瀬音の写真集

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写真の整理中です。

※ 2017年1月 撮影時のデータです。


イメージ 1

レンタカーにて、宮古島の県道83号線を吉野海岸方面から北西へ(北上する感覚)。

進行方向、左側、高腰城跡 と記された看板を見逃さぬように。

写真は、看板の分岐点を左折したところ。

※ 場所の見当がつかず、ちょっとウロウロ。 必死にネット検索。
  情報をUPしてくださっていた方に感謝致します。


イメージ 2

畑の中を道なりに進みます。

ここか?と思いましたが、違いました。

右手は、行き止まりでした。

素直に直進です。

あの、貯水タンクのようなものがランドマークになるでしょうか。


イメージ 19

貯水タンク?の模様です。


イメージ 20

僅かに海が見えています。


イメージ 3

途中、頭穴御嶽 つづぴかうたき と記された案内板に遭遇。


イメージ 4

指された方向に目をやりますと…。

このような景色。

御嶽は聖域とのことですので、立入は控えさせて頂きました。


元の進行方向に視線を戻し、道なりに進みますと、高腰城跡と記された標識が見え、左折。


イメージ 5

史跡の案内板が見え、ホッとしました。


イメージ 6

高腰城跡 たかうすじょうせき 石碑


イメージ 7

県指定史跡 高腰城跡 たかうすじょうせき 
指定年月日 平成3年 (1991年) 8月2日
Yahoo!Blog瀬音の写真集管理人が入力させて頂きました。
宮古島の東海岸側、比嘉集落北の丘陵(高さ113m)の頂上部分に造られた城跡である。

東西約70m、南北約40mの大きさで、自然の石をそのまま積んだ城壁の礎石が残っている。

「雍正旧記ようせいきゅうき」 (1727年)や「宮古嶋記事仕次みやこしまきじしつぎ(?)」(1748年)等の宮古旧記類には、この城の城主が高腰按司たかうすあじ であったことや、城の大きさなどが明記されている。発掘調査によって、13世紀〜15世紀の土器、陶磁器、古銭、鉄製品などが確認されている。

グスクとしての遺構をよく残し、また、琉球王国の勢力が及ぶ前の宮古のようすを知るためにも重要な遺跡である。


The Ruins of Takausu Castle

Designated a Prefectural Historic Site on August 2, 1991.

Takasu Castle was built at the top of a 113m high hill located north of Higa villge on the east coast of Miyakojima.

The ruins are situated east to west with a length 70m and awidth of 40m.

A castle wall made of undressed stone can still be seen on the site.

It is believed that the castle was built during the time of Lord Azu Takausu.

The dimensions of the castle are document in ole historical records, such as Yosei Kyuki (1727) and Miyakojima Kiji Shitsugi(1748).

Artifacts such as earthenware pottery, old coins and iron implements dating from the 13th to 15th centuries have been excavated on the site.

The ruins provide a good example of a castle in ancient times and are significant in understanding the culture of Miyako before it was influenced bu the Ryukyu Kingdom.


☆案内板の設置に感謝致します。入力ミスがございましたらご容赦ください。


イメージ 21

県指定史跡 高腰城跡 
所在地 : 宮古島市城辺町字比嘉仲尾嶺   (城辺の読み方=ぐすくべ)
指定年月日 : 平成3年8月2日
Yahoo!Blog瀬音の写真集管理人が入力させて頂きました。
高腰城跡は、比嘉集落北方の高腰嶺(標高113m)に形成された13〜15世紀中葉頃のグスクです。

城の北東部には、按司の泉(湧水)、西方約600mには、城主の高腰按司を祀った高腰神社(御嶽)があります。

城の大きさは、東西約70m、南北約40mです。

城壁は主に野面積みで、現存する石積みの高さは約40〜50㎝程度です。

城門は南東部にあり、城内は3ないし、4つの郭(間仕切り)に分かれています。

「雍正旧記ようせいきゅうき」(1727年)には、城の大きさ、門の位置、城壁の状態についての記録があります。

伝承によると、城主の高腰按司は、この一帯を支配していたが、中喜屋泊村なかきやとまりむら の 内立按司うつだてぃあず の裏切りによって与那覇原軍ゆなぱばらぐん に滅ぼされたといわれています。

城跡からは、地元産の土器を中心に、中国製の青磁・白磁・褐釉陶器、徳之島産と思われる類須恵器、玉、鉄製の鏃、中国製の古銭などが出土しています。

なお、この地域において無断で現状変更することは、県条例で固く禁止されています。

沖縄県教育委員会
城辺町教育委員会


☆案内板の設置に感謝致します。


イメージ 8

先ほどの案内板の裏手が、高腰城跡かと思ったのですが、どうも違うようで…。

車を置いて、さらに奥へ進みますと。


イメージ 10

このような、高腰城跡復元予想図 が設置されておりました。

現在地は、予想図内の右端、赤い☆印です。


イメージ 9

少し、下がって撮影。


イメージ 11

予想図看板の左手から撮影。


イメージ 12

高腰城址?


イメージ 13

琉球石灰岩の石積み?


イメージ 14
付近の植生

1月でしたが、スミレが咲いていました。

城跡の記事はここまで。

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おまけ


イメージ 15

おなじみ、島の安全のため不眠不休で勤務する、宮古まもる君。(兄弟かも)


イメージ 17
砂山ビーチ



イメージ 18
ヤドカリくん


イメージ 16
宮古案山子くん


最後までご覧頂きありがとうございました。 



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