瀬音の写真集

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※ 2013/12/03 撮影時のデータです。
 
 
この日は、JR博多駅 → JR南福岡駅(鹿児島本線) → 春日市の熊野神社 → 春日市奴国の丘歴史公園 奴国の丘歴史資料館 → JR南福岡方面へともどり 銀天町商店街(雑餉隈 ざっしょのくま) → 西鉄雑餉隈駅(天神大牟田線) → 西鉄都府楼前駅(とふろうまええき) (徒歩) → 大宰府政庁跡 (徒歩) → 太宰府天満宮 → 西鉄太宰府駅(太宰府線) → 西鉄二日市駅にて乗り換え → 西鉄福岡駅(天神駅) の順に散策しました。
 
 
イメージ 1
 
 
西鉄雑餉隈駅から乗車し、西鉄都府楼駅にて下車。
 
 
イメージ 2
 
※ 拡大表示の仕方 → カーソルを画像に当て、右下に表示される虫眼鏡マークをクリックしてください。
 
 
西鉄都府楼駅に掲示されていた太宰府市観光協会様発行の観光地図です。
 
西鉄都府楼駅から、地図上で右上方面(太宰府天満宮)を目指す感じです。
 
 
※ 古代山城・大野城跡にも行ってみたかったですね。 
 
大野城(筑前国大野城)  ウィキペディア
 
 
イメージ 3
 
 
駅を出て、都府楼駅交差点方面(信号)へ。
 
 
イメージ 4
 
 
御笠川(みかさがわ)に掛かる関屋橋を渡ります。
 
 
イメージ 5
 
 
川沿いを右に進んでも良かったかななどと考えつつ…。
 
突き当たりまで。
 
 
イメージ 6
 
 
右側に鳥居を発見。
 
立派な石灯籠もあります。
 
 
イメージ 7
 
 
道路を渡ると、上のような表示。
 
側には周辺地図もありました。
 
刈萱(かるかや)の関跡、水城跡、大宰府政庁跡、観世音寺・戒壇院、文化ふれあい館などと記されています。
 
※ 刈萱の関跡の碑があったようですが、見学させて頂くのを忘れました…。
 
 
イメージ 8
 
 
歩道橋を渡ります。(先ほどの案内表示は右手です。)
 
正面の建物は、太宰府署だそうです。
 
西鉄の線路は高架道路の向こう辺り。
 
赤い橋は、刈萱橋。
 
 
イメージ 9
 
 
交差点付近に、太宰府市立水城小学校と市立学業院中学校がありました。
 
交差点付近で大宰府政庁跡はどちらかとスマホ地図で確認しておりましたら、地元の方が「何かお困りですか?」と声を掛けてくださいました。
 
その方に政庁跡の方向を教えて頂きました。 
 
ネームプレートを首から提げて中学校の中に入って行かれましたので、保護者の方ではないかと思われます。
 
ご親切にありがとうございました。
 
上は、太宰府市立学業院中学校の校門です。
 
瓦屋根の重厚な門ですね。
 
さすが太宰府。
 
 
イメージ 10
 
 
学業院中学校前の関屋バス停留所。
 
太宰府市のコミュニティバスが走っているようです。
 
 
イメージ 11
 
 
まほろば号、一日フリー乗車券がありますね。
 
利用してしまいそうでしたが、この日もなるべく歩こうと決めていたので、テクテク先に進みます。
 
 
※ まほろば号の路線図や時刻表などは、下記・太宰府市様サイトにてご確認ください。
 
 
イメージ 12
 
 
政庁通りをゆく。
 
 
イメージ 13
 
 
水路がありました。
 
右手は新興住宅地。
 
 
イメージ 14
 
 
整備された遊歩道です。
 
昔の人々が眺めたのはどのような景色だったのか。
 
散策中の車の排気ガスに関して、この辺りから太宰府市役所付近までは気になりませんでしたが、五条交差点から先、太宰府天満宮方面は観光バスや一般車両なども多いようでした。
 
 
イメージ 15
 
 
ん!何となく遺跡の雰囲気?
 
