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先妣のらくがき帖より
明治・大正・昭和の思い出などが雑然と・・・

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日英同盟

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スエズ運河は1854年から1869年までかけて開通したという

スエズ運河を英国が通過させなかったので
アフリカの喜望峰をまわったので

日露戦争の勝てたと日英同盟を昔は稱えたもの

《巷の凡人の雑感》

日露戦争と云えば、203高地と日本海海戦は少し知っています。
その日本海海戦は明治38年(1905年)5月27日〜5月28日です。

「日英同盟」
当時はそんな考えがあったのですね。

日本海海戦については、
私の若いころ先輩諸氏が、その海戦を見てきたような話をよくしていました。

それは
「かのバルチック艦隊が二列縦隊で進んできた。
 迎え撃つ日本艦隊はその真ん中に突入!
 敵のロシア艦隊は驚き慌て、日本の艦隊に向けて砲火を浴びせた。
 しかし、性能の良いロシアの艦砲は、日本艦を飛び越えて
 敵同士での打ち合いになり、被害甚大。
 わが軍は大勝をおさめたのだった!!!」

この話に当時は納得していたのですが、よくよく調べてみると作戦はそんなに単純なものではなかったようですね。

とにもかくにもこのあと大日本帝国はさらに
第一次世界大戦〜第二次大戦へ。

そして…敗戦!

でも、よかったのかな?

敗戦によって
新しい憲法ができ
日本の進むべき道が決まったのですから。


でも、今また混とんとしてきたような雰囲気ですが…

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(亡母のきりぬき帖より)

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