瀬音の写真集

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伊良部島に隣接する下地島の帯岩(おびいわ)です。海のすぐそばにあります。
 
案内書によりますと。
 
「下地島巨岩(史跡)」
 この巨岩は、明和8年3月10日大津波で打ち上げられたと伝えられている。巨岩の名は、(オコスコビジー)とも言っている。この岩の中央が、やや引っ込んでいて人間が帯を締めている姿にたとえたと考えられる。
 岩の高さ12.5メートル、周り59.9メートルもある巨岩で、重量は詳かでない。
 (津波により)この木泊部落の住民はほとんど溺死、家屋は流出、大小様々な岩塊や砂礫を打ち上げ、置き土産として津波の威力を推して知るべしだろう。無数に有った岩塊は、飛行場建設のため爆破され使用されたが、町当局のお願いで1個のみ当時の面影を残し、下地島の牧中に威容を止めている。
 いつ頃か巨岩は民間信仰が起こり、大漁祈願祭、又は航海安全や家内安全の祈願が行われており、島建ての岩守護神として定着しつつある。
 
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拝所がありましたので、まずはお参りさせて頂いてから写真を撮りました。
鳥居があったと思うのですが、そちらから眺めるよりも海側から眺める方が、より帯を締めているように見えると思います。
それにしても、魚垣(かつ・ながき)の案内書や、通り池の伝説にもありましたが、山の無い下地島にとって津波は脅威であったと思われます。故郷の串本も両浜(りょうはま)ですから、津波が来たら町の中心部はひとたまりもありません。津波の被害を伝説や、このような案内書きの文中でも、後世に残しておくことは大切なことであると改めて感じました。
 
場所は、下地島の外周道路の南側にあり、道路脇に小さな看板があるところを海の方向に曲がります。細い農道を進み、突き当たりが帯岩です。2013年時点では未舗装の駐車場がありますが、トイレなどは無かったので、車で数分の通り池の駐車場のものを利用するとよいでしょう。
 
下地島の外周道路ですが、帯岩〜通り池周辺の草むらは、大きな里芋の葉のようなものや、斑入りの観葉植物のようなものが生い茂っており、亜熱帯の植物観察も楽しめそうでした。
 
 
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2014/02/16 追記
伊良部島・下地島の大津波の際の避難ルート関連 UpoIrav伊良部ログ様の記事へのリンク
個人の方が考えてくださったルートですので自治体発表のものではありませんが、参考になります。
『もしも明和の大津波並みの津波が来たら 』
 
キーワード 宮古島 伊良部島 津波石

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伊良部は知っていますが、下地島という名は知らなかったです。
すごく大きな岩ですね。これが津波で運ばれてきたというのは驚きです。
巨岩信仰は確かに多いですね。

2013/2/14(木) 午後 9:51 3355

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ちょっと調べてみました。伊良部島と下地島はまるでくっついているようですね。飛行場がありますが使っていないんですね。

2013/2/14(木) 午後 10:11 3355

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こちらも巨岩信仰、磐座信仰のひとつなのですね。下地島の空港は飛行訓練で使われているようですが、存続が危ぶまれているそうです。

2013/2/15(金) 午前 9:31 [ 瀬音 ]

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最初の写真の鳥居の正面にある立て看板は島民としては実に恥ずかしいものでして。内容に一貫性がないというか。

2013/2/19(火) 午後 8:48 [ UpoIrav ]

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upoiravさま 現地で読ませていただきましたが、伊良部島を愛し、世界平和を祈念するものと読み取らせて頂きましたが…。ちょっと驚きました。

2013/2/20(水) 午前 10:02 [ 瀬音 ]


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