 
イメージ 16
 
 
広々とした芝生公園かと思いましたが、案内板によりますと『蔵司(くらつかさ)地区官衙(かんが)』と書かれていました。
 
官衙(かんが) = 役所、官庁の意味。 
 
 
イメージ 17
 
 
案内板に記された建物跡などの様子。
 
『蔵司地区官衙』  案内板より
 
大宰府には、実務を行う19の役所があったことが知られている。
 
その多くは政庁の周辺に設けられていたと考えられる。
 
政庁の西側に位置する丘陵は、現在、字(あざ)名から、「蔵司くらつかさ」と呼ばれている。
 
「蔵司」は、もともと西海道(さいかいどう)(九州)九国三島(後に、二島)の綿・絹などの調庸(ちょうよう)税金)を収納管理する役所である。
 
集められた調庸物は一旦ここに納められ、その後一部は都に進上された。
 
後方の丘陵上に礎石建物(倉庫)1棟が存在することは早くから知られていたが、1978年・1979年に、この丘陵の前面地域が発掘調査され、二重の築地(ついじ)と、その内部に建物5棟が新たに見つかった。
 
これらの築地や建物は、8世紀〜11世紀前後にわたって営まれており、「蔵司」を構成する建物の一部であることが明らかとなった。
 
******************************************
 
福岡市の鴻臚館跡のスタッフの方のお話によりますと、鴻臚館にも蔵があったそうです。鴻臚館が放火によって焼失した後、その迎賓館などとしての役割は大宰府政庁に移ったのではないかとのお話でした。
 
民は昔から税を納め続けていますね。
 
関東圏でも、調布や布田、調神社などの名があります。
 
 
イメージ 18
 
 
小さな川を隔て、左は先ほどの蔵司跡、右は大宰府政庁跡の敷地です。
 
 
イメージ 19
 
 
大宰府政庁跡の入口を目指します。
 
12月の蓮池は寂しいですね。
 
正面奥に富士山型の山が見えています。
 
画像容量の都合でつづく…。
 
 (日時指定の投稿機能を利用すれば、分割した記事をほぼ同時に投稿出来るようです。お世話になっている方のブログで機能を拝見させていただきました。)
 
 
太宰府観光協会様サイト
 
 
*******************************************
 
 
下の記事の中に『水城mizuki』(JR水城駅近く)の写真があります。
宜しければご覧下さい。
 
『春日市奴国の丘歴史資料館 弥生時代などの遺跡の出土品』 (福岡県)
 

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閉じる コメント(6)

こんばんは。
ハードなルートですね。
それにけっこう歩かれましたね。
歩かないと撮れない写真がありますからね。
最後の二枚は最適な季節に来ると相当綺麗でしょうね。

2014/1/27(月) 午前 0:29 こまっちょ 返信する

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こまっちょさま 午後からの西鉄都府楼駅〜大宰府政庁跡〜太宰府天満宮は平坦な地形でしたが、午前中も奴国の丘歴史公園や銀天町商店街を歩きましたので、ちょっと頑張ったかなという気がします。
歩道橋からの景色やバス亭データは車利用ですと通り過ぎてしまうのかなと…。
紅葉は私も残念に思いました。蓮の花の季節もいいでしょうね。駅に貼られていた観光地図を確認しましたら、市民の森・金光寺跡周辺に秋の森の文字と紅葉マークがあります。観光地図はありがたいですね。ナイス恐縮です。

2014/1/27(月) 午前 11:16 [ 瀬音 ] 返信する

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瀬音さん、未だ博多には行った事が有りませんので、何も言う事が
出来ませんが、広々として居りますね。一度訪れたいです。
失礼致します。

2014/1/27(月) 午後 4:15 [ ymmdb465 ] 返信する

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ymmdb465さま 福岡博多周辺は都会ですが、少し離れますとのんびりした風景が広がっていました。写真では上手くお伝えできないのですが、蔵司も大宰府政庁跡もかなり規模の大きい施設のように思いました。ナイスありがとうございます。

2014/1/27(月) 午後 9:25 [ 瀬音 ] 返信する

かって福岡に出張したついでに大宰府に寄りました。天満宮に直行しただけで他にはどこも寄りませんでした。

いつもいろいろと廻られますね。じっくり調べられるので感心しております。
ナイス。

2014/1/28(火) 午前 9:27 3355 返信する

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3355さま ご出張のついでですとお時間が限られますから大変でしたね。
とにかく一日中歩き回って見学させて頂くことができましたが、時間がなくて、はしょってしまった場所もあり、完全ではありません。未だ未だです。
ナイス恐縮です。

2014/1/28(火) 午前 10:38 [ 瀬音 ] 返信する

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