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先妣のらくがき帖より
明治・大正・昭和の思い出などが雑然と・・・

書庫回想

昔の出来事を思い返しています(一般的な昔話)
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白下

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亡母が餅屋のウインドーに並べられた餅の塩饀を四温と読んで
 ひとり合点で買って帰り
 パクリと一口喰べて驚いたの何の
と話していたのを思い出し

 誰も騙したのではないのに………その驚いた顔を思い出した


そうだ 白下(*1)という砂糖もあったっけ

(*1):白下:しろした。
      白砂糖を製する下地の意。
      粗糖から不純物を除き脱色した溶液を真空蒸発させた半流動物で、
       蔗糖結晶と蜜の混合物。
      これから遠心分離機で白砂糖を取り出す。

《巷の凡人の雑感》

たしかに
予期せぬ味がすると驚いて吐き出したりするものですが…

塩饀と四温をどう読み違えたのでしょうか?

饀は「こなもち」で音読みは「トウ」
 …わかりませ〜ん (?_?)

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「三十三間堂棟木の由来」(*1)を六代目菊五郎(*2)が八幡で公演したのは 開闢以来の珍事

そのわけは 当時の長官(*3)が大の菊五郎の贔屓の旦那だったので 是非にとの希望で実現したのだそうな

今月は顔見世月(*4)で思出した

(*1)卅三間堂棟由来:さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい。
     人形浄瑠璃の一。
     「祇園女御九重錦」の三段目柳のお柳の件りだけを上演した時の題名。
     以後、もっぱらこれが行われる。

(*2)六代目菊五郎:六代目 尾上 菊五郎(ろくだいめ おのえ きくごろう、
     1885年(明治18年)8月26日 - 1949年(昭和24年)7月10日)は
     大正・昭和時代に活躍した歌舞伎役者。屋号は音羽屋。
     定紋は重ね扇に抱き柏、替紋は四つ輪。俳名に三朝がある。
     本名は寺島 幸三(てらしま こうぞう)。
     初代中村吉右衛門とともに、いわゆる「菊吉時代」の全盛期を築いた。
     歌舞伎界で単に「六代目」と言うと、
          通常はこの六代目尾上菊五郎のことを指す。
         (ウィキペディア2016.7.8)

(*3)長官:官営八幡製鐵所の長官

(*4)顔見世:昔を偲ぶだけの季語である。
     今でも京都南座では十二月に顔見せ興行があるが、
      勿論、本當の仕来たりを守ったものでなく、
     東京でも顔見せ興行といふ名を冠する芝居をこの頃見かけるが、
      これも名のみのものにすぎぬ。
     昔は十一月に新らしい歌舞伎の座組が出来たので、
      その一座の顔見せとして興行が人気を呼んだのである。
   (『新編 歳時記』水原秋櫻子編 (株)大泉書店 昭和49年2月1日 35版)


《巷の凡人の雑感》

昭和57年の12月頃に書かれたものです。

文章の内容は
大正の終わりか昭和のはじめのようですが、よくわかりません

したがって、製鐵所の長官の名もわかりません

『卅三間堂棟由来』は歌舞伎でも上演されているようです。
…が
六代目菊五郎が八幡で、この演目を上演したかどうか…もわかりません

全体に、私では確認できない内容です。(^^ゞ

亡母は歌舞伎も文楽も好きでした。
私は文楽を何度か観ましたが、
 歌舞伎はテレビだけで、舞台は一度も観たことがありません。


博多座十一月 花形歌舞伎「石川五右衛門」
の公演案内をみました…
うーん(゜-゜)

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(「勧進帳 六代目菊五郎」と書かれた亡母のきりぬき帖より)

火鉢の灰

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火鉢の灰を藁灰に入れ変えるのは 冬用意の一ツ

魚やさんの門田さんが牡蠣灰を作ってきてくれるので
 断熱に火鉢の底に敷いてから藁灰を入れていたっけ

《巷の凡人の雑感》

石油ストーブが普及するまでは、冬の暖房は火鉢や炬燵でしたね。


火鉢の灰…
今ではホームセンターで売っていますが、結構な値段します。
もちろん木炭も高いですね。
今ではちょっぴり贅沢品ですね。

その後、練炭火鉢もありました。
上つけ着火練炭が出てからは、我が家でももっぱらこれを使っていました。

練炭コンロは今でもホームセンターで見ますが、アウトドアでの焼き肉用に使っているのでしょうね。

練炭火鉢は見かけませんが
 火鉢は風情があるあるせいか、今でも売っているようです


子供のころの寒い寒い冬の日
 火鉢を抱え込んだり、
 またがるようにして暖をとっていたことを思い出しました

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四温と勝手に自分で思って買って帰り
 よい買い物とお茶をいれて一口たべて
 「アッ塩飴だった」とひとり合点の間違い 失敗に気づいた亡母

今の人は四温だの白下だのの砂糖を知っている人は数少い
《巷の凡人の雑感》

三温糖は知ってましたが
四温糖も五温糖もあるのですね。

四温糖は今の上白糖、五温糖はグラニュー糖みたいなもののようです。

白下(しろした)も初耳で〜す。

子供のころ甘いものに飢えていたので、台所からこっそり砂糖(黄ザラ)を一掴み、新聞紙の切れ端に包んで持ち出し、
公園で少しづつなめていたこともありました。

そんな糖分不足で育った子が、
 今では健康診断のたびに血糖値を気にする身とは…


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今でも思い出して笑うのは
 「お声が聞きたい 顔みたい ○月○日に集まりましょう」
と回覧板を回したら 皆が笑って集まって下さった

そして月一回の集会を待って下さる老人会員は有がたかった

《巷の凡人の雑感》


昭和48年頃の団地の老人会での話でしょうか

なかなかの名文句です。
キャッチコピーの一種ですかね

いつか使ってみたいですね。

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