17時にはほとんど人がいなく、横の国道161号を走る車のドライバーが休みにぱらぱら現れるだけで、暗くなるに連れてちょっとした寂しさを覚えた。 そして雷鳥33号を捕獲して敦賀に戻り、今度は完全に日が落ちた南今庄へ…当然同業者はひとりもおらず、夜の南今庄で雷鳥37号を中心にひとり撮影し、そして福井で乗り換えの後に午後10時、今回の敦賀遠征は幕を閉じた。 |
敦賀港線撮影報告
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